第26話 覚悟

「ヴェスタルさん、ユータは?」


 バクとの戦いから一夜明け、セリカはユータとともに、ヴェスタルの家に帰ってきていた。


 セリカは自分の部屋から出て、リビングで紅茶を飲んでいるヴェスタルに声をかける。


「ユータはまだ起きてないよ」


 セリカの不安げな問いかけに、ヴェスタルがゆっくりと優しい声色で答える。それでも落ち着かないセリカを、ヴェスタルは隣に座らせ、紅茶を勧める。


「どうしよう、私がユータを――」


 セリカがバクの世界を魔力で壊してから、セリカとユータは外にいたアサナたちに助けられた。そして、二人はヴェスタルの家へと送り届けられていた。

 セリカの方は特に外傷もなく、一時的な魔力の枯渇ということで、一晩寝たところ元の状態にまで回復した。一方のユータは、全身ボロボロで、腹には穴が開き、右腕は千切れ、もはや生きているのが不思議なくらいだった。しかし、ヴェスタルの懸命な治療と、ナルミの延命装置により、一命を取り留め、今は静かに眠っている。


「それは違うよ、セリカ」


 ヴェスタルはセリカの目を真っ直ぐに見て、言い切る。


 ヴェスタルの言葉を聞いたセリカだったが、何かを振りきれず、頭を抱えうつむく。


「ユータがこのまま起きなかったら」


「ユータなら大丈夫だろ」


 セリカをなだめる言葉を、ヴェスタルの対面に座って居たナルミがかける。


「セリカを助けるって、んだ。セリカを置いてくたばったりはしないよ」


 セリカはナルミの言葉に小さく返事をして、俯いていた顔を少しだけ上げる。

 セリカは自分の髪を掴む手を緩め、今までに起こったことを回想する。そもそも、たかがゲームで何でユータがこんな目に遭わなければならないんだろう。


「何で腕が切れたの」


 セリカがユータに起こった違和感を口にした。今までの常識では、どんなに傷ついても、たとえゲーム内で死んだとしても、キャラクターデータは欠損なく復活リスポーンする仕組みだった。


あの街トワイライトは特異な街でね。独自の世界観ルールがあって、表現が現実に近いのさ。傷つけば現実と同様傷が出来るし、あそこで死ねば、キャラクターデータが消去フォーマットされる」


 セリカの疑問にヴェスタルが答える。


「セリカは今までこの辺りでしか動いていなかったけど、世界は思っているより広いんだ。今までの常識が通じない場所だって外にはたくさんある」


 眼を見開くセリカに、ヴェスタルが質問を重ねる。


「バクは、セリカやユータを自分の領域に呼び込んだ。それは、セリカたちを何かに利用しようとしたんだろう」

「バクの目的か、考えか、何か分かることはあるかい?」

 

 セリカは自分の記憶を辿る。その中で一つ、心の中に引っかかることがあった。


「私、聞いたんだ。いや、聞いたというよりは、と言った方が正しいんだけど」


 セリカに、ヴェスタルとナルミの視線が集まる。


「バクは私の魔力をわざと暴走させて、その後、バク自身の力で統制しようとしたんだ。バク自身が私の魔力を扱えるように」


「バクが、セリカの魔法を奪おうとしたということかい?」

 セリカはヴェスタルの問いかけに頷く。


「バクは……最初は、私の魔法だけを奪うつもりだった」


 ナルミはセリカの言葉に目を細める。


「でも、助けに来たユータの力を見て、バクは気が変わった。だからユータの右腕ごと鬼の力を奪った」


「一体全体何のために」


 ナルミが疑問を口にする。


「バクの能力は、自分の理想ゆめを相手に共有する能力」


 セリカが、確信を持って言葉を紡ぐ。


「私が血の魔力に呑まれた時、バクの感情が流れてきたんだ」


 セリカは言いよどみつつも、自分の言っていることを一つ一つ確かめながら口を開いた。


「バクは想像の力を利用して、している」


 ナルミとヴェスタルは、セリカの言葉に眉を動かす。


「何のために? バクは今どこに?」


 ナルミの問いかけにセリカは首を振った。

 セリカはバクが何故世界を壊そうとしているのかは分かっていない。バクの世界から抜け出す直前、バクの姿は忽然と消えていた。現状、セリカはバクの消息すら分かってない。


「もし生きているとすれば、バクは必ず私たちを処分しにくる」


 セリカの肩が震える。ナルミがセリカの肩を抱き、セリカはナルミの腰に手を回している。


 ヴェスタルは一瞬、眼を泳がせた。厨時代はプレイヤー各自が相互に影響を及ぼしあって成り立っている。もし一人がこの世界を壊そうとしたとしても、他のプレイヤーが黙ってはいないだろう。その上で、世界を壊そうというのであれば、そいつは馬鹿か、創造主レベルの力を持つということになる。あり得ないんじゃないか。


「世界を壊す――というのには半信半疑ではあるけど、またセリカを襲われたらたまったもんじゃないね」


 ヴェスタルの言葉に、ナルミはうんうんと頷く。

 見えない脅威への課題に、三人の間に静寂が流れる。この張りつめた空気を破ったのは、セリカの一言だった。


「ヴェスタル。私に魔法を教えてください」


 だしぬけに放たれた一言に、ヴェスタルはセリカを見つめ返す。ヴェスタルをママと呼んだということは、師弟の関係を超えて、ヴェスタルの魔法の極意を全て受け継ぐということだからだ。

 普通だと、人生をかけ培われてきた極意というのは、たとえ師弟であっても教えることはない。


「どんな魔法をご所望だい」


 しかし、ヴェスタルは妖しく微笑み、セリカにそう聞いた。


「大切なものを守れるだけの強い魔法」


 セリカは、真っ直ぐに言い切る。


「分かったよ」


 ヴェスタルは満足をしたように、二つ返事で応える。

 隣では、ナルミがうんうんと頷きながら、紅茶を飲んでいる。


「ナルミ


 セリカの言葉に、ナルミは飲んでいた紅茶を鼻から吹きだした。紅茶が器官に入り、むせながら目を白黒させている。


「なんだ、唐突に」


 ナルミは口元を自分の袖で拭く。セリカに悟られないよう、焦りを取り繕おうと必死だが、カップに残っていた残りの紅茶をこぼし、ヴェスタルにたしなめられる。


「ユータの腕を治したい」


 ナルミに向かってセリカが頭を下げる。


「まだ自分のことを責めているのか?」


 ナルミの心配に、セリカが首を横に振る。


「ユータの夢を、絶やしたくない」


 それは、心のどこかで追い続けていた憧れに対する本心だった。


「腕を戻したら、ユータはまた傷つくぞ」


 ナルミの言葉に、セリカは唇をかむ。


「止められないよ」


 セリカがナルミの眼を見据える。


「私が今できることとは、ユータが起きた時に、ユータに選択肢を残しておくことだから」


「分かったよ」


 ナルミは真面目な顔をしつつも、頬は妹分に頼られた歓びで、どこか緩んでいた。

 お姉ちゃんと言われたナルミの鼻息は荒い。

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