【外伝】 リヒトマンの話

 この世界の中心に存在する街、エストマルシェ。

 東京の渋谷区程度の面積に、多いときで人口二十万人が住んでいる、この世界では最もにぎやかな都市の一つである。

 今日は闘技大会がある。リヒトマンは、選手たちを送り出した後、倉庫、もとい彼の作業場に帰っていた。


「リヒトマン、またここで作業していたのか。お前が選んだ選手が出ている闘技大会、見にいかないのか?」


 ヴァイクが門番の休憩時間で戻ってきた。


「ヴァイク、俺は祭りの準備が一番なんだよ。それに、闘技大会の選手を選んだのは、あのおっさんに頼まれたからで、別に好きでやっていたわけじゃない」


 リヒトマンはヴァイクには一瞥もくれず、黙々と作業を続ける。


「祭りと喧嘩が好きなのは分かるけどな。お前、そんな調子だから変人って言われるんだ。少しは周りとの協調性がないと、いずれ独りになるぞ」


 リヒトマンの職人気質ともいえる、いつも通りのそっけない対応に、ヴァイクは困った顔をする。


「周りと合わせていても、やりたいことがやれないんじゃ意味がないだろ? それに、俺の人生は一つだ。俺は、俺がやるべきことをやるだけさ」


 リヒトマンは、ヴァイクの忠告に、眉一つ動かさない。


「まったく、お前が頑固なのは知っているさ。まあ、根詰めず、休みながらやれよ」


 長い付き合いで、もはや慣れてしまったやり取りに、ヴァイクは精一杯の気遣いをする。


「ありがとうヴァイク。ところで、俺のとこに来たのは、何か用があったんじゃないのか?」


 ヴァイクがリヒトマンの作業中に声をかけるのは珍しい。というのも、ヴァイクもリヒトマンを尊重し、ちゃんと時間を見計らって話しかける。ヴァイクがリヒトマンの作業中に無駄な話を持ってこないからこそ出た問いかけだった。


「ああ、そうだった。さっき、街の入り口に立っていたら、竹平たけひらっていうジャーナリストに声をかけられてな。期待のルーキーを取材して、世の中に広めるんだと。リヒトマン的に面白い奴いるの?」


 リヒトマンは、少し作業の手を止め、考える。


「そうだな、一人、選ぶとすれば、ドラゴン使いのセリカか」


 セリカ。闘技大会では、ユータとチームを組んでいる。ドラゴンを使役し、自身の魔力を媒介に吐き出される竜の息は、凄まじい威力を誇る。それは、ある程度経験を積んだ冒険者と比べても、優位をとれるほどである。また、恵まれたビジュアルから、男女問わず人気も高い。


「ああ、ルーキーにしては桁違いの火力を誇る期待のホープか。噂では、一対一では、負け知らずなんだってな。だが、いったいどうやってそんなやつを連れてきたんだ?」


 初心者とはいえ、実績を重ね人気もあるような人物が、わざわざ格下の相手と戦うのはあまり利のないことである。何せ、周りから弱い者いじめととられる可能性もあり、折角積み上げてきた実績が悪名で汚れてしまうことも多々あるからだ。


「実は、俺は彼女に関与していない。彼女はおっさんが連れてきたんだ」


 おっさんは、この世界でも実力者として知られている。またの名を剣聖。


「ああ、通りで」


 おっさんの影響力は、ヴァイクも知るところだった。


 おっさんは多少強引なところがあるものの、人の心理と、世間の状況を読む力に長けている。それを生かしてか、彼は熱量のある者に活躍の場を与え、整えることに力を注いでいた。

 ちなみに、話好きなヴァイクを門番にしたのも、リヒトマンの作業場を適度にな場所に作ったのも、彼によるものだ。


「噂によれば、彼女に出てもらう為に、優勝賞品の一部が彼女の意見を反映したものになっているらしい」


「そいつは上も思いきったな。まあ、集客力で言えば、そのくらいしても釣りがくるくらいだから当然か。で、今回の目玉はセリカだけなのか?」


 ヴァイクの問いに、リヒトマンは、首を振る。


「いや、二人、選ぶとすれば、間違いなくあいつらだな」


 リヒトマンが選んだルーキーの中には、セリカほどの知名度はないものの、実力者と言える者たちがいた。


「ジャイロとハイド。個人の想像力ちからを重視するこの世界で、連携した戦い方をする珍しい奴らだ。その連携にしたって、ルーキーとは思えないほど練りこまれている」


 ――しかも、今回の大会はタッグ戦だ。ジャイロたちにはこの上なく有利な環境といえた。


「実は、俺、あいつらを見たことがあるんだ」


 ヴァイクが、話を続ける。


「一週間前、正門で仕事していた時かな。街でも有数のごろつき数十人が暴れてたんだ。赤蠍あかさそりのやつらさ、知ってるだろ? で、俺が止めようと向かったんだがな、ジャイロらが赤蠍を倒した後だった」


「まあ、別にそれくらいはするだろうさ。あいつらなら」


 リヒトマンは息を吐き、続ける。


「もう一人、正直、ルール外の人がいる」


 リヒトマンの言葉に、ヴァイクは、誰よ、という顔をする。


「ヴァイク、モンスター造形師って知っているよな」


 リヒトマンが口にした名前は、意外な人だった。


「ああ、パブロさんか。よく、創造主あかりんごに頼まれて、この世界のモンスターを作っていたよな――まさか」


 ヴァイクは、自分の気づきが勘違いであることを願う。


「そうだ。実は弟子と一緒に闘技大会に出ている。謎のモンスター召喚士としてな」


 ヴァイクはびっくりした。


「あの人が出たら、試合にはならないだろう。だって、創造主に近い存在だぞ」


「今回の大会、面白いルーキーが出ると聞いて、弟子の修行とモンスターの試験も兼ねて俺のところに来たよ。何でも、おっさんからの推薦状を持ってきたとかで」


「お前、あのおっさんに振り回されてるな」


ヴァイクの顔からは、ご愁傷さまといった言葉が聞こえる。


「最悪だ」


「しかもパブロさん、準決勝まで進んでるよ。とはいっても、見た感じ手加減はしているようだけど」


「……次の対戦相手は、ジャイロとハイドか。勝てるかな」


「パブロさんが優勝したらどうなるんだろうか」


「大変なことになるな。表向きは、俺が選んだことになっているから、胃が痛い」


「後、もう一人、ユータなんだが、あのおっさんが連れてきたらしいな」


「手合わせしたんだろ。どうだった? 」


 ヴァイクの顔が明るくなる。


「全然だった。俺に一太刀も浴びせられない」


「そうか? 俺は、あいつを推すぜ。なんせ素直だし、この世界に来たのも数時間前だ」


 ヴァイクはまるで自分の愛弟子のように得意げだ。


「……成長力はあるかもしれないな」


「伸びしろですね」


 リヒトマンが振り返ると、ヴァイクはにやにやしている。


「そう考えると、今回の大会、荒れるな。不確定要素が多すぎる」


 リヒトマンは体の向きを直し、深く考え込む。


「気が散ったか? 」


 ヴァイクは、リヒトマンが作業の手を止めたのを見て、嬉しそうにした。


「気分転換に、飯でも食いに行こうぜ」


 ヴァイクがガハハと笑う。


「まあ、この調子じゃ、作業も身に入らないな」


 リヒトマンは、作業をやめ、ヴァイクと街へ繰り出した。


 繁華街。闘技大会に人が取られているといっても、人気の店は混んでいた。

 二人は、席に着き、注文をとりにやってきた店員に、いつものを頼む。とはいっても、この店はメニューが限られているので、いつものは、一見でも、常連でも変わらない。


 一分も待たず、二人の前に運ばれてきたのは、卵かけごはんと、牛吸いだ。牛吸いは、大阪の難波発祥、少し甘めの汁に、煮込んだ牛肉と切られた長ネギが入っている。


 卵かけごはんも本店と同じくほとんどの人が牛吸いと一緒に頼む。

 店長のリスペクトで、メニューと内装は本店と同じに作られている。

 二人は、さっそく来た卵かけごはんに醤油を数滴垂らし、思うがままにかきこんだ。そして二人同時にのどに詰まらせ、牛吸いで詰まったご飯を流し込み、一息つく。


「美味いし、食べている感じはするのに、腹が膨れないっていうのは奇妙だよな」


 口に残ったご飯を飲み込み、ヴァイクが疑問を口にする。


「まあ、これで腹が膨れたらいずれ死ぬからな」


 リヒトマンがお茶をすする。


「そこはシステムが考えられているんだな」


 店の軒先で風鈴が凛と鳴った。


「システムで思い出したけど」


 横で、先に食べ終わった客が勘定している。


「そういえば、まだ自分の技使ったことなかったんだっけ?確か、センスをさらけ出すのが恥ずかしいとかで。今の名前も、ほぼ元の名前だろ?」


 ヴァイクが、リヒトマンをおちょくる。


「うるせえ。名前が自分の趣味のやつに言われたくねえ」


 ヴァイクの趣味は文字通り単車を乗り回すことである。この世界でも、二台の単車を所有し、移動手段として有効に活用している。


「これは縛りの一環なんだよ」


 リヒトマンが茶をすする。


「はいはい、そうですか」


 ヴァイクは、リヒトマンの強がりを軽くいなす。


「そういえば、祭りの準備は順調なのか?」


「凝らなければ」


「俺はそこまで詳しくないからさっぱり分からんが、あの大きいのはなんだ」


「あの山車は、青森県五所川原市の立佞武多たちねぶたをモチーフにした。そして、祭りの進行は、富山県高岡市のけんか山だ。この世界では、現実ではできない夢さえも実現することができる」


 二人が、料理を食べ終わったので、立ち上がる。


「そう、それが例え、常識外れで、神の怒りに触れる様なことだとしても」


「リヒトマン、お前は何を目指しているんだ」


「祭りの融合。新しい祭りの創造だよ。半年後の一周年記念祭に向けて、今から準備しておくんだ」


 帰り際、勘定をする。一人、六十CCチューニコインだった。


「そうだ、帰りに山車に使う灯り用の魔法石を買っておきたい」


 二人は、街の裏路地にある、魔法屋に寄る。ここでは、魔法石の他に、魔力を利用した武器や道具が売られている。しかし、魔法屋の主人からは、予想外のことを告げられた。


「魔法石が、無い?少し前に、買い占められた……」


「入荷もいつになるかは分からない、か」


「これじゃあ、作業が遅れてしまうな」


 二人は、しばらく、その場で立ち尽くしていた。

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