第28話 赤林檎の宝
ユータがバクからセリカを奪還して二日後、ユータがようやく目を覚ました。
ユータがヴェスタルの家で目を覚ました時、セリカが泣きそうな顔で飛びついてきたためユータは少し戸惑ったが、お互いが生きていることへの感謝と安堵感で動けず、ユータとセリカはしばらく抱き合ったままだった。
セリカはユータのにおいを胸いっぱいに吸い込むと、体を細かく震わせた。
ユータは震えるセリカをしっかり抱きしめるように、手を後ろに回し、時折セリカの背中をさすっている。
二人は本当はいっぱい話すことがあったが、しばらく黙ったまま、ずっとベッドの上で抱き合っていた。
しかしそれも、やがて終わりが来る。二人が抱擁をやめて離れたのを見計らったかのように、部屋のドアを開けてナルミが入ってきた。
「おお、ユータ起きたか」
ナルミはユータとセリカを部屋の外へと連れ出し、暖炉の前の席に座らせた。そして紅茶を淹れ、三人で飲みながら、バクとの戦闘から今までのことを、思う存分話した。
話の最中で外からヴェスタルが帰ってきて、しばらく四人で、他愛のない話をした。
話もすることがなくなってきた頃、ナルミが口を開いた。
「そういえばユータ、お前、ずっと寝ていたよな?」
ユータは言葉の真意が分かりかねたが、ナルミは何やら言いづらそうにもごもご言っている。それに対しヴェスタルは、何やら覚悟を決めたような面持ちでナルミを見つめる。
ナルミはヴェスタルの無言の視線に頭を掻く。
そしてぼそりと、
「あれを見せるしかないのか」
と言い、腕に着いているウェアラブル端末を操作し、ホログラムモニターを出現させる。
ナルミは、みんなに、
「ユータには起き掛けで悪いけど」
と、申し訳なさそうに前置きをしてから、ある一つの動画を見せた。
ユータは動画を見て驚愕した。動画が投稿されたのは昨日。そして動画に映っていたのは、ヴェスタルの家で眠っていたはずの自分であったことに!
動画の中の自分は、赤林檎の証を持つジャイロの攻撃を軽々と避け、さらに直撃した爆炎魔法の中ですら無傷で立っている。
極めつけは、動画の中のユータは、ユータにしか使えないはずの鬼の力をいともたやすく使い、ジャイロを倒し、証を手に入れた。
動画の中のユータは下卑た笑いを浮かべながら、倒されて地に這いつくばったジャイロを見下ろしている。
ユータはこの男を知っている。何故なら、セリカを危険な目に合わせ、ユータの
「バク――!」
ユータの手のひらには、痛いほどに爪が食い込んでいる。
ナルミが続けてユータに見せた動画は、もっと衝撃的だった!
動画の投稿時間を見るに、これも一本目と同じ日、それも、バクがジャイロから証を奪った直後に撮られたものだと分かった。
エストマルシェに現れたバクは、証を狙う初心者狩りを鬼の力で一閃、悉く斬り捨て、街の中を悠々と歩いている。おそらくこの初心者狩りも、相当な手練れなのだろう。バクの反撃にも怯まず、我先にと攻撃を繰り出した。
しかし、バクはそれらをものともせず、片っ端から一息に斬り捨てていく。
その光景は、返り討ちに遭った初心者狩りの姿を除けば、気楽な散歩という風情だった。そしてそのまま、繁華街の中を通り過ぎていく。
バクが街のちょうど中心部、ギルド前の広場にやってくると、何やら勇壮な戦士と対峙している。それは、全身を魔力装備で覆ったリュフィルだった。
リュフィルはその功績からファンも多く、所持する武器と防具は、初心者どころかベテランですらも手に入れることができないオーダーメイドの逸品を装備している。
リュフィルは鞘から剣を抜くと、剣を魔力でコーティングした。さらに、リュフィル自身も魔力で身体能力を向上させている。
二人は、互いに向かい合う。動画内で確認できる様子だと、リュフィルへの声援が大きい。周りに見えるギャラリーは、リュフィルが勝つだろうと予想している。しかしそれは、すぐに覆された。リュフィルがバクに飛び込む。次の瞬間、リュフィルの体がはじけ飛び、一瞬で勝負がついた。
動画が終了し、ユータがナルミを見ると、ナルミは複雑な顔をした。そして顎で何かを示すようにしゃくりあげ、
「もう一つ、あるんだ」
と言った。
◇
ナルミが三本目の動画を再生すると、いきなりドアップでユータの顔が映る。もちろんこれも、ユータのふりをしたバクである。
バクが合図をすると、カメラが少し引き、バクを含めた周囲の状況が映し出される。
あたり一面を覆う滝。ぽっかりと空いた空から降り注ぐ太陽の光。
そして、洞窟の端と端をつなぐ、長大な橋。動画の中で、バクは長い橋の上を歩いていた。
「ここは、僕がはじめてこの世界に来た時の……。井戸の洞窟」
見覚えのある景色に、ユータが息をのむ。
「皆さん、初めまして。ユータです」
動画の中で、バクが律儀に自己紹介する。動画の撮り方からして、何かを見せることを意識しているのがわかる。
そしてこの動画は、バク以外の誰かが撮っている。
「先ほど、三つ目の証を集め終えたところ、三つの証が一つになり、中から地図のデータが出てきました」
そういうとバクは、橋の先にある、大きな錆びた扉の前まで歩いていく。以前ユータが来たときは、押しても引いてもびくともしなかった扉だ。
「これから、地図に載っている場所に行ってみたいと思います」
バクは、胸元から三つの赤林檎の証を合わせたものを取り出す。それは、掌ほどのリンゴの形をしている。
バクが証を扉にかざすと、錆びた扉から金色の光が漏れた。
「それでは、中に入ってみましょう」
バクは扉に手を掛けると、勢いよく開けた。
「ここは何かの倉庫、いや、何かたくさん置いてありますよ」
扉の先は、薄暗く、あたり一面に何かが置かれていた。
バクは扉の近くを探ると、照明のスイッチがあったので、それを押した。
明かりがつくと、部屋の中はドーム状になっており、一周、1キロ。高さ50メートルほどの広さがあった。部屋の中には、何に使うのか分からないガラクタから、華美な宝飾を施した剣、杖、銃、等の武器の山、魔力の込もった宝具、書物、豪奢な壺や絵画が飾られている。中でも一番目を引くのは、部屋の奥に鎮座する、高さが部屋の天井まである巨大な五体の人形。
バクは、驚嘆の声を上げ、ずんずんと部屋の奥へと進んでいく。
「ここは、おそらく赤林檎の工作部屋。厨時代が始まる前から、赤林檎はここでこの世界の原型を創っていたんですね」
バクは抑えきれぬ興奮から上ずった声を出す。
そしてバクは、ある場所で足を止めた。
「こんなところに壁画がありますよ。β時代の英雄たち。
バクの言葉に、ヴェスタルが補足する。
――β時代。厨時代が実際にリリースされる前、赤林檎は全国から数百人の実績のあるテストプレイヤーを集め、実際の動作確認のためにテストを行った。それがβテスト。リリース前のβテストのことを知る人間は、厨時代をもじって、β時代と呼ぶ。
ユータたちが感心していると、動画の中のバクも、感嘆の声を上げる。
バクがしげしげと見つめる先には、五人の冒険者の絵が掛けられている。といっても、ユータの側からはその五人がどのような人物なのかは、はっきりとは判らなかった。
ヴェスタルがβ時代の英雄について、さらに補足する。
—―始まりの五人。β時代、赤林檎は動作確認のため、テストプレイヤーたちに様々な課題を出した。その課題は、アイテムの精製からモンスター討伐など、今の厨時代の根幹を成すシステムの動作確認のために出された。
「でも、赤林檎は性根が腐っていてね。普通のプレイヤーが容易に達成できる課題の中に、一つだけ、凶悪な難題を混ぜたのさ」
ヴェスタルは苦笑しながら続ける。
「それが極限モンスター討伐。人間の限界を量るために造られた、意地の悪い試練さ」
そして、極限モンスター討伐を完遂出来たのが、テストプレイヤー五百人中、その五人だけだったらしい。
ユータは、そのモンスターを頭の中に思い浮かべてみたが、いまいち強さが図れない。
「まあ、あれはやってみないと手強さが判りづらいからね。ただ、β時代の連中、何かしらのゲーム大会で優勝しているあいつらが束になっても悲惨な成績だったんだから、お察しのところさ」
「その人たちは、今どこにいるんだろう」
セリカの問いかけに、ヴェスタルは首を横に振る。
ユータたちがβ時代の英雄たちについて熱くなっていると、動画の中では、バクが部屋の奥まで来ていた。
「これは、厨時代がβ時代に試験的に造られた、対プレイヤー用の戦闘巨神、いわゆる
バクは、部屋の奥に飾られている五体の巨神の前で立ち止まる。
「素晴らしい。しかし、兵器は使わなければ意味がありませんよね?」
『刀鬼【修羅】』
バクは、突然、鬼の力を開放する。
「僕の力を使えば、ほらこの通り」
なんと! バクが巨神に手を触れると、巨神たちの眼が光り動き出した。
動画内で、誰かがバクに質問する。声は加工されて聞き取りづらくなっている。
「僕が遺物を使って何をしたいかですか?」
バクは精悍な目つきでこちらを見た後、はっきりとした声で、
「世界征服です」
と答えた。
「今から二十四時間後、僕は世界征服に向けて動きます」
「明日の昼、十二時に、エストマルシェにこの巨神が向かいます」
「皆さん、せいぜいあがいてみてください」
バクは、動画の中で高笑いをしている。
そこで、バクの動画は終わった。
◇
「これも、動画の投稿時間は昨日だ」
セリカが呟く。
「ということは、巨神が街を襲うのは――」
ユータは思考を巡らせるが、はじき出した答えに絶望する。
「今日」
ユータは現実を認識した後、はっとしてヴェスタルに尋ねる。
「ヴェスタルさん、今何時?」
「午前十一時」
「後、一時間……」
四人の血の気が引いていく。
――沈黙。
あまりにも厳しい現実に、ヴェスタルは唸っている。
「行かなきゃ」
ユータがそれを口にした。
「私も」
セリカも続いて口にした。
二人の進言に、ヴェスタルとナルミが口を開こうとしたが、すんでのところで飲み込んだ。セリカの言った、止められないということの意味が分かったからだ。
それは、ユータの性格を知っているセリカから出た真実。
「右腕がないのにどうするんだ」
ナルミがユータに向けて言い放つ。
その言葉を聞いたセリカの眼が、ナルミを見据える。
ナルミは、やれやれと思い、ヴェスタルに合図を出す。
ナルミの合図に頷き、ヴェスタルは家の奥から紫色の包みを取り出してきた。
「私はこの森に縛られているから動けない。その代わりに、私の魔力を使って、ユータの右腕の代わりをナルミに作ってもらった」
ヴェスタルが包みから取り出したのは、右腕の義手。義手には、魔力を帯びた装飾がされ、かっこいい。
ユータが義手を左手でつかみ、右腕に近づけると、接合部分に紫色の稲光が散って、右腕の付け根にカッチリとフィットした。義手の指は、ユータの意思で過不足無く動き、まるで右腕が戻ったようだった。
「セリカ、こっちに来なさい」
続いて、ヴェスタルはセリカを呼び、セリカの額に手をかざす。
「アンタに、アタシの魔力を少しだけ分ける。ロクに、修行もつけてやれなかったからね」
ヴェスタルの手からセリカに向けて温かな光が降り注いだかと思うと、セリカの右目の下に、呪印が出現した。
「敵の厄介さはアンタが身をもって知っているだろう。また、帰ってくるんだよ」
「ありがとう、ママ」
セリカが魔法で、自分の杖を引き寄せる。
ユータが自分の刀を探していると、ナルミからひのきの棒が渡された。
「ユータ、セリカ。お前たちの居場所は私たちが守るからな。お前たちの居場所は――」
ナルミは、何かを察したのか、肩を震わせ、喉の奥から言葉にもならない言葉を振り絞った。震えが止まらないナルミを、ヴェスタルが優しく抱きとめる。
二人はヴェスタルとナルミに礼を言い、家を後にした。
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