第25話 目覚め
暗い。ここが、どこなのかすら分からない。
私は、何か、強い衝動に流されて、地面のない空間にただ一人で浮いている。
何もない。
何か、私のやるべきこと。
――私は、強くなりたい。
あれ、私は、なんで強くならなきゃいけなかったんだっけ。
私が、天使天歌が、セリカナーヴァナルとして目覚めたきっかけは、なんだっけ――。
◇
あれは、確か小学生の頃だった。
小学生の私は、ごく普通の生活を送れていることに、少なくとも満足できていたのだと思う。あの頃は男女関係なく、辺りが真っ暗になるまで、校庭でドッジボールをして遊んでいた。
そう、あの日まで平凡な日々を、つつがなく暮らせていたのだが。
夏休みも終わり、長袖の子がぼちぼち出始めた頃、授業中に私の元へと一通の手紙が回ってきた。クラスの中で、仲良しグループを作っている女子たちからだった。
その女子たちは、クラス全体で二十人のうちの三人が固まってできたグループで、あまり男子との絡みもなく、いつも噂話や恋愛話に花を咲かせていた。
もちろん、男子と数人の女子で遊んでいる私は、この三人と接点はなかった。
手紙の内容は、今遊んでいる男子たちから離れろというものだった。
私は、意味が分からなかったし、下らない何かの冗談だと思って、その紙をびりびりに破き、ごみ箱に捨てた。
それからというもの、その三人からは嫌がらせが続いた。
授業中には、私の悪口を書いた手紙が回った。そして、私が教室に入ると、三人の眼は私に冷たい視線を送り、私を見て、くすくすと笑った。
まだ救いだったのは、その三人が、クラス中を仕切るだけの権力をまだ持ち合わせていなかったことだ。さらに、担任の存在も大きかっただろう。担任は、クラスのみんなから恐れられている、初老の男性教員だった。その先生の眼が光っていたこともあり、三人の私に対する嫌がらせも、あまり激しいものではなかったのだと思う。
しかし、その嫌がらせも佳境に入る。
ある日、三人に、私は校舎裏に呼び出された。その場にいたのは、例の女子三人の他に、クラスでも私と絡みのない男子二人、私を含めると、六人がいた。
私を壁際まで追い詰めると、リーダー格の女子が、真っ先に口を開いた。
最初は言っている意味が分からなかったが、話を聞いていると、男子と遊んでいてむかつくというのがターゲットになった要因らしい。調子に乗っているだとかの難癖もつけられた。さらには、私が男漁りをしているなんていう根も葉もない噂を叫ばれ、私は困惑していた。
今思うと、三人のうちの誰かが、私が遊んでいる男子の中に、好きな子がいたのかもしれない。
三人の行為はどんどんエスカレートしていく。
罵声から始まり、一人が私を小突き、一人が私の髪を掴み、一人が冷ややかな笑いを送る。
ついには、取り巻きの男子に命令し、私を襲わせようとした。男子の一人が、私の腕を掴む。その時だった。
「おい、お前ら、弱い者いじめはやめろ」
女子たちの後ろから、声がした。
「うわ、立川だ。逃げろ」
当時から、クラスの中では変人の名で通っていた、悠太だった。というのも、正義感が強すぎるがためか、おそらくその場にいる最も強そうな人間に、見境なく食って掛かるのだ。その、融通の利かなさに、誰も彼には触れずにいた。
「ふん。他愛もない」
悠太が現れ、場が白けたからだろう。女子三人と取り巻きは、捨て台詞を吐いて逃げて行った。
「おい、お前、大丈夫か」
悠太が手を差し伸べる。
「ありがとう」
私が礼を述べると、悠太は突如、自分の名前を名乗り始めた。
「名乗るほどでもないが答えてやろう。僕の名前は立川悠太。鬼の力を持つ男だ」
あの時は、何でいきなり自己紹介をしたのか分からなかったけど、
「知ってるよ。悠太君でしょ」
「知っていたか。わっはっは」
「変なの。あはは」
でもその言葉で、何か救われたような気がしたんだ。
私は、小学校でいじめられかけたから、何とか周りに溶け込もうと、中学になったタイミングで、必死に、自分ではないキャラを作った。
でも、中学生になってからも、悠太は変わっていなかった。
お昼休み、教室に一人でいるところを、他のクラスメイトに馬鹿にされた時も、
「あいつ、また一人でいるよ」
「喋ったところ見たことねえし。気持ち悪」
「てんてん、行こう」
「うん――」
まるで気にせず、自分の世界を持っていた。
私に足りないものを、悠太が持っていることが、うらやましかったのかもしれない。一人でも、自分を押し通せる力。周りに流されながら生きている私なんかよりも幾分ましなんじゃないかと思えた。そうだ、私もこんな力が欲しいとそう思った。
「
耳を澄ませると、どこからか、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「天歌」
声は、はっきりとした形を持つ。私は、この声を知っている。
「君は、セリカ・ナーヴァナルなんかじゃない」
私は、悠太が何を考えているのか分からなかったけれど、今なら少しだけ分かる気がする。
「君は、僕の好きな、
あなたは、人を救うために生きている。
ここから出なきゃ。悠太と、もう一度話したい。
「帰らなきゃ――」
◇
永い夢から覚めたように、私の意識は朦朧としていた。
感触がある。何か、温かいものが、私を包み込んでいる。
だんだんと意識がはっきりしてきた。
体が重い。
体に意識を向けると、悠太が私を抱きしめていた。
抱きしめると言っても、右腕がない分、左腕を首に回している状態で、腹と腕からは血を流し、荒い呼吸をしている。それはもはや、抱きしめているというより、私を杖に寄り掛かっていると表現した方が正しかった。
「目覚めたか。セリカ」
何もない空間から、バクが現れた。
「ユータをどうしたの」
バクは、静かな目をこちらに向けている。
「ユータ君は、君と引き換えに右腕、鬼の力を差し出したのだよ」
ユータが、私のために――。
「セリカも魔力を使いきって動けまい。さあ、セリカ、こっちへ来るんだ」
バクが、近づいてくる。
「もう一度、君に力をあげよう」
バクが、私に手を差し伸べる。
「もう……いい」
私は、バクの眼を見据える。
「何……?」
バクが、顔を歪ませる。
「私は、そんな力なんていらない」
私がそういうと、バクは数瞬、何かを考え、口を開いた。
「本当にいらないの?」
バクは、目を大きく見開き、私たちに顔を近づける。
「セリカの夢を叶えるのに、私は必要だろ?」
吐息がかかるほど、バクは顔を近づける。
「いらない。だから、私たちをここから出して」
怖かったけれど、それでも、私は拒否の姿勢をとる。
「そうか、いらないか」
バクは、沈黙した。おそらく、一分も経っていないのだろう。長いような、短いような、空白の時間が流れた。
「じゃあ、君たちは用済みだ」
そういうと、バクは、狂ったように笑い出した。
「君たちは、ここで! 永遠に! 夢の世界をさまよい続けるんだ」
バクの顔が歪む。
「永久ニッ! この場所デェェェ!」
バクの両手が仄かに光った。バクが両手で拍を打つと、館内の時空が歪み、徐々に縮み始める。
『
「悠太は、私が守る」
私は、半ば力尽きているユータを強く抱きしめた。
「セリカ、今ならまだ間に合うぞ。さあ、私の元へ来るんだ」
バクは、なおも私を諦めきれずにいる。私は、言葉を出す気力もなく、ただ、諭すように、バクの眼を見つめる。
「なんて眼をするんだ、セリカ――」
バクは、それ以上その場から動かなかった。
私は最後の力を振り絞り、体中に残された魔力を発現する。そして、収縮する空間を魔力で支える。
そこで見た最後の景色は、暖かな光が辺り一帯を包み込み、バクの世界を破壊するところだった。
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