第29話 エストマルシェ防衛戦

 午前十一時三十分。

 エストマルシェ正門は、街を守るために集まった人々でごった返していた。


 ユータとセリカは人の波に飛び込み、リヒトマンを探す。この巨大な人の波を統御し、巨神たちの進行に備えるためには、誰か司令官の役目を負っている人がいるはずだと考えたからだ。それを差し引いても、人脈の少ないユータたちが知っている中で、エストマルシェで一番頼れる人と言えば、リヒトマンしか知らない。


 ユータたちは、ずんずんと人の波を奥へ奥へと進んでいく。

 ユータたちは、正門から街の中心部に近づくにつれて、空気が変わっていることに気付いた。よく見ると、正門付近に陣取っているのは強力な武器を持った熟練の冒険者たちが多く、後ろに行くにつれて、あまり戦いに慣れていないもの。中には丸腰で出てきている人もたくさんいる。


 エストマルシェは店の街ということもあり、人口のほとんどが商売で生計を立てる非戦闘員で構成されている。そのため、街の外側から腕の立つ冒険者が十列ほど並び、その後ろに数えきれない人数の一般人がいる。


 人々は、街の向こうにある山を見ている。

 そして、人々が注目する先には、巨神の影が山の上にうっすらと見えている。


「巨神が、もうあんなところまで――」


 ユータとセリカは、呆然と立ち尽くす。


「ユータ、それよりも」


 先ほどから周りの視線がおかしい。セリカはそう言って、ユータの裾を掴んだ。

 人ごみの中から、声があがる。


「おい、あいつ、ユータじゃないのか?」


 何人かの冒険者がユータたちに気づく。

 周囲がざわついた。それもそうだろう。今、巨神を街に向かわせている張本人がいきなり姿を現したのだから。捕まると大変なことになる。そう直感が告げている。ユータは厭な汗が流れるのを感じた。


「この姿のままじゃ危険だ」


 ユータたちは人の波に紛れ、人目のつかない路地の奥へと逃げた。

 幸い、人が多すぎるせいで、何とか人ごみからは逃げられた。街の中へ入ると、やはり多くの人が正門前に集まっているのだろう。中心街へと続く道は人通りもなく、がらんとしていた。


 二人は、人に見つからないよう細心の注意を払いながら、全速力で走る。

 走っている最中、セリカが何かを見つけたようだ。


「こっち」


 セリカがユータの手を引っ張り、路地裏に連れて行く。


「ちょっとの間、ここに隠れていて」


 セリカがユータを押し込んだのは、路地裏に置かれたコンテナの影。

 セリカは、ユータが安全な場所にいるのを確認すると、先ほど通り道で見つけた店に入った。


――メイリア呉服店。


 ここは、エストマルシェ有数の服飾屋として知られるメイリアの店。


「メイリアさん、こんにちは。セリカです」


 セリカが呉服店のドアを開けると、店の奥からメイリアが出てきた。メイリアはセリカを見留めると、不安気な顔が一気に明るくなった。


「あらまあ、セリカちゃん久しぶり、闘技大会以来かしら」


「その節はお世話になりました」


 セリカが深々と頭を下げる。


「今日は何をお求めかしら」


 メイリアはもみ手でセリカに訊ねた。


「ローブが欲しいんですけど」


「どのようなものがお好みかしら」


 メイリアは、店の端に掛けてある色とりどりのローブの前にセリカを案内する。


「目立たない色で、出来れば、全身が隠れるヤツを」


 セリカは簡潔に、必要な情報をメイリアに伝える。

 メイリアはセリカが急いでいることを察したようで、手際よくローブを見繕う。


「それじゃあ、この、黒いのでいいかしら」


 セリカがそれでいいと答えると、メイリアはローブを包んでセリカに渡した。

 セリカは代金の千CCチューニコインを渡そうとすると、メイリアは首を横に振ってローブを押し付けてきた。

 セリカは、深々と頭を下げ、一目散に店を出ようとする。


「ユータ君は元気?」


 セリカの背中越しに、メイリアは質問する。

 メイリアに聞かれ、一瞬体を硬直させたセリカだったが、すぐさま何もないように装った。


「元気で、やっています」


 セリカは扉に手を掛けたまま、顔だけはメイリアに向き直り、笑顔で答える。


「後、これ――」


 メイリアがセリカに投げて寄越したのは、綺麗な琥珀色の髪留めだった。


「ユータ君によろしくね」


 セリカは店を出た。

 店を出たセリカは、コンテナの影でうずくまっているユータにローブを渡す。

 ユータは、セリカに渡されたローブを着こむと、体全体がすっぽりと包まれ、近くで見ても誰だかわからなくなった。


「よし、これでいい」


 セリカはメイリアに貰った髪留めで、自分の髪を後ろに束ね、頬を何度か叩いて気合を入れる。


「それじゃあ、行きましょうか」


 二人は、正門へ向けて走り出した。

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