第20話 凱風快晴――空は蒼
エストマルシェから南東。山岳の上に造られた、古代人たちの遺跡、アルカポリス。
山の頂で冷えた空気が、鼻腔をくすぐる。
闘技大会以来、少し気になっているセリカに意を決して声をかけてみたはいいものの、今さらになって肝心のデートプランが破たんしていたことに、ユータは動揺していた。若き日の過ちである。
ユータの胸の内を知ってか知らずか、蒼海の飛龍が雄叫びをあげた。
空気が震え、バチバチと、羽虫の弾けるような嫌な音がする。それは、あまりにも大きな飛龍が、雷雲との摩擦で電気を起こし、体内に貯めきれない電気を、雷として放電しているからだ。
厚い雲と、上空で吹き荒れる強風が、この後の激戦を予期していた。
「そういえばさ、こんな時に言うのもなんだけど、僕、結構支持者が増えたんだよね」
ユータは、嬉しそうに鼻の下を指でこする。
飛龍は、二人の緊張が緩んだのを察してか、もう一度、けたたましくしく雄叫びをあげる。
「ちなみにセリカの支持者は何人?」
咆哮した飛龍に対し、さして驚くそぶりも見せず、ユータがセリカを見る。
「えっと、この前見たときは二万人だったかな」
「うそ! 僕、三百人しかいないんだけど」
ユータの支持者は、リドルの事件を解決した時に応援してくれた街の人と、闘技大会で優勝した際にできたファンがほとんどを占めている。
「闘技大会で、ユータが向こうに行った後、竹平っていうジャーナリストが来てね。大々的に取り上げてくれたのよ。あれのおかげで、支持者数が一日で十倍くらいになったわ」
一方、セリカは、稀代の竜使いとして闘技大会前から一定の人気があり、闘技大会後は、新たに加わった魔法少女属性で支持者の数は加速的に増えていた。
支持者が増えると、動画を見てもらえる人数も増え、投げ銭が貰える確率が高くなる。
それもあってか、あまり支持者が増えていないユータの装備は闘技大会でもらったままの和装。対して、セリカは先端に竜を模した杖と、気品漂う魔導師のローブである。ただし、
飛龍は、しびれを切らして襲いかかってきた。
「まあ、折角新しい力も手に入れたんだし、試し狩りね」
赤林檎の証二つ目のヒント、今は亡き空の支配者が生きる方法。
このヒントは、ジャイロが一つ目の証を手に入れた次の日に公開された。公開直後、何人ものプレイヤーが、この飛龍に挑んだが、挑んだプレイヤーは、ことごとく返り討ちにあっている。
「ヒントから考えるに、おそらく、戦いの記録を配信することで、この飛龍の強さが変化する」
【動画配信】
ユータは、自分の腕に付けた端末からインベントリを開き、動画配信を始める。
「まずは私から行くわ」
セリカは、支持者数が一万人を超えたボーナスで、好きな自分の才能を拡張できる。
セリカが指定したのは魔力量。魔法少女として闘う際、普段よりも魔力消費の効率が良くなるとはいうものの、元来、火力の高い技を放ち続ける戦法をとるセリカにとっては、魔力量の安定が最優先だった。
『
セリカは、魔導陣を展開し、人一人分の大きさの火炎を放つ。火炎は、陽炎を生み出しながら、こちらに向かってくる飛龍に命中する。勢いを殺され、身を炎で包まれた飛龍は、空中で悶絶した。
「効いてる! ユータ、今!」
ユータは、刀を水平に構え、気を練り上げる。
支持者の数がセリカに及ばなくとも、この世界に初めて来たときからすれば、技の質は格段に上がっている。これも、茶人との修練や、強敵との敗北から、己の個性を磨き続けてきた意地の賜物。
今までの無謀な攻めを見せたユータとは一味違う、目の前の飛龍に殺意をぶつける待ちの構え。
飛龍が火炎を振りほどき、怒りに任せこちらに突っ込んでくる。
『
剣戟が飛龍を貫く。一度放たれた剣閃は、拡散し、さらに幾度も飛龍の躰を切り刻んだ。飛龍は苦悶の表情を浮かべ、蒼白い光を漏れさせる。
「やったか?」
ユータは勝利を確信した。
しかし、飛龍は一際大きく嘶いた後、全身から、凶悪なまでの雷光を放つ。
さらに、飛龍の澄んだ蒼色の躰が、身体の節々が徐々に赤みがかっていく。
目は、殺意の金色に染まり、煌々と怪しく光っている。
そして、体が赤くなるにつれ、以前つけられたであろう歴戦の古傷が、浮かび上がる。
――
中でも、ひときわ目立つのが、眉間の傷。それは、地底湖でユータに付けられた、空の絶対王者唯一の汚点。
「強さが抑えられているとはいっても、この覇気」
セリカが吹き飛ばされまいと踏ん張る。
「また会ったな」
ユータが、落ち着いて、龍と対峙する。
「セリカ、僕がこいつを倒せたら、君に言いたいことがある」
ユータは傍らにいるセリカにそういうと、飛龍に向き直る。
「お前も、何人も喰って強くなったんだろう」
飛龍は、地底湖での記憶が蘇ったかのように、憎々しげに、ユータの眼を直視する。
「僕も、強くなったよ」
ユータは、刀を構える。
「さあ、今度はちゃんと喰いあおう」
セリカは、一人と一匹の気迫に押され、動けないでいた。男と男? の戦いに、お互いの執念に気圧されていた。
ユータは、息を吐き、静かに、そして深く精神を集中する。
「ジャイロに敗けたのは、躊躇いがあったからだ。次は、自分のすべてを出し切る。より、深い強さを」
ユータは、目を薄く開け、一字ずつ、確かに呟く。
『
ユータから、黒い力が迸る。
「ユータ、その姿は――」
その姿は異様だった。敗北を味わった者が求める、力への執念がそこにはあった。
かつて、右目に赤い光が灯る程度だった鬼の力は、今や、刀を握る、ユータの右腕をも浸食している。
禍々しい力の奔流が、辺りの空気を黒く染めていた。
「セリカには初めてだったかな。これが、僕が力を求めた末に編み出した技。全身から、力が溢れてくるよ」
「駄目。その力は、危険すぎる」
「往ってくるよ」
「ちょっと!」
ユータは飛龍に向かって大きく跳躍する
ユータが自分の方に向かってきたのを見届け、飛龍はユータを丸呑みにした。
「ユータが、食べられた――」
セリカが、衝撃のあまり目を背ける。
それから、しばらく経ったが、龍の鳴き声が聞こえなかった。
セリカは、おずおずと、目を開ける。
深蒼の憤怒竜が動かず、その場で滞留している。
と、次の瞬間。
顎、首、背、胴、尾――。
剣閃が部位ごとに、奔る。断絶。
それは、ユータが、龍の体内を駆け巡り、内側からその胴体を切り捨てているということ。
そうして、全長百メートルを超す蒼き竜は解体され、地に墜ちた。
「あったよ」
ユータが手にしていたのは、赤林檎の証。
ユータの体から、鬼の力が解消される。
ユータは、誇らしげに、セリカに笑いかける。
セリカは、ユータを強く、抱きしめた。セリカの肩が震えている。ユータは、セリカの小さな肩を包むように、抱きしめ返した。
「セリカ、付き合ってくれ」
「ユータ、私は――」
「こんにちは、ユータ君。お取込み中、ごめんね」
そんな中、二人の目の前に現れたのは黒い服装の男。殺意は感じない。だが、どことなく不穏な空気を纏わせている。ユータは、既視感にハッとした。
「改めて、私の名前はバク」
「お前はトワイライトで会った。何しに来た」
ユータは、セリカを後ろに隠す。
「ありがとう。覚えていてくれたんだね。でも、今日用があるのは君じゃなくて、セリカちゃんだよ」
そういうとバクは、セリカにつかつかと歩み寄った。そして、セリカの前に立ちふさがるユータの肩を、軽く押す。
「それじゃあセリカちゃん。僕の眼を見て」
「セリカ、見ちゃだめだ!」
「今の君は、本当の君ではないよね」
バクの眼が、怪しく光った。
「さあ、セリカちゃん、これから君の本当の姿を取り戻しに行くんだ」
「私の、本当の姿」
セリカの眼が、赤く光る。セリカは、バクが差し出した手を握った。
「上からの指示でね、君を貰っていくよ。いいね」
「させるかよ」
バクが、セリカを連れ去ろうとしているのを見て、ユータはすぐさま戦闘態勢に入る。
『刀鬼【修羅】』
ユータが、バクに斬りかかる。
「乱暴は、やめようね」
そういうと、バクは振りかざされたユータの刀を掴み、砕いた。
『
そしてユータの心臓に手を置き、沈める。
ユータは、動かなくなった。
ユータは地に臥し、懐から、赤林檎の証が転がり落ちる。
「これは――」
バクは厭な笑みを浮かべた後、証を拾い、懐に入れる。
そして、ユータを見下す。
「君はまだ壊さないでおくよ。面白い実験素体になりそうだし。また来るよ。それまで、せいぜい強くなりたまえ」
「それじゃあね、ユータ君」
セリカとバクは、バクが作り出した闇の中に、静かに消えていった。
十分位しただろうか。ようやく、ユータは体の自由を取り戻した。
体が動くことを確認していると、通信機から父の声がした。
「どうしたユータ」
「父さん。セリカが攫われた――」
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