【外伝】ナルミの話 その①
彼氏と別れてエストマルシェから逃げてきたはいいものの、よりによって人目につかない場所が、まさか森だとは。
「騙された」
見渡す限り、木、木、木。
私の願いは都会の喧騒を離れ、静かに田舎暮らしをしたいというものだった。
街の不動産屋でいい条件の土地を探したところ、店の人に紹介されたのがこの土地。
なけなしの三万
近くに家もあるからという言葉を信じて買ったはずが、そんなものは見当たらない。しかも風の噂では、近くにあるはずの家は魔女の家だという。
田舎というよりは完全に森で、辺り一帯は人が歩いた痕跡すらない。人がいないということは、
「しかし、こんなところで諦める私ではないのであった」
過ぎたことを悔やんでもしょうがない。どんな時でも前向きでいる。それが私のポリシーである。
孤独に押しつぶされそうな時は声を出していくに限る。
幸いにも、ここに来る途中湧水の出ている泉を見つけたので、水の心配はない。
とりあえず、住むところを確保しなければならない。
「よーし」
私は大型の行商カバンからナルミ流七つ道具其の一。
木材をよく利用する私の職業にとっては必須のアイテムの一つだ。
環境破壊が進む開拓者たちの夢。
ちなみに、木を切る専用なので、モンスター相手だと全く歯が立たない。
私は斧を振るい、自分の生活のため、
「木こりは、木を切る。へいへいほぅ」
作業の手が途中で止まる。木を切っていると、何か固いものに当たった。
何かが動いている。よく見ると、それは木だった。高さは私の肩くらいまでしかない。しゃがんで、奇妙な物体を観察する。
「木? いや、でも切れないってことは木じゃない。動く木ってモンスターだよね。でも、襲ってくる気配もない。こいつは一体……」
眉間にしわを寄せて謎の物体を見つめていると、木っぽい何かはリズムを取りながら、機敏な動きで枝を揺らしている。
その挙動は、私の疑問に拍車をかけた。
「とりあえず植物だろうし、水をあげてみようかな」
先ほど汲んできた湧水を踊る木にかける。木は嬉しそうにリズムを取り続けている。分かりづらいが、よく見ると、先ほどとは違う動きをしている。
「凄い。水をあげると、ダンスのパターンが増えた」
私はこのよくわからない木をマイケルと名付けた。だが、伐れない木相手に構っている暇はない。マイケルを放置し、しばらく木を伐り続ける。
気が付くと、地面には伐採された木が転がり、一区画分が綺麗に
「さて、木材も集まったし家を建てよう」
ここで私の自信作。ナルミ流七つ道具其の二。
この設計図は、必要な素材があれば、あらかじめ登録されているアイテムを自動で作ってくれる優れもの。
無駄な作業を廃し、効率的にアイテムを生み出す省エネの権化。ただし、組み立てたりする程度の簡単な作業で作れるものに限る。
「それじゃ、集めた木材を使って。何が出来るかな、何が出来るかな。できた!」
設計図から眩い光があふれる。目を開けると、ログハウス風の家が完成していた。内装は最低限、テーブルとイス、暖炉、後はベッド。
「日も暮れてきたし、今日はもう休もうかな」
行商カバンに詰め込んでいたお気に入りの枕と毛布を取り出し、ベッドにセットする。モンスターが
「その割にはこの森に入ってからは見かけてないんだけどね」
足も疲れたので、お湯を沸かし、椅子に座る。
私は温かい紅茶をすすりながら、今後についての思案にふける。夜は孤独な人間にとっては非常に手厳しい。思考の隙をついて、得体のしれない恐怖が入り込んでくる。
今日は風の強い日だ。窓がガタガタ鳴っている。何か出そうな夜だなと思いながら、ふと窓の外を見る。
夜の森で木々が揺れている。時折、ちらちらと影が動く。動物だろうか。風が窓を叩く。
ドンドンドン!
その音は、次第に大きくなっていく。
いや、この音は風ではない。窓の格子に誰かの手がかけられる。
今一瞬、きらりと光るものが窓の外にいた。
何か、と眼があった。誰かが部屋を覗いた。
突然のことに脳が混乱し、半分ほど飲みかけていた紅茶をこぼしそうになる。
私がわたわたしていると、足音が玄関の方に移動する。
「ど、どなたですか!」
部屋の隅から、恐る恐る、様子を伺う。
バタン! ヒュオオオオオ!
その時、入り口の扉が勢いよく開き、ボロボロの服を着た何かが立っていた。
「――助けて」
何かが無い力を振り絞り、声を出す。
私は、心霊現象はもっぱら信じてはいないが、実際に目の前に現れてしまった以上、こういった類のものは、私の苦手とするところだ。
「お化け!」
私は急いでカバンから大きめの発明品を取り出す。
ナルミ流七つ道具其の三。
独り暮らしの際、部屋に嫌な虫とか幽霊とか出て困ること、ありませんか? そんな時、この掃除機があれば、見たくない現実をなかったことにできます。
事なかれ主義の極致ともいえる素晴らしい発明。ジョークで付けた機能がこんなところで役に立つとは。
モチーフは某所の掃除機。本家は破壊の神を退治しようとしたり、吸引力が変わらなかったりするが、私の発明は、この限りではない。
「スイッチ、オン!」
吸引器のスイッチを最強に入れ、勢いよくボロボロのお化けを吸い込む。
「あばばば、お化け違う、私は人間、止めて、今すぐそれを止めて」
吸引器が何者かの頬を捉えていた。何者かは、吸い込まれないように、地面に踏ん張り、必死の抵抗を見せていた。
「あわわわ」
急いで吸引器を止める。頬から吸引器を引きはがすと、きゅぽん、という小気味よい音とともに、何者かが後ろに吹っ飛んで行った。
私は、家の中から何者かを覗き見る。
「ごめんなさい、大丈夫……ですか? 」
薄暗い中よく見てみると、お化けの正体は女の人だった。女の人は家の外で伸びていた。
女の人を家に入れ、椅子に座らせる。汚れた服は貯めておいた水で手洗いし、暖炉で乾かす。替えの服は私の部屋着を一着渡した。
落ち着いてきたところで、女の人にも紅茶を淹れる。湧水を沸かしたお湯で淹れた、アールグレイ・スペシャルだ。部屋の中を、甘い香りが漂う。
女の人は、私が淹れた紅茶を嬉しそうに飲み干そうとした。しかし、意外にも猫舌みたいで、冷ましながら少しずつ飲んだ。
女の人をよく見ると、どことなくハッとさせられる雰囲気があった。
大きくて綺麗な瞳。青みがかっていて、どこまでも澄んでいて、惹きこまれそう。睫毛も長い。髪は短く切りそろえていて、中性的な顔立ち。そして、服はボロボロだったけど、あらためて見ると、気品のあるしぐさ。どこかのお姫様かな。いや、凛々しくて、意志の強そうな顔をしている。名の知れた戦士とか、もしかしたら勇者様かも。いや、そんなすごい人がこんなところに……いるわけないよね――。
「いやー、助かったよ」
この近くの湧水は、体力を回復させる効果があるらしい。女の人についていた生傷も、完治している。
「ありがとう、ボクはミライ。冒険者をやっているんだ」
「どういたしまして。私はナルミ」
軽い自己紹介の後、軽い世間話を楽しむ。話してみると分かるが、ミライは性格があっけらかんとしていて、人当たりの良い人だった。
話が盛り上がってきたところで、ミライに訊ねてみる。
「ミライさんは、何でこんなところに」
「魔女に会いに来たんだけど、知らない?」
ミライは、わざわざこんな辺鄙な場所まで魔女を探しに来たらしい。物好きである。
「私も、このあたりに魔女が住んでいることは聞きましたが、周辺を歩いても見つかりませんでしたよ」
「そうか、まだ探さなきゃならないのか……」
ミライががっくりとうなだれる。
「魔女に何か用なんですか?」
「ああ、実は私はその魔女と知り合いでね。久しぶりに顔を見に来たんだ」
魔女と知り合いとは、やはり只者ではないのかもしれない。
「三日も探したのに見つからないでやんの。もう探すのは疲れたよ」
「三日も?」
何が彼女をそうさせるのか不思議でならなかった。流石に、この状況で何もしてあげないのは不憫に思えた。
「だったら明日の朝まで泊まっていってください」
「いいの?」
「ええ、狭いベッドしかありませんけど」
ミライは、待ってましたとばかりに、ベッドの方に行き、思いっきりダイヴする。
「ふかふかのベッドだ」
ミライは、布団に顔をうずめて上機嫌だ。
「ちょっと待ってください、新しいベッド出しますから」
そういって木材の在庫を確認すると、すべて使っていた。木材を取りに行こうにも、夜、静寂の中、一人で外に出歩くのは厳しいし、何しろ先ほどのミライの登場の仕方が、若干トラウマになっている。
ベッドに寝転がった当のミライは、もう夢の中だ。
「しょうがない、一緒のベッドで寝るか」
布団を剥ぎ、ベッドの空いているところに、体をねじ込む。
「おやすみなさい」
私は、今日一日の多忙さを思い出しながら、静かに目をつむった。
目を閉じて、数分くらい経っただろうか。
――寝れない。どうも頭の中に、ミライが扉を開けて家の中に入ってきた映像がちらつく。
「あれは怖いよ」
ベッドの外を向いているのも怖いので、ミライの方に寝返りを打つ。だが、こっちもこっちで寝にくかった。
顔が、近い。ミライの端正な顔が目の前にあるのは、どうもやりづらい。
ミライは静かに寝息を立てている。精一杯、気にしないように努めるが、狭いベッドの上で、体が密着している状態では、どうしても意識せざるを得ないのであった。
「ん、んぅ……」
ミライは、寝ぼけているのか、小さくうめき声をあげて、私の首に手を回す。これでもう、逃げようにも逃げられなくなってしまった。
ミライは、ゆっくりと私を引き寄せ、顔を近づけてくる。ミライの息が当たって、少しこそばゆい。
おそらく、朝までこのままだろう。私はそのまま観念して、目を閉じる。
「うふふ~、ぺろぺろ~」
眠ろうとしていた私の体に電撃が走った。驚いて目を開けると、ミライが私を舐めていた。
ペチャペチャと、何度も舌を鎖骨から首にかけて往復させる。
「んあぁ、ミライしゃん、舐めないで、くだしゃい……」
舐め方が本格的になり、首筋を、ミライの舌がねっとりと伝う。
「美味しい」
その恍惚な表情は、私をゆっくりと味わっているようだ。
ミライが舌を離し、私の胸に顔をうずめる。
私は、ほっと息をなでおろす。しかし、ミライの愛撫からやっと解放されたと思ったのも、つかの間。
「仲良し、しよ? 」
ミライは、何を思ったのか、私の上に馬乗りになったかと思うと、いきなりこちらに倒れてくる。気づいた時には、唇に柔らかく、生温かい感触があった。
私は、こんなところで初めてを奪われてしまったのだ。
口の中に、先ほど飲んだ紅茶の甘く微かな香りが満ちてくる。
「ミライさ、んっ、んぐっ」
ミライの全体重がかかっているということもあり、必死の抵抗も無意味に終わった。
ミライが舌を絡めてくる。
覚悟を決め、ミライのしたいようにされる。
暫く耐えていると、ミライの動きが止まった。目を開けると、ミライは私の上で、寝息を立てている。
「もしかして、今の、寝ぼけ? 」
ミライを押しのけると、ベッドの外に転がり、仰向けに落ちた。
「うーん、もう食べられない……」
ミライは、幸せな夢でも見ているのか、口からよだれを出しながら、笑っている。
「どんな寝相だ」
私は、布団を深く被り、目をつぶった。しかし、この状況でまともな睡眠がとれなかったことは、言うまでもない。
◇
「目の下に隈が出来てるよ?眠れなかったの?」
朝、床の上で目を覚ましたミライが、おはよう、と共に言った言葉がこれだ。
「何でもありません! 」
「いやー、私、寝相悪いんだよ。ゆうべは床で寝ちゃってさー」
「理由はそれです!」
ミライは、何が何だか分からないといった風に、きょとんとしている。
私は、堅パンのチーズトーストと、紅茶を机に並べる。
チーズトーストを齧ると、チーズのほどよい乳臭さと、堅パンについた焦げ目の香ばしさが口の中に広がり、たまらなく美味しかった。
「ミライさんはこれからどうするんですか? 」
「うーん、もう少しだけ探してみようかな。折角ここまで来たんだし」
私たちは、朝食を済ませ、外に出た。
「泊めてくれて、ありがとう。これ、一宿一飯の恩義ってことで」
ミライは、胸元からペンダントを取り出し、私に渡した。
ミライさんが出て行ってから、一人、今後の計画を立てることにした。しかし、計画を立てるにあたって、大きな壁に直面する。
「何をするにもお金が必要なんだよね。新しい道具も欲しいし」
お金を稼ぐには、モノを売って稼ぐか、他人の依頼を聞いてあげるか、もしくは投げ銭制度を利用するかである。
投げ銭制度は、人気者でないと稼ぐのは難しいので、私が取れる選択としては、モノを売るか他人の依頼を聞く、の二択である。投げ銭制度の方も、稼ぎはいいそうなので、また今度考えるとしよう。
「街に行ったときに、掲示板の依頼を覗くとして……」
ただ、街へ行くにしろ、手ぶらで行くのはもったいない。
「何か、街で高く売れそうなもの――」
ふと、窓の外を見る。
「そういえば私、来たばかりで、この辺のこと、よく知らないな」
木の隙間から覗く青い空に、雲が、ゆっくり流れている。
「決めた。この辺を探索して、何かめぼしいものを探そう」
私は、行商カバンの中に、探索に必要な道具と、少しの堅パンを入れ、外に飛び出した。
こうして、私の、
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