第10話 戦士たちの血
セリカのおかげで準決勝も順調に勝った。僕たちは決勝に備えて休憩をするために選手控室まで戻ってきた。セリカは魔力の使い過ぎでふらふらになり、僕が支えないとまともに立ってはいられなかった。
控室はベッドとソファ、ロッカーがあるだけのシンプルな部屋だ。しかし、チーム毎に与えられるらしく、僕らの他にはだれもいない。
僕は、一つしかないベッドに背負っていたセリカを横たわらせた。
「ありがとう」
セリカがベッドに横たわると、ふぅと息をつく。
「大丈夫?」
「うん、――」
部屋が薄暗かったので、電気をつけようと、僕が離れようとした時、セリカが何か呟いたが、僕は聞き取れなかった。
僕は、セリカが何かを言おうとしているのを聞き取るため、セリカに顔を近づけた。その瞬間、僕の首にセリカの手が回り、そのままベッドの中に引きずり込まれた。
僕は何が起こったのか分からないまま、無抵抗なまま、ベッドの上に寝かされた。いつの間にか、僕のお腹の上にセリカが馬乗りになっている。
セリカの顔が、次第に僕に近づいてくる。
「じっとして」
セリカは、僕にそのまま体ごと密着させた。布ずれの音。セリカの体温と鼓動が伝わってくる。髪が僕の頬に触れる。セリカの髪からは、シャンプーのいいにおいがした。セリカの唇が濡れているのが分かった。
鼓動が早くなる。セリカが僕の目を見つめる。優しく微笑んだ顔は、いいわね、と確認しているようだった。
僕は、その瞳に惹き込まれ、抗うことを忘れて、ただ、首を縦に振るしかできなかった。
体が乗っ取られている感覚。顔と末端に少し感覚が残っているくらいで、残りの神経はベッドに貼り付けられている。意識が、深い水底に沈んでいくようだ。セリカの目を見てしまった時点で、僕はもうセリカの手に落ちていた。一体、何をされるのだろうか。
得体のしれない恐怖で、目をつぶる。セリカのにおいが近づいてくる。静寂。
不安に駆られ、薄目を開けると、首筋に鈍い痛みが走った。
「
セリカが喉を鳴らす。僕を食べている? いや、僕の血を、吸っている。
突然のことに戸惑った。無意識に、体が痙攣する。僕ができる精一杯の抵抗。しかし、セリカは、それでもかまわず、食事を続けた。
体の中から血が抜かれていると、心地の良い気怠さが襲ってくる。男と女二人きりで日常と隔てられた行為を行っているという現実に、体が硬くなる。今までに味わったことのない、官能的な快楽は、僕から抗う気持ちを奪っていった。
五分位経っただろうか。セリカの食事が終わった。
食事が終わっても、僕の体は動かない。この状態はいつまで続くのだろうか。
セリカが、口元の血を拭い、口を開いた。
「さっきまでの試合で使い果たした分の魔力をもらったわ。事情があってね、今は話せないけど――。私は、この大会で勝たなければいけないの。血気盛んなのはいいけど、勝手に飛び出されちゃあ困るの。まあ、血を抜いたから、少しは大人しくなるでしょうけど。じゃあ、次の試合まで、おやすみ」
唐突な眠気に襲われ、そのまま意識を失った。
◇
ユータがセリカに食べられている頃、コロシアムでは準決勝第二試合が始まっていた。
「選手の入場です! まずは、一回戦をコンビネーションで勝ち上がった、ジャイロ、ハイドチーム!」
マイクマンの合図でジャイロとハイドが会場に入場すると、会場全体が地鳴りのような歓声に包まれる。二人は、一回戦を最も正々堂々、美しく勝ったチームとして、多くのファンが出来ていた。
「対するは、大小の黒いローブをまとった謎のモンスター召喚士チーム。さあ、決勝に行くのはどちらか!」
ジャイロたちと対決するチームは、ジャイロたちとは正反対の戦い方をしていた。
黒いローブの二人は、モンスターを使った搦め手を得意とした。相手に合わせた罠を仕掛け、追いつめ、騙し、最後には詰んでいるという、勝つための試合という印象だった。
互いのチームは、落ち着いた眼差しで相手を見据え、試合開始の合図を待っている。
マイクマンが手を振り抜く。
「試合開始!」
試合開始の銅鑼が鳴る。
「まずは小手調べといこうか」
先手を切ったのは、モンスター召喚士チームの方だった。二人は、魔法陣を敷き、それぞれモンスターを生み出した。
『
『
「おっと、召喚士チームは早くも自慢のモンスターを展開。これは、会場を埋め尽くさんばかりのモンスターの大群だ」
「いや、これは本気を出してきましたね。ルーキー相手にこの量のモンスターは厳しいですよ」
「と、いいますと?」
「オオカミ顔の盗賊、ウルフハンターは、短剣を使った幻惑するような素早い動き、トカゲ戦士のリザードマンは、槍と盾を使った、重厚な戦術が特徴的ですからね。対応する側も、繊細な動きが必要でしょう」
「ホフゴブリンは……まあ、二人の実力であれば、さほど問題ないでしょう。にぎやかしです」
試合開始一分もたたないうちに、ジャイロとハイドは窮地に立たされた。闘技場を埋め尽くさんばかりの敵、敵、敵。ざっと、千体はいる。
会場は、二人の戦士がいきなりの窮地に落とされ、固唾をのむ。
二人を取り囲むようにモンスターたちは並んでいる。黒フードの男の号令が下る。モンスターは、一斉に、ジャイロとハイドに襲い掛かった。
大量のモンスターに対し、二人は、背中合わせで対峙した。
「おっと、ジャイロ選手とハイド選手は、お互いの背を守りあいながら戦うようです」
「これは、息の合った連係が重要になってきますね」
「ジャイロ、お前、何体くらい行けそう?」
「五百かな。ハイドは? 」
「俺は六百いけるぜ」
ハイドは意気込む。
「それじゃあ俺は七百だ」
ジャイロが不敵に笑う。
「そりゃあないぜ。じゃあ、多く狩った方が勝ちで」
「オウケイ。負けた方はラーメン奢りな」
二人は、いつもの調子でやり取りをした。この、狩り数勝負は、お互いのモチベーションを上げ、アドレナリンを出すための、二人の儀式だった。
「行くぜ」
最初に飛び出したのは小柄なジャイロだった。ジャイロは、手に持った斧を構えると、精神を集中させる。
『
構えた斧を軽々と振り抜き、近くのモンスターを易々となぎ倒していく。
対して、巨躯のハイドは両手に構えた双剣を、水平に構え、腰を少し落とした。ハイドめがけ、リザードマンの群れが迫る。群れと接触するタイミングで、ハイドも技を発動する。
『
「加速」
ウォンッッ!!
ハイドの双剣が唸りをあげる。幾筋の閃光が見えたかと思うと、ハイドの周囲にいたリザードマンの群れは、細切れの肉塊となり、その場に崩れ落ちた。
モンスターが塊ごと吹き飛ばされるにつれ、会場からは二人の連携の美しさに、ため息と歓声があがる。
二人は背中合わせで、尚且つ、お互いが干渉しない位置を常にキープしながら戦った。このフォーメーションは二人が今まで心がけてきた、死地を生き抜くための戦術である。
俊敏なウルフハンターの群れがジャイロにまとわりつき、斧がうまく当たらない。
「スイッチ」
その一言で、二人は反転し、ハイドの双剣が、ウルフハンターを切り刻む。
リザードマンが、盾を構え、ハイドに向かってファランクスの陣形で突撃してきたならば、
「スイッチ」
その一言で、二人は反転し、ジャイロの斧が、リザードマンの防御を打ち砕いた。
そうして二人は、危なげなく、コロシアム内のモンスター全てを掃討しきった。
会場は、砂埃と血の匂いでむせ返るようだった。
しかし、観客席は、難関を切り抜けた二人に大きく沸き立った。
「素晴らしい! ジャイロ選手とハイド選手、大量のモンスターを、難なく片付けました」
「それにしても、妙ですよね。体格の大きなハイド選手が双剣で、小柄なジャイロ選手が背よりも大きな斧を振り回しています。これは、何か考えてのことなんでしょうか」
「キーッ! 俺様のモンスターたちが!」
「なるほど、君たちの連携は素晴らしい。ではこれはどうだ?」
黒いローブの男が、もう一方の小さな黒いローブを制止し、魔法陣を展開する。
『
ジャイロとハイドの周囲八方に、十メートルほどもある装甲を纏った巨大なサイの戦士が出現した。
「潰れろ」
ライノスアーミーが二人を押しつぶそうと徐々に迫ってくる。
会場からは、圧倒的な体格差に対する諦めの声と、それでも二人を信じる期待の声が聞こえた。
万事休す。しかし、ジャイロとハイドは顔を見合わせると、お互い、大きく頷いた。
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