第19話 中二病のセンスは独特
父さんのお騒がせな事件からしばらく経ったある日の放課後。僕は、一人、日直の仕事をしていた。
日直の仕事としては、黒板をきれいに消し、黒板消しをクリーナーにかけてきれいにする。
黒板に、明日の日にちを書く。
イスと机をきれいに並べ、戸締りをする。
学級日誌――は、授業中に書いたので、これを先生に渡しに行けばいい。ちなみに所感の欄は、先生への嫌がらせで、いつも文字で黒く埋める。それに対し、先生は、いつも丁寧な返事を書いてくれる。僕みたいな悪童にも、大人の対応をしてくれるあたり、律儀な先生だなと思う。
やることは済んだので、僕の机に置いたカバンを担ぐ。
教室を出ようとした時、後ろで、パサッと、何かが落ちた音がした。
「これは……」
振り返って、誰かの落とし物を拾う。
「黒い、ノート」
僕は、恐る恐る、ノートのページをめくる。
一面、二面は、ノートの主が考えたであろう服装や、魔法の名前、どこかの国の言葉を写したもの。
三面は白紙――だが、何か鉛筆で書こうとして消した跡がある。
四面。そこには、このノートの持ち主の世界が書かれていた。
「父、ヴラド・ツェペシュの元に、吸血鬼として生まれる。幼いころに、城主であった父が吸血鬼狩りに殺され、命からがら城を逃げる。その後、魔法使いに扮した堕天使の弟子になり、炎の魔法を授かる。吸血鬼としての生き方をしばらく忘れていたため、能力は落ちているが、世界の終焉が近づくと、覚醒し、本来の能力を取り戻す。人間を吸血することによって、魔力を回復し、吸血した人間を少しの間眷属にできる。また、己の天命に目覚めることにより、血の魔法を発現できる」
説明書きの横には、得意げな顔をした女の子が、黒翼の生えた漆黒の衣装に身を包み、カッコいいポーズを決めている絵が描かれていた。そして、絵の横には、
「真名――」
女の子らしい丸みを帯びた文字での但し書き。
「セリカ・ナーヴァナル」
そのなじみ深い名に、ハッとした。
「まさか」
ノートを閉じ、裏返す。ノートの裏には、マジックで書かれたノートの主の名。
「
僕が、驚愕の事実に驚いていた時、いきなり入口の扉が開いた。山田君と佐藤君だ。
「おっ、立川殿、居ましたな」
僕は、急いで、ノートをカバンに隠した。
「山田君、佐藤君、どうしたの?」
「聞いたぞ!君も厨時代を始めたそうじゃないか!」
山田君はいつも通りのハイテンションだ。
「感激ですな。我々は、立川殿を歓迎いたしますぞ!」
何故か二人は感動の涙を流し、僕に握手を求めてくる。
「大袈裟じゃない?」
「いや、全然大袈裟じゃない!」
「実は、我々は、厨時代仲間を増やそうとしているんだ!」
「何でわざわざそんなことを」
「厨時代が好きだからだよ!」
「後、一緒に遊ぶ人が増えたら楽しいからですかな」
二人は僕に、厨時代への熱い思いを語った。僕は、話が長引きそうだと思ったので、帰り道で話し合うことにした。
職員室に行き、先生に学級日誌を渡す。外では、二人が待ってくれていた。
帰り道。二人に、僕がよく買い食いする肉屋を案内する。谷川精肉店。八十円で、その場で揚げてくれる、ここのメンチカツは、食べ歩きにいい。サクサクとした衣と、ジューシーなひき肉が、中学生の小腹を満たす。
僕のお気に入りのメンチカツに、二人は舌鼓を打ちながら、佐藤君が口を開いた。
「いやー、それにしても意外でしたな」
「意外って、何が?」
「いや、立川殿はあまりゲームに興味がなさそうで、孤高の人といった雰囲気があったからですな」
意外にも、周りからの評価が聞けた。
「いや、きっかけは父さんに勧められたからだよ。あの、教室にテロリストが入ってきた後に」
「そういえば、あの避難訓練の後、立川殿は保健室に連れていかれたんでしたな」
「避難訓練?」
避難訓練とは初耳だ。父さんは、あれを、避難訓練だと画策していたのか。
「ええ、立川殿が連れていかれた後、先生が来て、あれは、不審者が来た際の避難訓練という説明がありましてな。立川殿は、麻酔銃を撃たれて眠ってしまわれたので、覚えていないでしょうが。何でも、あれは誤射だと。しかし、不審者にも怯まず、身を挺してまで朋友を守る姿勢、かっこよかったですぞ!」
「クラスのみんなも、お前のこと、一目置いてるよ!やるな!立川氏」
二人は、手放しで僕を称賛した。照れる。
「立川殿のプレイヤー名は何ですかな?」
「ユータでやってるよ」
「まさか、闘技大会で優勝した、あの!」
二人は、目を輝かせる。
「ワタクシ佐藤はロキ。山田殿は、コングという名でやっていますな」
二人と楽しくおしゃべりしていると、気が付いた時には、丁度、僕の家に着いていた。
「僕の家、ここなんだ」
「そうですか! それでは、このあたりで!」
二人は名残惜しそうにしている。
「またお話ししたいですな。そうだ、もしよろしければ、ユータ殿とお呼びしてもよろしいですかな?」
「いいよ。それじゃあ僕は、ロキと、コングって呼ぶ」
二人の顔が明るくなった。
「また今度、厨時代談義でもしよう! ユータ!」
「またね」
僕は、二人と別れ、家の扉を開けた。
久しぶりに、誰かと帰った。孤独は癒えたはずなのに、楽しくはなかった。
◇
「スターダストブレイザー。うーん、スターダストって感じじゃあ無いしなぁ。ブレイザーはいいんだけど。シューティングスター。どっかで聞いたことあるな、これ。しかもありきたりだし……。つまらん。アンドロメダストーリー、アンドロメダストーリー……。アンドロメダストーリー!? 神が降りてきた――」
僕が父さんの書斎に入ると、父さんは何やらぶつぶつ独り言を言っていた。
「おっ、悠太、お帰り」
「ただいま。あれ、珍しい。父さん、帰っていたんだ。……何をやっていたの?」
「いや、新しい技名を考えていたんだ。悠太はどう思う?『アンドロメダストーリー』」
「うーん」
それは技名なのかと突っ込みたかったが、野暮だと思ったので言わないことにした。
父さんの期待の眼差しから目をそらすと、机に飾ってある写真が目に留まった。
「そういえば聞きたかったんだけど、その写真に写っている人、父さんと母さんは分かるんだけど、残りの二人は誰なの?」
父さんは、僕が話題を変えたことに、若干ムッとし、僕の質問に応える。
「ああ、大学の友達だよ。すごく、大事な、ね。父さんは、大学で母さんと会って結婚したんだけど、それまでは、よく四人で遊んでいたんだよ。こいつは今でも仲よくしてるけど、こっちの方は、将来のために、一人頑張っていたよ。だから、途中でまったく会わなくなった。今頃、何してるんだろうな」
父さんは、遠い目をした。
「そうそう、悠太に話があるんだった。赤林檎のことだけど」
父さんが手元のコーヒーをかき混ぜる。あたりには香ばしい香りが広がった。
「さっき、二つ目のヒントが呟かれていた」
父さん曰く、二つ目のミッションは、山岳地帯に現れた龍を倒せとのことらしい。これはまた骨が折れそうだ。
「今回のミッションでは、動画配信システムを使ってくれ。使い方は、分かるな?」
「うん」
動画配信システム。厨時代内のプレイヤーは、自分の活動を外部に配信し、他人に自分の人生を追体験してもらえる。動画は、プレイヤーの好きなタイミングで撮ることができ、視聴者に追体験してもらう際には、一人称視点と三人称視点での体験が可能。魅せ方は、プレイヤーの腕次第である。
「今回は、一人では危険だ。誰か誘っていくといい。赤林檎の呟きがあって早々、挑んだ奴らが数人、返り討ちに遭った」
「分かった。じゃあ、行ってくる」
僕は、リクライニングチェアに備え付けられているゴーグルを頭に着けた。これは、プレイヤーの脳波を読み取り、ゲーム内での動作や、技の発動、果ては想像の現実化など、厨時代特有のシステムに密接にかかわってくる機能がついている。さらに、味覚、聴覚、触覚、視覚、嗅覚までも完全に再現され、ゲーム内で食べる料理を、立体的に楽しめる。ただし、あまりにリアルすぎると、ゲームから戻らない人が出るため、ゲーム上では、空腹感は満たされない。
「行ってらっしゃい」
僕は次第に深くなるゲームへの没入感の中、父さんの声を聴いた。
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