ギャル、バルログ族との遭遇

 いよいよ、秘密の部屋の中へ。


 室内は、広々としている。各所にピンク色の宝玉が設置されていた。照明代わりになっている。中央には、大型のベッドが。


「何ここ、ラブホ?」

 意味深な単語が、チョ子から飛び出す。


「なに、あんた。そういう場所に入ったことあるの?」

「ううん、ないよ。テレビドラマで見た感じ」


 後ろから、肩を指で叩かれた。

「すまんが、ラブホとは何だ?」


 説明に困る。

 エルフほどの賢人を納得させる言葉を、遙香は脳内で必死に選ぶ。


「いわゆる、恋人同士でコトを致す場所よ」


「ふむ。交配の場とな。ワタシは特定の相手がいなくてな。その手の話題にはてんで疎いのだ。ロゼットから相談されるのだが、なんとも助言できず」


 まさか、百歳を超える達人が生娘とは。男性事情は案外ウブなのか。


 想像すらしたこともない機械や大型の培養器が置かれていた。研究所のように見える。


「みんな、あれを見て! 誰かがいるわ!」


 部屋の奥に、人間サイズの鳥かごが設置されていた。

 中には、足を鎖に繋がれた老婆が。

 鉄の鎖には、禍々しい色の装飾が施されている。これが、彼女の自由を奪っているに違いない。


「あの人がドーラ婆さんかな?」

「うむ。今助けるぞドーラ! チョ子殿、頼めるか?」


 エクレールの言葉を待たず、チョ子は檻の鍵に手をかけた。仕組みは扉と同じらしい。


「これは、エナジードレインの魔法が掛かっている。自身のレベルを犠牲にして、相手のレベルを下げるトラップだ。あの鎖は、ドーラのレベルを食っている」


「防ぐ手立てはないの?」


「対策など不可能だ。自身の身を削って相手の戦闘力に直接作用する攻撃だからな。強い敵と戦う最後の手段でもある」


 敵をチョ子に近づけないよう、エクレールと共にモンスターを警戒する。


「もうちょい、もうちょい……よし!」

 チョ子が檻の鍵開けに成功した。


「かたじけない!」

 同時に、エクレールが足下の鎖を刀で断ち切った。倒れ込んだドーラに肩を貸す。


「早く帰りましょう」


「いや、まだ仕事が残っているよ」

 ドーラが、枯れ木のような指を、扉の方へ向ける。


「なーに、せっかくのお楽しみを邪魔しちゃって」


 大きな影が、室内に入ってきた。二メートル半の巨人である。上半身が裸で、肌の色が赤い。表情は気怠そうである。

 威圧感がシャレにならない。顔は田舎くさく、いかにもモテなさそうなのに。

 今まで行ったきた鍛錬は全て無駄だったのではないか。

 遙香にそう思わせるまでに、全身が警告している。これだけの人数でも勝てるかどうか。


「あれは、バルログ族か!」

 エクレールが、刀を強く握った。


「どんなモンスターなの?」


 バルログ族が火を扱う魔族だとは分かる。が、この世界でも同じなのかは知らない。


「魔族の総称だ。あ奴らバルログは低レベルでも格闘技術が高い。おまけに総じて魔術耐性が強いのだよ。なるほどな。ドーラが苦戦するわけだ。レベル二〇相当のクエストだと? レベル三五クエストに近いじゃないか」


 手負いの魔女を担いで勝てるほど、ヤワな相手ではないらしい。


 マイが単身この洞窟に向かわなくてよかった。

 確か、彼女はレベル三〇相当である。今頃大苦戦していたところだったろう。


「あんた、ドーラを人質にとって、何をさせるつもりだったの?」


 年老いたとはいえ、大魔法使いと呼ばれた女性だ。

 用途は多いだろう。

 自分が考えつくだけでも、「カードの仕組みを解読して金融危機を招く」、「なんらかの方法でドーラの魔力を吸い上げて、悪用する」、「洗脳して、味方に付ける」など、様々な悪事が浮かぶ。


 相手は魔族だ。それよりもっと恐ろしい計画を練っているに違いない。


「人質だぁ? そんなんじゃねえよ。崇高な目的があるんだよ」

 手で腹をかきながら、バルログ族は面倒くさそうに溜息をつく。


 人と魔族による、禁断の恋をこじらせた可能性も。檻に閉じ込めたのは許せないが。半殺しにしてギルドに突き出す程度に留めるか。


「ドーラに何をする気なの?」


「そんなの、幼女レベルまで若返らせて魔女っ子コスさせるために決まってるじゃないか!」


 バルログ族が、部屋のカーテンを開いた。

 壁一面に、なんともファンシーなコスチュームがずらりと並んでいる。隅には足踏み式ミシンが置かれていた。この魔族が扱う物なのだろう。


 世界最強の魔女を攫った理由は、完全に趣味か。


「ドーラってさ、昔はメチャクチャかわいかったのよ! それがこんなシワシワのババアになっちまってさぁ」


 確かに、マイの姿を思い出すと、ドーラがかつて絶世の美女だったという話も頷ける。


「だからオレの魔力で若さを取り戻してもらって、オレが作った魔女っ子衣装を着させて、キュートでプリチーなポーズを取ってもらいたいわけよ!」


「プリチーって」

 鏡を見たことがあるのか? 才能の無駄遣いとは、こういう輩を言うのだろう。


 うわぁ、コイツは殺さないと……おそらく、三人とも同一の事を思ったらしい。


 怒りと同様に、不思議な力が体中に漲ってくる。


「なんか、力が溢れてきているんだけど?」


「ホントだ、さっきまであんなにもビビってたのに、今は全然怖くない!」

 チョ子も、同じような状態らしい。


「あんたら二人に、最大級の強化魔法を施したよ。好きなだけ暴れな」

 強力な増強バフ魔法を、ドーラが唱えてくれたらしい。


 戦おうと思った瞬間、全てが終わっていた。

 自分が戦っていたことに、自身が気づかないとは。


 気がつけば、魔族はケロイド状になっていた。


 どれだけ強かったのかさえ確認する間もないまま。魔術耐性とはなんだったのか。遙香もチョ子も魔術系の攻撃が主体だというのに。


 二人のレベルが二〇に突入していた。

 一気に一〇近くレベルが上昇したのは、大量の経験値が入ったからである。バルログ族が強かったのは確かだ。


「約四〇年ぶりか」

「五〇年だよ」と、ドーラは弱々しくもハッキリ受け答えした。「どうしてここが分かった?」

「キミの孫がワタシに依頼してくれた」

「余計なことを」

 そういいつつ、ドーラは少し、嬉しそうに笑う。


 ともかく、クエストは達成。

『帰巣本能の宝珠』を発動させ、帰還した。

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