ギャル、王都でラーメンを売る

 王都メイプリアスに到着する。


「広いねー。総石畳だよ、ハッカ」

「ウィートがいかに小さい街だったか、分かるわね」

 二人して、背の高い建物群を見上げた。


 チョ子はすっかり、語彙力を都市に持って行かれている。


「商業ギルドは、この先だ」

 馬車を降りて、エクレールの案内に従った。

 名残惜しいが、観光に来たのではない。

 

 王都の商業ギルドで営業の許可をもらい、屋台を組む。

 折り畳み式の骨組みを立てて、馬車に積んでいた椅子を出した。


「屋台と言えば、これっっしょ」 


 チョ子が考えた料理は、ラーメンだ。

 あらかじめウィートの街で打った麺を、取って付きのザルで茹でる。

 お湯を切り、スープの入った器の中へ。ベースは鶏のダシだ。

 山菜や少量のしょう油を合わせて、味を強める。

 メンマやチャーシューがあれば最高だったのだが、茹で戻した乾燥肉で我慢してもらう。


「いらっしゃいませぇ」

 声を上げて、遙香とチョ子が客を呼び込む。マイとエクレールはサクラ役だ。


「うーん、少し利いたしょう油の味が香ばしいですね」

 天性の食レポ魔女を横目に、エクレールは黙々と麺を噛んでいる。何度もうっとりした顔になって。


 自分も食べたいのを堪え、黙々と作る。


「ラーメンの屋台なんて、よく思いついたわね」

「婆ちゃんが昔、屋台を引いていたって言ってたから、マネしてみた。それにさ、どうせ旅を行うなら、楽しい方がいいじゃん? もう戦ってるだけ、とか、歩いているだけってのは、しょうもないんだよ」


 チョ子がいなければ、このような旅が当たり前なのだと、きっと割り切っていた。


「こいつぁたまんねえな」

 口から白い息を吐きながら、冒険者たちがラーメンを啜っている。


 客足が落ち着いてきた。


「マイ、ご両親に挨拶してらっしゃい」

「いいんですか?」


 マイの両親は、世界中のお金を電子化して管理している。

 通貨管理施設が建っているのは、王都の中心部だ。


「せっかく来たんだし。会えるうちに会った方がいいわ」

「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく」

 エプロンを取り去って、マイは足早に王都の中央部へ向かった。


「かっこつけちゃってさ、ハッカ」

「な、何よ?」

「始めからマイちゃんの家族に合わせたかったくせにー」

「う、うるさいっ」


 夜になったので、閉店に。

 のどかな光景を横目で見ながら、河原でラーメンをいただく。

 外で食べるラーメンは格別だと言うが、その通りである。


「ホントにチョ子は行き当たりばったりね。それで成功するんだから、羨ましい」


 遙香が告げると、チョ子は照れくさそうに、スープを飲む。

「ウチはさ、ハッカに憧れてたんだ。ずっと」


「どうして?」


 チョ子に羨望の眼差しを向けられる要素など、遙香が持ち合わせているだろうか。

 いくら小さいときから付き合いが続いているといっても、性格はまるで違う。


「ハッカってさ。ずっと昔から言ってたじゃん。絵描きになりたいって」


 聞きながら、遙香はチョ子を凝視した。


 チョ子の想像は、半分間違えている。


 本当に、遙香が目指していたのは漫画家だ。

 だが、すぐに才能がないと諦めた。漫画家では食えないと分かってしまったから。


 遙香は次の夢を選択した。

 結果、ネイルアートの道を志すように。

 それも、チョ子と出会っていなければ、開業方法さえわからかっただろう。


 遙香の日々は、現実からの逃避の連続だった。


「褒められた人生じゃないわよ。私の生き方なんて。逃げてばかりで、本当は何をしたいのかも分からずに走って。でも結局はつまずいて、諦めてきたわ」


「転んでもいいじゃん。ハッカって凄いよ。そんなにもやりたい道があってさ。ウチなんて、自分が何を目指しているのか、何にマジなのかなんて、全然見えないんだから」


 意外な返答が、チョ子の口から飛び出す。


 チョ子が、将来を考えていない?


「あれだけ器用なのに、目標がないの?」


「うちさ、ちゃらんぽらんな性格じゃん。今が面白かったらそれでいいやって思ってたから、特に困ってなかったし。進路指導もさ、希望用紙を白紙で出したんよ。そしたら先生に呼び出されて、めちゃ説教喰らった。今から将来を考えないでどう生きていくんだ、って」


 その生徒指導教員なら知っている。

 遙香も嫌な指導を受けて、頭にきたのだ。


「余計なお世話だっつの。だけどハッカ見てるとさ、このままじゃダメなのかなって。でもね、急に『夢は?』って言われても、何も出てこないんだよ。だから、ウチができることなら全部やってみようって。人助けでもいい。手伝いでも、お金稼ぎでも」


 チョ子は承認欲求はそれほど強くない。

 ダメな自分も受け入れているし、人に優しい。

 しかし、かえってそれが、彼女のアイデンティティを蝕んでいたようだ。

 役割がないといけないのでは、と思ってしまっている感がある。


「あんたには、期待していないわ。そのままでも十分頼もしいわよ。いつも通りでいいわ」

「ありがと。チョ子なら、そう言ってくれると思った」


 スープを飲み干して、チョ子は器を返しに行く。

 急いで遙香も食べ終わる。

 すっかり麺がのびていたが、それもまた味があった。


 景色を眺めながら、遙香は口を開く。


「チョ子は、帰りたい?」

 ずっと避けていた話題を、口にできた。


「分かんない。確かに、この世界は不便だよ。宅配ピザもないし、化粧品だって最低限のものしか手に入らない。ネットも使えなきゃ、友達にも会えない」


 チョ子の本音がようやく聞けた気がする。

 彼女は向こうでも友達が多い。きっと会いたいだろう。


「でもさ、何もない世界で暮らすのも、いいなあって思えてきたんだ。このまま住むのもアリだな、って」

 川面に映るチョ子の顔は、不安と期待が入り交じっている。


「ハッカ、ウチら、みんなに黙って消えちゃったわけじゃん。と言っても、ちゃんと暮らせてる。これで正解なんだよね? 元気にやってるんだもんね?」

 新天地で暮らすことに、チョ子は罪悪感を抱いているらしかった。


「私も、そんなに苦労はしていないのよ。毎日生きるのに必死だから、退屈ではないけど、危ない目にも遭う。とはいえ、手放したくない気持ちもあって」


 自分でも、どうしていいか分からないのだ。

 この気持ちの正体はなんなのだろう。


「せめて家族に、無事を知らせられたら、安心できるのだけれど」

「遺跡でさぁ、向こうに連絡できる手がかりが見つかるのを願おうよ」

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