【外伝】 ナルミの話 その④
正直、エストマルシェにはいい思い出がない。
現実での大恋愛に破れ傷心した私は、慰め程度に、このゲームを始めた。
懲りない私は、非現実の世界でも、人を求めた。
しかし、エストマルシェで出会ったその男は、自分で決めることができない男だった。
最初は、とある喫茶店で声をかけられたことがきっかけだった。初めて話したとき、あいつは、仲間とバンドをやっていると言った。そして、夢がこの世界で有名になって、自分たちの歌を聴いてもらうことだと、熱く語っていた。
私はそれを聞いた時、夢を追い求め、自分たちの胸の内を、音楽で表現する姿勢に好感を持った。
しかし、後々考えてみると、奴は、そんな決まった目標を持ってはいなかった。夢は、仲間からの借り物でしかなく、始めた動機も、ただ、仲間が始めるから。嫌われたくない一心で、奴はギターを始めた。カメレオンみたいなやつだった。
付き合ってみて、一カ月もすると、あいつの嫌なところが次第に見えてくるようになった。デートの時に意見を求めても、「何でもいい、ナルミの行きたいところに行こう」と、決して、自分で行きたいところを言わない奴だった。
その度、私は、どこか空中に漂う薄い絹に、寄りかかりたい身体をすかされるような感覚を味わった。
そんな日常が繰り返され、仲間に流され、ただ、ふらふらと浮いている、中身のない、あいつの話がつまらなくなった。
そして、私は、あいつと別れることにした。
しかし、そこですんなり終われば何てことはない。
奴は、自分がないくせに、プライドが非常に高い男だった。
奴は粘着質な男で、私が振っても、しつこく復縁を求めてきた。果ては、仲間を使って、私に対して何度も嫌がらせをした。内容としては、ここでは言いたくはない。
結局は、あいつの関係者すべてをブロックし、人も寄り付かないこの森に逃げてきたのだ。
今でも、あの街には、あいつが住んでいるのだろう。
そういうわけもあって、街へ行きあぐねていたところに、丁度、ミライの知り合いと名乗る男、ムロツヨが訪ねてきた。
「と、いうわけでナルミさん。私に、その魔法石を売っていただきたいのです」
机を挟んで真向い、柔和な顔の男が、熱心に交渉を持ちかけてくる。
「私としては、構わない。ただ、どうしてわざわざこんなところに来たんです?」
「俺が、エストマルシェで個人商店を出したとき、丁度、ミライさんが私のところに来ましてね。わざわざ辺鄙な森の中に――。いえ、開拓しがいのあるこの森に引っ越してきた人がいると聞いたもので」
要は、物珍しさということなのか。
「この森は、魔女が住む森として、周りからは恐れられている。だから、こんなところに開拓に来る人なんていません。俺は、踏み荒らされていないこの場所に、立ち入っていくあなたに、可能性を感じました」
「はあ」
「ぶしつけで申し訳ないのですが」
食い気味に、ムロツヨは、前置きをする。
「俺の得意分野は商売です。対して、ナルミさんの得意分野は開拓とみました。私と、手を組んでいただけませんか」
「なぜそこまで私を買うのか? 大体、君を動かすものは何だ」
「俺の夢は、大きな店を持つことです。ミライさんから、ナルミさんが、コミュニティを作るのに秀でていると聞き、確信しました。あなたの周りは、人が集まる。そして、人の集まるところには、モノと技術が生まれ、必ずお金が必要になる。私は、あなたのコミュニティ作りのお手伝いをしに来たのです」
ムロツヨの目は真剣だ。ムロツヨは、机から身を乗り出す。
「俺と、街を作りませんか」
ムロツヨが落ち着いて、しかし、しっかりとした言葉を紡ぐ。私に注がれる視線がまぶしい。
私は、少しの間、黙り、思案に耽った。
「それは、あなたの夢なの?」
これだけは聞いておきたい。ただ、私に合わせて言っているのでは、途中で投げ出すのがおちだ。まずは、自分の言葉で言えるのかどうか。
「俺の夢です」
しかし、ムロツヨは夢だと言い切った。
多少の不安もあるが、これなら、信じてもよさそうだと思った。久しぶりに気骨のある男がいたものだ。何なら抱かれてもいい。顔は全くタイプではないが。
確かに、村を作るにしても、お金に強い人を雇っておくのは、必要だと思った。
「一ついいかな」
「なんでしょう」
「街で個人商店を出したんだよね。そっちの方は大丈夫なの?」
「店は、俺の弟子と二人でやっています。店は、弟子に任せれば大丈夫です。なんなら、こちらに住んでもいいです」
ムロツヨの方は、問題なしということか。
「君と、手を組んでもいい。ただし、条件がある」
「まずは、君の力を知りたい。このあたり一帯は、私が買い取った。魔女とのコネクションもある。だから、ここで商売をしたければ、私のいうことを聞くこと。いいね?」
ムロツヨは頷いた。
「この辺りは、魔力を含んだアイテムが豊富に取れる。それらを加工できる人、後、村を整備できる人がほしい」
「分かりました。街に売りに行くついでに、人材の確保もしてきます」
「頑張ってくれ」
私たちは、固い握手を交わした。
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