第18話 報復と惜敗


 歓楽と無法の街、薄暗がりの摩天楼トワイライト

 夜王が支配するこの街は、夜が明けることはないことから、別名、常夜街とも呼ばれている。


 この街は、カジノなどの賭博施設や、風俗店が多数存在し、人々の欲望とともに、一日に多くの金が動くため、喧嘩や争いが絶えない。そのため、この街独自で、治安部隊が組織されている。


 赤林檎の証、一つ目のヒント。月に最も近い夜に踊れ。

 この街の中央に位置する摩天楼の中で一番高いビル、セントラルアビス屋上。

 欲望と危険が渦巻く街を全て見下ろせる場所。そこに、ジャイロはいた。


「誰も、いないな。夜、最も月に近いと言えば、年中夜のトワイライト、そして、トワイライトで最も高いこの場所。踊れっていうのはなんだ? 月に仕掛けが?」

 ジャイロが月を見上げる。月は、怪しく光りながら、ジャイロを照らす。


 月明かりに照らされたジャイロの影が、空中に浮き出し、もう一人のを形作った。

「なるほど、月の光で出来る影が実体化、それを狩れということね」


 影は、懐から双剣を取り出すと、いきなり、ジャイロに斬りかかった。ジャイロは、影の動きに即座に反応し、腰に付けておいた二振りの短剣で応戦する。

 数度の打ち合い。先に、しびれを切らしたのは影の方で、双剣から炎と水の魔法を放つ。ジャイロの方も、影と同じ技で応対する。


 お互いが、お互いの技を受け止め、打ち消しあう剣戟と魔法、そのどれもがジャイロが知っている技だった。

「なるほど、もしかして俺が今までに使った技を使えるっていう感じか」

 闇が嗤うように蠢く。


「だったら、今までと同じことをしていても、埒が明かないな。勝負がつかない」

 ジャイロは、双剣を腰の鞘にしまう。

 闇は、ジャイロが武器をしまったことを、諦めたものと見て、最後の攻勢にかかる。


「俺と同じといっても、所詮は影。だったら、この技はどうだ」

 影が、ジャイロに飛び掛かる。鋭い剣の切っ先が、ジャイロを襲う。

 しかし、その危機に反して、ジャイロは落ち着いていた。


「影なんだったら物まねは得意だろう。でも、俺だって、成長するんだよ。ただの物まね野郎が、本物を超えて成長出来るか?」

 ジャイロはポッケに手を突っ込む。ジャイロは、服のいたるところに、短剣を隠していた。ジャイロが、ポッケに仕込んだ短剣に触れると、白い魔力が放たれる。

 魔力は、光に変わり、ジャイロから放たれた光が、辺り一帯を包む。


極光乱舞オーロラストーム


 ジャイロに近づきすぎていた影は、ジャイロの攻撃に気づいても避けられない。苦悶の表情の中、影は、極彩色の光にかき消えた。


 影が消えた後、影が何かを遺していた。

 落ちていたのは、赤林檎の証だった。


 証を拾い、顔をあげると、誰かが屋上へ上がってきていた。

 それは、先日の闘技大会で、ジャイロが敗北を喫した強敵。


「その顔は、久しぶりだな。ユータ」

「先客がいたか」

 耳元の通信機からは、父の声がする。


「ジャイロ。ハイドはどうした」

「あの試合の後、一度二人で別れたんだ。お互い、個人の力を高めあおうってね」


 ユータがジャイロの手元に目を落とす。

「ジャイロが先に証を手に入れたのか」

「ジャイロか。まあ、ハイドがいない分、コンビネーションを使えないからな、今のユータにとっては造作もないだろう。さっさととっちめてしまえ」


「おいおい、舐めるなよ。俺もあの後、必死で修業したんだぜ。お前に敗けた屈辱、今ここで晴らさせてもらおうか」

 ジャイロが、腕を胸の前で交差させ、解き放つ。ジャイロの服からは、十四本の短剣が飛び出した。


双翼の七彩剣カノーネ・アルコバレノ


 ジャイロは、服の中から飛び出した短剣を己の超能力で浮かせ、それを規則的に並べる。一対七本。計十四本の短剣は、翼のように整列する。

 さらに、ジャイロの体は空中に浮き、まるで、翼の羽ばたきで空に浮いているようだった。


 翼の短剣は、それぞれが怪しい光を放ち、それは、例えるならば、七色の虹である。

「証はここにある。欲しければ、俺を倒すんだな」

 ジャイロが手にした証は、欠けたメダルのようなものだった。ジャイロは、懐にそれをしまう。


「絶氷、劫火、昇風、流水、大地、紫電、極光。それぞれの短剣に付いた名だ」

 ジャイロは、己のすべてをさらけ出しても勝てると言わんばかりに、意気揚々と、自分の短剣の名を言い切った。


「最初から、ネタばらしするなんて、君こそ舐めているんじゃないだろうな。ようするに、氷、炎、風、水、地、雷、光属性の魔法を使うんだろう。だったら、こっちも最初から本気で行かせてもらうよ」


「ユータ、落ち着け。相手は相当な準備をしてきている。相手のペースに乗るのは危険だ」

「大丈夫だよ、父さん。僕だって強くなったんだ」

 ユータは、父の忠告を無視し、ジャイロの挑発に乗る。


「修行で身に着けた力。今こそ解き放つ。僕の、魂の底に眠る鬼を。我を貫けるだけの力を――」

 ユータは、目を閉じ、右目を右手で覆う。


「昔々、あるところに、独りの鬼がおりました」

 ユータの体からは、黒色の気が漂う。


「鬼を斃しに、何人もの勇敢な男がやってきましたが、鬼の居るところから還れるものは誰一人としておりませんでした」

 黒色の気は、ユータの体を包み、全身にまとわりつく。


「何故なら、鬼は、誰よりも強かったのです」

 ユータにまとわりついた気が、赤黒く変色し、一段と大きくなる。


「鬼は、斃した強き者の魂を喰らい、さらに強くなりました」

 赤黒い気が、ユータの右目に収束し、辺り一帯から一切の音が消える。


「その鬼は、地獄のような強さから、修羅と呼ばれました」

 ユータは、右目を抑えた手を外す。


刀鬼・修羅とうき・しゅら


 ユータの右目からは、赤黒い光が漏れ、どこまでも深く、静かな殺気を湛えている。ユータが放つ、凄味が、ジャイロの全身と精神を捕えていた。


「赤い目の鬼。そうか、それが君の見つけた力か」

 ジャイロは、右目の赤い光を認め、身震いした。しかし、すぐに、己の中にくすぶる恐怖を打ち払い、薄笑いを浮かべる。


 ジャイロが手を広げ、挑発する。

「さあ、来いよ、化け物」


 たとえ、相手がどれほどの力を得ようとも、今まで積み重ねてきたものをぶつけるだけだ。ハイドから教えてもらった、綿密な準備が、今のジャイロを支えていた。


「阿ッ!」

 ユータは地を蹴り、烈風とともに、ジャイロに斬りかかる。ユータが蹴ったコンクリートの地面は、衝撃で、粉々に砕けている。


 ジャイロは、ユータの刀を、翼を模した短剣で受け流す。

 翼は、空中に浮いたジャイロと連動し、攻撃を受けるとジャイロの体ごと後ろにノックバックする仕組みだ。そのため、ジャイロとユータの間合いが徐々に離れ、ユータが決定的な一撃を打ち込めないようになっていた。


 ジャイロの技の仕組みを理解したユータは、ジャイロに攻撃を受け流されるたび、一歩踏み込み、さらなる連撃を打ち込む。踏み込まれたコンクリートの地面は、柔らかい土のように破砕し、ユータの足を象る。

「うお、凄い気迫」

 休みなく続く連撃に、ジャイロは冷や汗をかく。


 気づくと、ジャイロの体は、既に屋上の隅に押し込まれていた。後ろは絶壁。もう、後がない。

「やるね。だけど――」

 後が無くなったジャイロは、重心を後ろに向ける。


 ジャイロは、セントラルアビスから飛び降り、隣のビルの屋上へと滑空した。

「逃げる気か――」


 証を持っているジャイロには、戦う。と、逃げる。二つの選択肢がある。ユータは、隣のビルとの距離を確認し、数歩下がる。

「暁さんに強化してもらった機動力。その上、修羅と化している今なら、跳べる!」


 ユータも助走をつけ、勢いよく飛び降りる。

 飛び降りた先に待っていたのは、背面で飛びながら、ユータを攻撃しようと、狙いをつけるジャイロの姿だった。


「逃げるかよ。堕ちろ!」

 ジャイロは、空中のユータに向かって、短剣から魔法を放つ。


七彩光照射プリズム・レイ


 翼となっている十四本の短剣の剣先がユータを向き、そこから魔法が射出される。

 ジャイロが放った魔法は、それぞれ光線となり、ユータの体を捉える。


「ま・じ・かっ!」

 ユータは空中で、正中に刀を構える。光線は、ユータの腕や足に掠り、掠った箇所からは、どくどくと血が流れた。


 しかし、ユータにいくら攻撃を浴びせても、ユータをひるませるには至らなかった。

「押し通る!」

 ユータがジャイロの飛び降りたビルに着地する。


「化け物かよ」

 ユータの着地を確認し、ジャイロは戦況を見直す。地上で戦っても、ジリ貧になるのは明白。で、あれば、地の利のある空中で戦うのが適切だろうと判断した。


 ジャイロは、地面を蹴り、空中へ飛びあがる。

「やっぱ逃げるわ」


 ジャイロが空中へ逃げたのを見て、ユータはすかさず次の行動に入る。

「逃がさない」


 ジャイロは、攻撃を一方的に当てられる位置まで飛び、ひとまず安堵する。

「流石にここまでは追って来れないだろう」


 安心したのもつかの間、ジャイロの目に映ったのは、信じられない光景だった。

 ユータは、隣のビルの壁を足で捉え、足の筋力のみで、外壁を駆け上がってきている。ジャイロを仕留めるという一念が可能にした理不尽な暴力は、加速しながら、ジャイロを追いかける。


 あまりの不可思議さにジャイロが呆然と見ていると、ユータが、ついに、上空にいるジャイロの真上に出た。


「化け物じゃねえか」

 ジャイロは声を震わせ、目を見開き、冷や汗をかく。

 ユータは、ジャイロに刀を叩き付ける。ジャイロは避けられず、そのまま下へと真っ逆さまに堕ちる。


 ジャイロは、間一髪、地面に激突する直前に自分の体を浮かし、直撃は免れた。

 ユータが降りてくる。

 ジャイロは、覚悟を決め、地上でユータと打ち合う準備をした。


 そのまま、短剣と刀の斬りあいになる。ジャイロは十四本の短剣を目まぐるしく使い、必死にユータの猛攻を防ぐ。しかし、一本、また一本と、ユータの斬撃により念動力の届かないところに吹き飛ばされる。

 ジャイロは、退路を確認し、その場から離脱するため、浮遊しようとした。しかし、その隙をユータは見逃さない。


 ユータはジャイロの土手腹に蹴りを入れる。ジャイロは抵抗できず、真横に吹っ飛び、背中から思いきり、隣のビルのガラスへ突っ込んだ。

 甲高い破裂音とともに、破砕したガラスがキラキラと鳴る。


 ジャイロを守る翼は、先ほどのせめぎあいで吹き飛んでいる。ユータは、とどめを刺そうと、刀を上段で構える。

 ジャイロが翼に使用していた短剣は、十四本。もう無いはず。

「僕の勝ちだ」


 ユータが勝ちを確信した瞬間、ジャイロの表情が、厭に冷静なことに気づいた。

「いや」


 ジャイロは、あっけらかんと、ユータの首を指さす。

「俺の勝ちだ」


 アイランドダガーと、サンセットソード。ジャイロが闘技場で使っていた二振りが、ユータの喉元を捉えていた。


「十四、プラス二本。それが俺のすべてだ。この二本は型落ち品だけどね。俺は物持ちがいいんだ。君に敗けた戒めにもなるしね。まあ、こうやって、お守りにもなるけど」


 ジャイロの気迫が、その場を制圧する。

「詰みだよ」

 ユータは、刀を落とした。


 ジャイロは、ゆっくりと立ち上がり、そのまま、自力で飛んで、宵闇の中に逃げていく。

 ユータは、その場で立ち尽くしていた。


 耳元で、戦いの行方を、静かに見守っていた父の声がする。

「負けたか。だが、最後は証を奪い合うことになる。落ち込むことはないぞ」

 父の声が聞こえ、ユータは我に返る。

「分かったよ」

 ユータは、負けたことに対し、やけにあっさりと受け入れた。


「ところで、壊しちゃったけど、怒られないよね」

 ユータが周りを見ると、今まで戦っていた場所には、ガラスの破片や、コンクリートが破砕した跡が夥しく残っていた。

「まあ、すぐ直せるから大丈夫だろう。それより、早めに帰ってきた方がいい。その街は、長居をすると危険――」


 父が言い終わるや否や、トッ――と、いう微かな音とともに、八人の男が、ユータを取り囲むように出現した。

「父さん、黒い恰好をした人たちが周りにいるんだけど」

「あらかじめ、転移魔法をかけた魔法石を渡しておいただろ。それを使って逃げろ」

「でも、弱そうだよ。これなら僕でも」

「いいから逃げろ」

 耳元で、父は落ち着いた、低い声を出す。


「そいつらは、この街の治安維持部隊。要するに、暗部だ。おそらく、俺らが騒いだから出てきたんだろう。この街は独自法治なんだ。つまり、この街独自のルールで動いている。こいつらに刃向かえば、どうなるか分からない」


 八人は、影のように、ゆらゆらと揺れている。ユータは、この人たちに、殺す意思がないような気がしていた。

 そして、暗部という割には、不思議と怖さを感じなかった。

 しかし、父の言うことを聞き入れ、大人しく帰ることにした。


「分かった」

 ユータを光が包み込んだ。

 八人は、ユータが街を去る際、既に姿を消していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る