第23話 与えるものと奪うもの

 トワイライトは、セントラルアビスを中心に円周状に造られている。

 中心部に最も近いところには、夜王をはじめ、トワイライトを統べる権力者たちが住む高層ビルが立ち並ぶ。

 その周りには、この街の名物ともなっている、カジノやバーが軒を連ねる繁華街がある。

 そして、繁華街の外には、吹き溜まりの街。かつてこの街で一獲千金を夢見た者たちが住む、スラム街が広がっている。


 ここは、トワイライト零番地。高層ビル群と、繁華街の狭間に位置する、常夜の街の薄暗がり。

 ユータはナルミから預かったお姉ちゃんセンサーを頼りに、セリカがいるのであろうこの場所に辿り着いた。


 ちなみにセンサーは、どこにいてもセリカの居場所を特定できるナルミの発明品である。


 セリカがいるはずの場所は、繁華街の裏路地から入って奥まったところにあった。


 ユータは、一目でこの場所が怪しいと気づいた。

 何故なら、そこにあったのは、高層ビルと、煌びやかな街並みのど真ん中に平然と建てられた一軒家。

 それは、その空間だけ、どこか遠くの閑静な住宅街から転送されてきたと言っても過言ではない不自然さがあった。


 ユータは怪しすぎて、間違いかと思いもう一度見直すが、センサーは確かにこの家を示している。

 アサナたちを見ると、何も動じていない様子で、早く行かないのかとユータを急かす目を向けてくる。


 ユータは意を決し、この家に入ることにした。


 ピンポーン。


 入口に備え付けられているインターフォンを鳴らす。

 家の中から微かに、はーい。と、女の人の声がした。

 バタバタと、こちらに向かう足音がした後、少し間があり、中から鍵を開ける音が聞こえた。


 出迎えたのは一人のメイド。


「ようこそいらっしゃいました」


「こ、こんにちは」

 メイドに丁寧に出迎えられ、一瞬ユータはたじろぐ。


「ここまで迷いませんでしたか?」

「いえ……、親切にありがとうございます。大変分かりやすかったです」


 扉の隙間から内装を覗くと、玄関があり、真っ直ぐ奥に続くフローリングの廊下があった。

 左側には扉が二つ。右側には、風呂場らしき空間が見えた。


「素敵なお家ですね」

 ユータは動揺を悟られないように、メイドに目を移す。

 メイドは、にっこりと笑い、家の奥へ手招きする。


「どうぞお入りください。奥で、バク様がお待ちです」

 そう言うと、メイドは、家の奥に消えて行ってしまった。


 後を追って、ユータが家に足を踏み入れると、家の内装が変わった。いや、内装が変わったといった生易しいものではない。空間が変わった。


 ユータは、何が起こったのか分からぬまま、辺りを見回す。


 なんということでしょう。空間のほとんどが靴置き場で埋め尽くされていた、圧迫感を感じる一般民家の玄関は、ダンスパーティーが出来そうな開放感あふれる西洋のエントランスに。

 冬になると、足元から凍りつきそうな、冷たさを感じられるフローリングが敷かれていた廊下には、赤い絨毯が敷かれ、ゴージャスさを演出しています。

 そして、頭上には大きなシャンデリア。


 ユータがまごまごしていると、エントランス中央から伸びている、手すりが金色で、豪奢な作りの階段を下りてくる人間が一人。


「やあ、ユータ君」

 やってきたのはバクだった。


「随分と家庭的なお出迎え方で。演出も凝ってる」


「外装だけでもアットホームなのが、うちの信条なのでね」

 バクは軽い笑みを浮かべ、そう言った。


「セリカをどこへやった」

 余裕を浮かべるバクに怒りを覚えながらも、最大限の落ち着きを払い、ユータは質問する。


「セリカちゃんは奥の方で大人しくしているよ」

 バクは、自分が降りてきた階段の上に見える扉を指した。


「なぜ、セリカをさらった」

 ユータがそう問いただすと、バクは答えに困ったように顔を掻く。


「そうだな、上手く言葉にするのは難しいんだけど……」

 そう言いよどんで、バクははっきりとした言葉を紡ぐ。


「気に入ったんだ」


 ユータが、言葉の意味を量りかねていると、バクは言葉を続ける。


「そこでなんだが、ユータ君」

 バクは、一呼吸置いて、ゆっくりと、ユータに聞かせるように口を動かす。


「セリカちゃんを私にくれないかね」

 許容できぬバクの提案に、ユータの顔が強張る。


「私はセリカちゃんの望むものを与えてあげられる。もちろん大切にするよ。だから」

そこまで言って何か気づいたのか、バクが言い澱む。


「いや、くれないか、というのはいささか違うな」

「何故ならば、セリカちゃんは君のものでもないし」

 バクはユータが目の前にいるのもお構いなしで、自分の世界に入っている。もはや頭の中にユータへの気遣いはおろか、存在すら認めてはいなかった。


「というわけで、は私のものだよ」

 バクは嬉々としている。


「異存はないね。まあ、あったとしても、踏み潰すけれどね」

 話を振っておいて、勝手に話を決め、コトを進める。傍若無人。それがバクのスタイルだった。


「そんなこと、許せる訳ないだろ」

 ユータは憤る。


「セリカは僕のものだ」

 ユータは鬼骸刀を構える。


「奪いたければ私を倒していくがいい」

 バクの眼が紅く光った。


   ◇


 ユータが家の中に消えた後、続いてアサナたちが家に足を踏み入れると、そこは、四角く切り取られた館の一室だった。

 窓も入口もなく、あるのは天井からぶら下がったシャンデリアと、壁を彩る僅かな装飾だけである。

 アサナが辺りを見回しても、どこにもユータの姿はない。


「どうした。アサナ」

 アサナの耳元から、ヴェスタルの声がした。


 ヴェスタルは三人を通じて、視覚と聴覚の情報を得ており、また、遠隔からの操作も可能となっている。

 今は、三人の統御をアサナに任せており、その場に応じて、アサナたちが行動するよう自動化させている。


「あなたたちはバク様の幻影にかからなかったみたいですね」

 気が付くと、部屋の中央に恭しく礼をする娘が一人。


「お姉ちゃんは?」

 アサナが問う。


「初めまして、この館のメイドをしております、ツノでございます」

 ツノは、三人の姿を見て、合点がいったように頷く。


「ここから先は、生身の人間以外はお引き取り願います」

「なんで私たちが人間以外だと分かったの?」

「ここに来るのは人外か、ヤバい奴か。私は、それらを掃除するためにいるのよ」


「掃除屋さんなの?」

「そうね。私は掃除が得意だから――」

 ツノは、手を広げ、構える。


「大人しくスクラップになるがいい」


 ツノは、両手の十指から、アサナたちに向けて小さな針を飛ばす。

 針は、アサナたちを掠め、四方の壁に突き刺さる。


「そんな攻撃、当たらないよ」

 ヨルダが落ち着いて答える。


「なにしろ、ママに徹底的に鍛えられたからね!」

 アサナが元気よく答える。


「お姉さんは、私たちの魔法で倒すよ」

 ヒルラが意気揚々と答える。三人は、魔法で宙に浮き、ふわふわと動き出した。


 ツノは、三人に向けて次々と針を発射する。

 アサナたちは、苦も無く針をヒョイヒョイ避ける。

「今度はこちらから行くよ!」


『トライアングル・ファイア』


 アサナたちはツノの周りをグルグルと旋回し、それぞれタイミングを微妙にずらしながら、魔法を放つ。

 その連携は、次第にツノを追い込んでいく。


 ツノは、針で応戦するが、先ほどから一発も当たっていない。


「お姉さん、攻撃を当てなきゃ勝てないよ!」


「別に当たらなくてもいいんですよ」

 ――だって。


「そちらから、かかりに来てくれるんだからッ」

 ツノは、攻撃の手をやめ、指を手繰るような動作を見せる。


人食い蜘蛛の巣ハングリースパイダー・ウェブ


 ツノの指からは、目に見えないほどの極細糸が出ている。

 糸は、ツノがばらまいた針と繋がっており、それらが組み合わさって、蜘蛛の巣よろしく、幾何学状の形を成している。


 アサナたちは、高速で空中を飛び回っていたため、突然現れた蜘蛛の巣に対処できない。

 三人は、蜘蛛の糸に絡まる蝶のように、あっさりと捕まった。


「捕まえた」

 ツノは、三人の身動きが取れないことを確認すると、背中に力を入れる。

 ツノの背中が盛り上がり、そこから二本の触手が飛び出した。触手はてらてらと光り、先が生き物を貫き通せるよう鋭く尖っている。


「そこで聞いているんでしょう。彼女らのご主人さん」

 ツノは触手を互いにこすり合わせながら、ヴェスタルに話しかける。


「このままじゃあ、彼女ら、本当にスクラップになっちゃいますよ」

 ツノはまるで、舌なめずりをするかのように触手を研ぎ、今まさに、三人に突き刺そうとしていた。


「そうだね」

 三人の危機的状況にもかかわらず、ヴェスタルは厭に落ち着いていた。


「それじゃあ、こちらも抵抗しようかね」

 ヴェスタルのトーンが一段下がる。


「アサナ、しろ」

 ヴェスタルは、アサナに向けて命令した。


「ヒルラ、ヨルダ。行くよ――」


母の加護インストール


 アサナたちの周りには幾重にも魔法陣が展開し、魔力が、帯となり三人を包み込む。

 その魔力量は、明らかに三人の潜在能力を上回るもので、その莫大な魔力は、辺り一帯の空間を捻じ曲げる。


 これは、遠隔地にいるヴェスタルの魔力を三人に導入し、ヴェスタルに等しい力を与える技。

 ヴェスタルの人形むすめだから出来る技。普通の人間が使用したら、許容量を超え、破裂する。


「これが、こいつらの主の魔力か――」

「いくよっ」

 アサナが吼える。


『ブレイドバーナー』


 三人を炎が包み、それぞれの腕には、鉄すら焼切る魔導刃が生成されていた。

 三人を捕えていた蜘蛛の糸は、彼女らの魔法ですでに塵と化している。

「形勢逆転だね」


 ツノは、心の中で舌打ちした。まずい、相手が悪すぎる。

 糸は焼き切られ、しかも三対一、相手は人形。頼みの綱の毒も効かない。


「相手は所詮、機械人形」

 ツノは、現状と自分の役割を天秤にかけ、結論を出す。


「あなた達と私の命では、あまりにも釣り合わなさすぎる」

 ツノは、十分に時間を稼いだ。


「ここであなた達を葬っておこうと思ったけど、やめたわ」

 慢心はあった。何しろ、今までこの部屋から出たものはいなかったのだから。


 ツノの本質的な役割は、バクの戦闘環境を整えることにある。長い目で見たとき、この三人相手に自分というカードを失うのは、得策ではないと判断した。


 その結果、ツノは深追いをやめ、全勝という自分の経歴に、傷をつけることを選んだ。


「お帰りくださいませ」

 ツノがスカートの裾をつまみ上げ、恭しく会釈すると、次第に空間が歪み、アサナたちは家の外に出された。


 アサナたちが気が付いた時、家があった場所は、ただの空き地になっていた。

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