ギャル、空き家ゲット

 帰還の挨拶も後回しにして、遙香はすぐドーラの治療を行う。


 重傷ではなかったが、鎖で長時間繋がれていたせいで、足首が化膿しかけていた。魔力を吸われていたらしく、消耗も激しい。

 ドーラの症状が、みるみる回復していく。


「お二方、改めて感謝する。ワタシひとりでは、こうはいかなかった。特に、ドーラの檻に施された仕掛けは、ワタシでは解けなかった。傷も、こんなに早く癒やせなかったろう。さすがの手並みだ」

 雷帝とまで言われた天才剣士が、遙香たちに頭を下げる。


「あなたがいなければ、間違いなく私たちは道中で死んでいたわ。こっちからも礼を言わせて」

「エクレールってマジで凄いよね! 教え方も上手だしさ!」


 遙香もチョ子も、異世界の片鱗を教えてくれたエクレールに感謝した。 


「みんな、恩に着るよ」

 ベッドから半身を起こして、ドーラが軽く会釈する。


 マイも頭を下げた。「みなさん、よくぞご無事で」


 無傷とは言わないが、五体満足だったのが不思議なくらいだ。

 規格外の強力な魔族がいたのだから。


「だが、最近のメイプリアスは、様子が変だ。大量のゴブリンが湧いて、バルログなんて化け物が現れるとは。ちょっとギルドに報告した方がよさそうだな」


「まあ、一杯やりながら今後を話そうか。さて……」

 ドーラが、遙香たちに視線を移した。

「あんたらにお礼をしなくちゃね。何かあればいいんだけどねぇ。そうだ」

 ドーラは一度、店の奥に引っ込んだ。一枚の紙切れを持って戻ってくる。


「これは?」


「空き家の権利書だよ。前に、友達の道具屋に土地と建物を貸していたんだけどね、そいつが死んじまって。形見分けに返却してもらったんだよ。とはいえ、持て余していてね」


 ドーラとマイの案内で、隣にある空き家に案内してもらった。


 二人が手にした新居は、ドーラの魔法道具店から二軒離れた、石造りの小さな家だ。

 一階が店舗、二階が居住スペースである。

 狭いが風呂つき、トイレも水洗だ。

 三、四人で管理するなら、これくらいがちょうどいいだろう。

 もう、ロゼットの世話になる必要もない。


「マイ、二階を住めるようにしてやりな」


「はい!」

 マイが二階へ上がって早々、窓を開けた。風魔法を発動、家中のホコリを外へ吹き飛ばす。


「まるでエアダスターね」


 続いて、マイは物体を浮かせる魔法を唱え、四人分の布団やシーツを外に出した。物干しいらずである。


 布団がフヨフヨと宙を漂う異様な光景によって、道に野次馬ができていた。


「今は夕方よ。こんな時間に布団を干しても意味がないわ」

「まあ、見てなよ」

 遙香が不安を漏らしても、ドーラは誇らしげだ。


 両手に意識を集中させ、マイは人工の小型太陽を作り出した。

 木の棒で布団を軽く叩いて、中のダニやホコリを排出する。


 掃除さえ完了すれば、家は新築同然だった。


「譲ってくれるんでしょ? 掃除くらいこっちでするのに」

「いやいや、話はマイから聞いてるよ。出店してくれるんだろ? さっさと出してくれないとね」


 何を言っているんだ?

 確かに、冒険に向かう前、チョ子がマイに開業の話を振ったが。


「ウィートに限らず、メイプリアスでは、冒険者も市民も問わず、税金を国に払う。この店だって課税対象さ。だから、一刻も早く店として機能してもらう。でないと、追い出すからね」


 どうやら、開店は強制的らしい。


「お店を出せって言っても、店の内容なんて決めていないわよ?」

「当分は、冒険者稼業で補填するしかないね。大丈夫。何の商売を始めるか、商業ギルドに伝えてくれれば」


 つまり、金さえ入ってくるなら何屋さんでもいいようだ。


「やったねハッカ、これでお店ができるよ!」

 自分のことのように、チョ子がはしゃぐ。


「それで、ダークハンターのアンタには何をあげようかね? もう金目の物はなくてさ」


 ドーラによると、彼女の店は「隠居した老婆が、常連と昔話をするため」に作った店だという。よって、利益は度外視しているのだそうだ。

 どうりで品揃えが雑だとは思っていたが。

 実際、ドーラは税金を「カード払いシステム」の利権から支払っている。自分の代わりに管理してくれている家族が代理で納めているそうだ。


「ううん。もう決めてあるんだ」

 自慢げに、チョ子が瞳を輝かせる。


「お掃除終わりました!」

 マイが、エプロンで手を拭く。


 ホコリまみれで暗かった部屋は、すっかり様変わりしていた。

 この部屋を、自分たちが使えるのかと思うと、胸が高鳴る。


「ちょうどよかった! マイちゃん!」 

 何を考えているのか、チョ子はマイを指さした。


「マイちゃん、ウチらのお店で働いて!」


「えええ、ええええ! わたしですかぁ!?」

マイの垂れ耳髪がピョコンと横に広がる。彼女の垂れ耳型の髪は、感情に反応するらしい。


「あの家事の手際、人目を引く容姿、全部完璧だよ! お願い、ウチらを助けるつもりで!」

「本音は?」

「ウチ、家事苦手なんだよぉ! あんな風にテキパキ動けない!」


 チョ子の性格ならありえそうだ。

 綺麗な店がゴミ屋敷になる未来しか想像できない。


「でも、わたしにはお婆ちゃんのお世話が。せっかく帰ってきたのに」


「いいじゃないか。行っておいで。アンタはババアの介護で一生を終えるタマじゃない。広い世界を見といで。成功も失敗も存分に経験しな。嬢ちゃん方にも、孫をお願いするよ」


 ドーラのお墨付きまでもらってしまった。


 こうなったら、店を経営するしかないようだ。

 

 説明を試みたが、ドーラは煙管に火を付け、エクレールと酒盛りを始めてしまう。自分で氷の塊を作り、グラスに放り込んだ。

 

 一人残されたマイが、こちらに向けて戸惑いつつも微笑む。

 

 ダイフグが震えた。メールが届いている表示が。


 メールボックスを開いてみた。


『それが、聖騎士のスキル』とだけ書かれてある。


「どういうこと? 意味が分からないんだけど」


「聖騎士って、ある意味で貴族みたいな扱いを受けるんですわ。つまり、土地とか手に入る効果が発動しますねん」


 街の中でスキルが作動するとか言っていたが、こういう意味だったのか。


 こうして、遙香とチョ子は、自分の店と看板娘を同時にゲットした。

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