第31話 天下無双の男

 ついに、エストマルシェを守る戦いが始まった。

 リヒトマンの号令により、エストマルシェに集まった冒険者たちは、ユータをかたるバクの放った五体の巨神に向かって走り出した。


 この防衛戦に参加する冒険者たちは、出自も経歴も様々だが、彼らの願いはただ一つ。エストマルシェを守ること。

 エストマルシェ正門から飛び出したユータたちが、巨神たちの一番奥にいる五番目の巨神に辿り着くまでに、まだ十分はかかりそうだった。


 ユータたちは横目で他の隊を確認すると、すでにリヒトマン率いる一番隊が、最も街に接近していた一番目の巨神と戦闘していた。

 一番隊は、このエストマルシェ防衛戦においては、最精鋭のチームである。エストマルシェを仕切るリヒトマンを中心に、一対一ならば五本の指に入る強さを持つ、この世界きってのイケメン戦士リュフィル、無骨にしてベテランの風格漂う、腕力ナンバーワン、ハンマー使いのムロフシもいる。

 一番隊の人数は二十人と、他の隊に比べて半分程度だが、それでもなお、世界に名だたる冒険家たちが集まっている隊ということもあり、人数の差を補って余りあるだけの強さを持っていた。


 リヒトマンたちが対峙したのは、武闘家の姿をした巨神だった。金剛力士こんごうりきし――ヴァジュラダラのように筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした体躯たいくに、上裸で衣をまとい、口をの形に開け、鋭い眼光でこちらをにらみつけてくる。ということは、この像は阿形像あぎょうぞうということだ。

 この金剛力の巨神は、リヒトマンたちを見つけると、自分の行先を邪魔するやからを排除しようと、襲い掛かってきた。


 金剛力の巨神は、一番隊を潰そうと、地面を掌で叩いた。一番隊のメンバーは、その攻撃を苦も無く避けたが、巨神が叩いた地面は、強烈な力で変形し、噴煙ふんえんを巻き上げながら辺り一帯の岩盤をめくり上がらせた。その結果、一番隊のメンバーのうち、跳び方が浅かった者は飛んできた大きな岩に接触した。幸い、大きな怪我をした者はいなかったが、一番隊全員は冷や汗をかいた。


「油断するな。巨神の力は並大抵のものじゃない」


 リヒトマンがメンバーに向かってかつを入れる。

 さらに巨神は一番隊に追撃を加えようと、空中高くに飛び上がり、両足で踏みつけてきた。


 一番隊は各自散開し、巨神の攻撃を避けた後、それぞれがめいめい攻撃に入る。

 ハンマー使いのムロフシは、鍛え上げられた強靭きょうじんな上半身が生み出す膂力りょりょくを用い、愛用のモーニングスターを体を回転させて勢いをつけながら、巨神の顔に向かって投擲とうてきした。

 モーニングスターは風切かざきり音を発しながら斜め四十五度に跳び、巨神の顔に命中。巨神は、バランスを崩し、尻もちをついた。


 一番隊のメンバーたちは、尻もちをついた巨神の身体をよじ登り、各自攻撃を加える。

 巨神は、一番隊のメンバーを振り払いながら、何とか立とうとするが、関節を攻撃され、中々立ち上がることはできない。

 その隙をつき、リュフィルは巨神の身体を駆け上がり、巨神の顔まで行くと、剣を振り抜き、巨神の左目に深く剣を突き立てた。


 立ち上がりかけていた巨神は眼を白黒させ、声にもならないうめき声を上げ、轟音ごうおんと共に沈んだ。

 リヒトマンは、巨神が動かなくなったことを確認すると、すぐさま一番隊のメンバーに二番目の巨神の元へと行くように指示。リヒトマンはその場に残り、巨神を地面に固定しようと、ワイヤーロープと魔法石で出来たくさびを手に、巨神に向き直った。


   ◇


 その光景を横目で見ていたのは、二番隊の隊長を任されたヴァイクだった。


「巨神が立ってる――」


 ヴァイクは一番隊が一度倒したはずの巨神が、何事もなかったかのように立ち上がっているのを見た。

 一番隊のメンバーたちはリヒトマンの指示通り、二番隊の援護えんごのため、こちらへ走ってきている。

 つまり、今現在、金剛力の巨神と戦っているのは、リヒトマンただ一人だった。


 金剛力の巨人は、開けていた口をうんの字で結び、全身を真っ赤に染めた。巨神の身体からは、ジュウジュウと高温の湯気が立ち上っている。

 金剛力の巨神は、リヒトマンに向かって音速で拳を振り抜く。リヒトマンは巨神の拳を受けると、空中高くへと吹き飛ばされた。

 さらに金剛力の巨神は、空中へと浮き上がったリヒトマン目掛けてとどめの拳を振るう。万事休す。リヒトマンに直径が人一人分はある怒りの鉄槌てっついうなりりをあげて襲う――。


 しかし、そんな様子を見ても、ヴァイクは平然と、二番隊の統率とうそつに集中していた。

 今日のリヒトマンは、ユータやジャイロを相手した時とは違い、武器を持っていない。


 空中にいるリヒトマンに音速の拳が振るわれる。次の瞬間、金剛力の巨神の顔に巨神自身が放った拳がクリーンヒットし、巨神は何が起こったのか分からぬまま、身体を大きくよろけさせた。

 リヒトマンは、空中で一回転をして地面へと着地し、金剛力の巨神に向かって構える。


 金剛力の巨神はリヒトマンを睨みつけると、大きな足で踏みつける。しかしリヒトマンも、金剛力の巨神の足を上手にいなし、巨神をすっ転ばせた。


 金剛力の巨神が起き上がり、リヒトマンに向き直ると、リヒトマンは拳を見せて挑発し、殴り合おうぜと言った。

 金剛力の巨人はその挑発に乗り、リヒトマンに向かって全力のパンチを放った。

 リヒトマンらしい行動に、ヴァイクは回想していた。


 ――武器も技も持たず、さらにはけんかと祭りが好きで、人付き合いが嫌いなリヒトマンが、エストマルシェの管理を任されたのには理由がある。


 金剛力の巨神の拳がリヒトマンの身体を捉える瞬間、リヒトマンも巨神の拳に向かってパンチを繰り出した。

 リヒトマンの拳が巨神の拳にぶつかる瞬間、リヒトマンは体の気を巨神に注入する。


 リヒトマンから気を注入された金剛力の巨神は動きを止める。

 リヒトマンは巨神が動きを止めたのを確認し、その場を後にする。巨神は、リヒトマンに何かを言おうと、低いうなり声をあげると、巨神の拳に一筋のひびが入った。ひびは、瞬く間に広がり、腕、肩、胴、頭と細かな筋が入る。巨神は最後の力を振り絞り、リヒトマンを捕まえようと足掻くが、その手が何かを掴むことはなかった。ひびが巨神の頭まで達した時、巨神は断末魔の叫び声を上げた。リヒトマンが巨神を背に、右の拳を天に突き上げる。それを合図に、巨神はついに粉々に砕け散った。


 ――そう、リヒトマンは数多の敵を実力だけでねじ伏せてきたのだった。


 リヒトマンが何事もなくこちらに向かってくるのを見て、ヴァイクは少し笑った。

 次は自分の番だ。

 ヴァイクの目の前には、オズの魔法使いをモチーフにした巨神が、巨大な魔法陣から、おびただしい量の魔法を放っていた。

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