ギャルのデコ屋、リスタート!

「ハッカさん、チョ子さん、起きてください! お外が騒がしいんです!」

 翌日、遙香はマイにたたき起こされる。


 なんと、宿の前に人だかりができているではないか。

 今にも店を押しつぶし、暴徒寸前まで発展している。

 遙香がネイルアートを施した客人たちもいた。


「何事?」

「終わりだわ……。異世界まで飛ばされて、不慣れなりにも、この地でどうにか頑張っていこうと思ったのに」


 絶対にトラブルだ。

 待っているのはクーレム処理に追われる日々。

 きっと、先日貴族とケンカしたのが響いたのだ。


 遙香たちに、ギャラリーが気づいた。

 みな一様に、目が血走っている。


 逃げなければ。しかし、すぐに追いつかれてしまう。


「あの、もし」

 人混みをかき分けて、一人の女性が遙香の前に現れた。


「あなたは……この間の」

 付け爪をリクエストしてくれた女性ではないか。

 王都の出身だったとは。


「先日は、ありがとうございました。おかげで、交際相手とも順調で。近々正式に婚約するの。あなたのおかげです」

「そんな、私は爪をデザインしただけで。おめでとうございます」

「ありがとう。お相手も、あなたの描いた付け爪を褒めてくださったのよ」

「それは恐縮です。ありがとうございます、とお伝えください」


「それでね、あなたのことをお友達に話したら、自分たちもお願いしたいって人が集まってきちゃって」


 少し申し訳なさそうに、婦人は苦笑いを浮かべた。


「ちょっと、今すぐ付け爪を売ってちょうだい!」

「あんたの店の爪を付けたら、すぐに彼氏ができたって評判なの!」

「私の姉なんて、今までオトコの噂がなかったのに、付け爪をしただけで三日後にお嫁に行ったんだから!」


 列を乱し、女たちは我先にと、遙香たちに詰め寄ってくる。


「先日は、嫌な気分だったでしょう?」

「ご存じなのですか?」


 話によると、女性は、先日は遙香が貴族と揉めたのを知っていた。


「あの方は、あなた方を試したの。お芝居だったのよ。金に目がくらんでしまうようなら、あっさりと見切りを付けるおつもりだった。『面白い子たちね』と、街からお帰りになる際に、そう仰っていらしたわ」


 要するにお咎めなし、ということらしい。


「ハッカ、これってさ」

 さすがのチョ子も面食らっていた。


「大成功ってヤツ、なの?」


 今でも、信じていいのか分からない。

 だが、遙香たちのアートが、知らない誰かを幸せにしたのだ。


「ああ、アレだ! シロツメクサのデザイン! あれが効果てきめんだったとか?」


 絶大な力を誇る、妖精王を意識した作品だ。

 少しは効果を期待していた部分は否定しない。

 

 妖精王には、自分たちを異世界に送り込んだという貸しがある。

 罪滅ぼしのつもりで魔法をかけてもおかしくはない。


「アイテムによる幸せなんて、ただのプラセボ効果よ。私の功績じゃないわ」

「本人が満足ならオッケーじゃん。イワシの頭もなんとやらって」

 さすがおばあちゃん子だ。難しい言葉を知っている。


「努力が報われたな」

「人間、なせばなるですよ!」

 エクレールも、マイも、声援を送ってくれた。


「いらっしゃい! ネイルサロン『チョコミント』はこちらだよ!」


「私の魔法に掛かりたい人は、前に出なさい!」


 なら、やるべきコトは一つだ。

 この街で、一人でも多くの人をハッピーに。

 

 いや、違う。


 一人残らずハッピーを届けよう。


 一日じゅう、ネイルアートやデコの仕事で、遙香たちの魔力は尽きようとしていた。


「一杯食わされるとはね」


 相手の方が、一枚上手だった。

 なんと、先日いちゃもんを付けてきた太った婦人は、客一同含め、全部グルだったらしい。

 事前に貴婦人から話を聞いていた彼女は、遙香たちが店を開くと事前に知っていた。

 王都にお抱えとして目を付けられる前に、自分たちでこの店の開業を正当化してしまおうと睨んだという。


「でも、よかったじゃん。いい人でさ。ウチ、謝らないとなー」


 遙香は「いいわよ」と、首を振る。

 これで貸し借りなしよ、と相手方も言っていた。


「それはそうと、なんだか戦闘レベルより、生産レベルの方が高いのだけれど」

 目に蒸しタオルを被せながら、遙香は呟く。


 まだレベル四〇にも満たないというのに、遙香たちのエンチャントスキルは、すでに九〇を超えていた。


「それだけ需要が多いのだ。エンチャントの達人など、そうそういないからな」

 エクレールが淹れてくれた薬草茶を、一口いただく。


 メイプリアスでエンチャントが重宝されるのは分かる気がする。

 この世界での装備品は、いわゆる「バニラ」、つまり何も装飾が施されていない。

 下手に脚色すると、かえって能力が半減してしまう。

 これまでの仕事で、遙香たちがいかに優秀なエンチャンターか、身をもって知った。


「でも、昨日のハッカさ、カッコよかった。あれでこそハッカだよね」

「私はお金持ちになりたいワケでも、お金持ちとお近づきになりたいわけじゃないの。色んなお客さんと接したいだけよ」


 それは、異世界に来た今でも揺るがない意思だ。

 大人の意見に流され、チョ子を見捨てそうになった自分を、ようやく乗り越えられた気がする。


「私があんなことを言えたのは、チョ子のおかげなのよ」


 突然、チョ子が飛び起きた。「うううー」とうなったかと思うと、遙香に飛びかかってくる。


 遙香の首に、チョ子の腕が回ってきた。力強く抱きしめられる。


「ありがと、ハッカ」

「は、離れなさいっ」


 暑苦しくて、引き剥がそうとするが、チョ子はしがみついて離れてくれない。


「だから、ウチはハッカが好きなんだよね」

「ば、バカ言わないで。明日は早いのよ」

 遙香はチョ子に背を向ける。 


「明日は古代遺跡に乗り込むが、冒険できそうか?」

「もちろんよ、そのために行くんだから」

 蒸しタオルをどけて、遙香は薬草茶を喉へ流し込む。

 苦みが一瞬で眠気を吹き飛ばした。


「兵隊さんが向かうより、ウチらが探索する方がいい」と、チョ子も息巻く。


 下手に味方の戦力を削いでしまっては、魔王と渡り合えない。


「魔物の存在がどういうものか、知る必要もあるわ。なんとしても、手がかりを掴んでみせるわ」

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