第27話 鬼の仮面

 セリカに夢の世界を破壊された翌日、バクたちはトワイライトの中心部、セントラルアビスの屋上にいた。

 バクとツノはビルのへりから足を投げ出し、トワイライトの街並みを眺めている。


「ああ、素晴らしい日だ。これから起こる刺激的な日々に、胸が高鳴る。さあ、ツノ」


 バクがツノに合図をすると、ツノは何もない空間からユータの右腕を取り出し、バクにうやうやしく差し出した。昨日切り落とされたユータの右腕はツノの鮮度管理により、一日たってもまだ鬼の力が内包され、黒い瘴気を漂わせている。


「素晴らしいな。鬼の力が奔流となり、今にも暴れだしそうだ」


 バクは差し出されたユータの手を握り、ユータの右腕を顔の前に持っていく。

 次の瞬間、バクは何を思ったか、ユータの右腕をチキンでも食べる様に貪り始めた。


「ア……ムグッ――」


 バクは、ユータの右腕に歯を立てる。夜の街に、バキボキと咀嚼音そしゃくおんが響く。


「バク様、お腹壊しますよ」


 ツノのつややかな唇から、呆れといたわりの混じった声が漏れる。

 バクはユータの右腕だったものを最後の指先まで胃に収め、一つゲップをする。満足感と恍惚に歪んだバクの口端からは赤黒い血が流れた。

 バクが右腕に力を込める。バクの身体からは黒い力が漏れ出し、夜闇をより一層黒く染める。


「どう、似ている?」


 バクは、ツノに問う。


「そっくりです。まんま、です」


 鬼の力を取り込んだバクの姿は、ユータの姿と酷似していた。

 バクが指を鳴らすと、空から一本の鬼骸刀がバクの目の前に降りてくる。バクは鬼の力が溢れ出る右腕で、目の前の鬼骸刀を手にした。

 バクが鬼骸刀を振り回すと、自分のために作られたように手に馴染んだ。その感触を肌で感じ、バクはヒュウと口を鳴らす。バクの口角が、悪戯を思いついた子供のように上がる。


「ツノ、折角だからこの姿で、世界征服なんかしちゃおうか」


「いいお考えです、バク様。それでは、手始めに何をしましょうか」


「まずは赤林檎の証を集めよう。そうすれば話題になるだろうし、世界中の人に私の理想せかいせいふくを知ってもらえる」


「素晴らしい目標です、バク様」


「そうだろう、そうだろう」


 バクの眼尻が下がり、二人は大きく高笑いをする。


「そういえばツノ。三つ目の証はどこだっけ?」


 バクが上機嫌で聞くと、ツノは相も変らぬ淡々とした調子で答える。


「はい、バク様。三つ目の証は、花の都ブルムガーデンです。ですが、あの、戦士リュフィルにもう獲られていますね」


 バクは少し残念そうな顔をしたが、すぐに戻って、訊ね返す。


「三つ目を持っている奴は今どこに?」


「エストマルシェにいます」


「そうか、あそこか」


 リュフィルは名の知れた戦士だ。一対一の戦いでは、五本の指に入るほどの腕前を持つ。まだ鬼の力に慣れていない分、バクが相手取るのは、少々骨が折れる相手だ。


「一つ目を獲ったのは、ジャイロ君だったね」


「そうです。あの、短剣使いです」


 バクは、先にリュフィルと一騎打ちをするくらいなら、初心者を相手にして身体を温めるのも悪くはないと思った。


「先にジャイロ君を狩る。この力にも慣れておきたいし、まあ、いい準備運動にはなるだろう」


「それにしてもバク様。そんな簡単に世界征服を狙ってもいいものなのでしょうか。この世界は手強いのがいっぱいですよ。バク様には厳しい相手もごまんといるでしょうに」


「いいかい、ツノ」


 バクが優しく語り掛ける。


想像力イメージは事実すら上回るものだよ」


 ツノは、目をぱちくりさせる。


「まあ、見ていなさい」


 バクが合図をすると、ツノは極彩色の空間に包まれて消えた。これは簡易的な携帯式避難装置ポケットシェルターで、長距離の移動方法を持たないツノを運ぶ時に使われる。


 ツノが消えたのを確認してから、バクは身体に力を込める。

 バクの背中からは黒い翼が生え、瞬く間に飛び立った。そうして二人は宵闇の空へと消えていった。


   ◇


 バクがトワイライトから飛び立って十分後、ジャイロは来たる戦いに備え、いつものように、モンスターの多い山岳で鍛錬をしていた。


 赤林檎の証集めは、三つ集めた時点で勝者が決定するというルールだ。そのため、どれか一つでも証を確保さえしていれば、必ず証を狙う冒険者の標的になる。つまり、最終的には証の保持者同士の戦いになることは明白だった。

 ジャイロは、先日配信された動画でユータが二つ目の証を手に入れたのを知っている。ジャイロは、強敵との再戦の予感に武者震いをした。


「こんにちは、いや、久しぶりかな。ジャイロ君」


 噂をすれば何とやら。ジャイロの目の前に現れたのはユータだった。


「ユータ、ジャイロ君とはどうした。いやに他人行儀じゃないか」


 ジャイロは、ユータの変わった口調に白い歯を見せる。

 ジャイロにはバクがユータに見えているようだ。


 ユータがバクに腕を切られた一部始終は、ユータとバク以外は知らない。そのため、世間はユータが証を所持していると考えている。ジャイロは、バクがユータに成り代わっているなど、一片の疑いも見せてはいない。


「おっと、そうだったな。ジャイロ」


 バクは慌てて口調を治す。


「ユータも、二つ目の証を手に入れたんだっけ? ということはだ」


 ジャイロは、懐から二振りの短剣を取り出す。


「ああ、君の持つ証を奪いに来た」


 バクは鬼骸刀を構える。


「そう、来なくっちゃな!」


 二人は、お互いに武器を構え飛び掛かった。


【動画配信】


 剣で切り結びながら、ジャイロが動画を配信する。ジャイロは今日まで、鍛錬と数々の実績を積み重ね、二千人ものファンが出来ていた。

 いま、動画を見ているアクティブユーザー数は、ジャイロのファン総数の約半分。そして、ジャイロはそのファンたちとある契約を結んでいる。

 それは、ジャイロが戦闘で使う武器の供給。


千剣の大鷲ガルドニクス


 ジャイロが技を使った瞬間、ジャイロを応援するファンたちから、ジャイロに向けて応援物資が届く。

 ファンたちから届いた千本の短剣は、それぞれ一本一本が規律のとれたパーツとなり、ジャイロの身体を守るように覆っている。特に、刃で造られた両翼は、数多の星が散りばめられたかのごとく、煌々と妖しげな輝きを放っている。


「いくぞっ」


 ジャイロは翼をはばたかせると、羽が舞い散るがごとく百本の刃をバクに向けて射出した。


 しかし、バクは向かってきた短剣を悉く打ち落とす。


「まだまだ!」


 ジャイロは短剣を引き寄せる動きをすると、打ち落とされた羽がジャイロの超能力で再び起き上がり、バクの周囲を取り囲む。


「射抜け!」


 ジャイロは全ての短剣の照準をバクに合わせ、魔力を放出する。


氷結光照射コールドビーム


 短剣の先端からバク目掛けて青白い光が照射される。しかし、バクはそれをすんでのところで躱し、大きく後ろに向かって跳躍する。狙いを外した光線が地面へと当たり、辺り一帯は小さな氷山が出来た。


「追え!」


 ジャイロは後ろへ回避したバクに向かって無数の短剣を追わせる。


「さざめけ!」


地風演舞ガイアストーム


 ジャイロはまたもや短剣を介して魔法を放つ。今度は風の魔力を帯びた短剣を高速で飛び交させ、徐々にバクを追いつめていく。


「こんなものか?」


 しかし、バクは高速で向かってくる短剣を意にも留めず、華麗なステップですべて避けきる。さらに、一つ欠伸をした後、眼にもとまらぬ剣さばきですべての短剣の勢いを殺した。


 しかし、ジャイロはこの隙を逃さない。短剣は全てバクの周囲に留まっている。バクが油断したところを狙い、ジャイロは次の一手を放つ。


「弾けろ!」


爆烈羽エクスプロード


 魔力が込められた短剣は、それぞれが赤く発熱し、膨大なエネルギーを放つ。バクは、半径十メートルを焼き尽くす爆炎に包まれた。


「やったか?」


 爆発した箇所には黒煙が立っている。火は、バクを余すことなく焼ききったはず――。


刀鬼とうき修羅しゅら】』


 炎の中から、狂気に満ちた声がこだまする。

 黒煙がより深く濃くなり、辺り一帯を黒く染める。鬼の力で黒く染まったバクは、先ほどの爆炎もものともせず、平然とジャイロに向かって歩いてくる。


「凄いな。この力は」


 満足そうに口角を上げ、ジャイロに微笑む。


「化け物が――」


 ゆっくりとした足取りでジャイロの前まで歩いて行き、立ち止まる。ジャイロは、口をぽかんと開けたまま、その場から動けなくなった。何しろ、以前戦ったときより比べ物にならないくらい強くなっている。

 ジャイロの攻撃などなかったかのように振る舞う。それは、もはや人間の域など超えている。


「修羅化だけで事足りそうではあるけど」


「何を――言っている」


 バクは、フフと笑うと鬼骸刀に力を集中させる。


「まさか、まだ強くなるとでも?」

 ジャイロが身構える。


鬼哭錬刃きこくれんじん


 鬼骸刀からは邪悪で冷徹な気が漂い始める。


「とどめを刺してあげよう」


 バクが刀を振り下ろそうとした瞬間、ジャイロの頭に電撃が走る。


「さっきから違和感があった」


 ジャイロは思いついた言葉を口に出した。

 その言葉を聞き、バクは刀を振り下ろす手を止める。


「お前、ユータじゃないな」


 辺りに響き渡る声で、ジャイロはハッタリを叫んだ。


「何を言うかと思えば。僕はユータだ」


 バクの頭には疑問符が付いた。何故自分の正体が見破られたのか。

 何もない風を取り繕ってそう返すが、バクの額には汗がにじむ。


「ユータは、お前みたいに気持ち悪くはない」


「変なこと言うなよ」


 バクが明らかに狼狽しているのを見てジャイロは意外に思ったが、すぐに気を切り替え、その隙を逃さなかった。地面に落ちている短剣をバクに悟られないように起動させ、バクを襲わせる。それは鬼の力を纏っているバクにとっては子供だましの反抗にしか過ぎなかったが、気が動転していたバクは一瞬判断が遅れ、全ての短剣を避けきるには至らなかった。


 短剣はバクの額を掠め、バクの額からは血が流れる。

 一瞬の沈黙。


「あっは、は、は、は!」


 バクは大笑した後、満面の笑みをジャイロに浮かべる。しかし、目が笑っていない。


「嫌だな、ジャイロ君――」


 バクの眼が紅く光る。その眼を直視したジャイロは、その場から動けなくなった。

 バクから吹きだす瘴気が、赤黒く、より一層深くなる。

 バクは鬼骸刀をゆっくりと構え、ジャイロに向ける。


夢幻斬むげんぎり』


 バクが鬼骸刀を振ると黒い衝撃波が走り、ジャイロを襲う。


 ――死んだか?


 ジャイロは覚悟を決め、目を閉じた。


「お前、何だ?」


 バクがうっとおしそうな顔を向ける。


「ついに堕ちたか。ユータ」


 ジャイロが目を開ける。目の前には、バクの攻撃を巨大な斧で防ぐ、見知った顔がいた。


「ハイド! 助けに――」


「ジャイロ! 情けない顔をしているんじゃねえ」


 ハイドは斧を両手で振り回し、バクに向かって構える。


「ジャイロ! 立ち向かえ! いかなる時も諦めるな!」


 ハイドは低い唸り声を発し、全身に力を込めた。


我獣開放インスティンクト白狼の魂フェンリル】』


ハイドの全身が、白銀の体毛に覆われ、体長二メートルはありそうな狼男へと変身する。


「ハイド、その姿は」


「これは、俺が見つけた新たなスタイル! 武力を増幅し、力で圧倒する、獣化だ」


 ジャイロはハイドの姿を見て立ち上がり、再度、短剣の羽を展開する。


「さあ、バク、第二ラウンドだ!」


 ジャイロとハイドは、バクに向かって対峙する。しかし、バクの方は、


「ああ、めんどくさいな。証も手に入ったし、帰るわ。じゃあね」


 そう言って、静かに消えた。

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