第5話 リトル・リドル

 モンスター襲撃事件の犯人――リドルをあと一歩のところまで追いつめたのはいいものの、地底湖の龍や洞窟内のモンスターとの戦闘で、僕の身体は疲弊していた。さらにリドルとの戦闘中、身体に負った毒で、意識も朦朧としている。

 

 リドルは僕にとどめを刺すため、僕に斃された自分のモンスターたちを融合し、合成魔獣、サクリファイス・キメラを創り上げた。


 今、そのキメラの爪が、僕の命を奪おうと、唸りをあげて襲ってくる。


 キメラが来る。僕は、懐のポーチを漁った。

 逆転の手は何かないか――。


「これでとどめだ」

 キメラの爪が僕を捉える。衝撃で、辺りの岩肌が少し崩れ落ちた。

 洞窟内が揺れる。砂煙が舞う。


「やったか? 」


 砂煙が落ち着き、リドルの驚いた顔が見える。


「勝ったと思っただろ。残念だったな」


 砂煙の中から現れた僕に、リドルは口をあんぐりと開けていた。なぜなら、僕がキメラの爪を、刀の腹で、ギリギリのところで受け止めていたからだ。


「どういうことだ」


 リドルは狼狽した。


「ポーションだよ」


 地面に空の瓶が転がる。そう、僕はリドルが僕をポーションを飲んでいた。


「あ、あの時の。しまった! ポーションなんて渡すんじゃなかった!」


 後悔してももう遅い!

 ポーションが、今までの戦いでできた傷とともに、体にたまった疲労感を洗い流していく。毒による多少の気怠さは残るが、回復した気力と体力で何とか体に力を入れる。


「行くぞ」


 刀で支えていたキメラの爪を弾き返し、よろけたキメラの足元まで踏み込んだ。地面を踏み、次の連撃に備える。


神速連斬しんそくれんざん


 刀を握り、敵に連続で斬撃を叩き込む。息も切らせぬ剣撃により、あわやキメラは肉片と化した。ある肉片は、飛び散った衝撃で松明に焼かれ、消失した。きな臭さが鼻をつく。


「さあ、覚悟はできたか」


 刀の先を、リドルの喉元に近づける。すると突然、リドルが狂ったように笑い出した。


「覚悟はできたか? ハッハァ! 気を抜くのが早すぎるぜ」


 リドルがそういうと、今までキメラの肉片だったものが動き出し、再度一つの形として集まり始めた。


「サクリファイス・キメラはなぁ、何度倒されても復活するんだよ!」


 集まった肉片は、再度キメラの形を成し、二つの眼をぎょろぎょろさせた。


「これで手も足も出まい。お前は永遠に、こいつと闘い続けているんだな」


 驚いた。こんな仕掛けがあったなんて。どうすればいい? そういえば、さっき、松明に焼かれた部分は復活していない。動きも松明を避けて攻撃をしてきた気がする。もしかすると、こいつは火に弱いのではないか。


 ――試してみる価値はありそうだ。


「分かったよ、リドル。打開策が」


「何?」


「死体を燃やしたらどうなる?」


 僕は近くの松明に刀をかざした。


炎刃着火エンチャントファイア


 刀には火が宿り、刀身が赤々と燃えている。


「今から、君のモンスターを灰にする」


 僕は力を込め、キメラに向かって全力で刀を叩き付ける。


「くらえっ!」


火炎斬かえんぎり』


 僕がキメラを斬ると、斬ったところから炎が噴き出し、キメラを跡形もなく焼き尽くした。

 残った灰からは、魂の色がない。どうやらこれで正解だったようだ。


 ほっとして、辺りを見回すとリドルの姿が見当たらない。


「逃げられた」


 どこを探してもリドルはいない。

 洞窟の先にはまだ道が続いている。リドルはそこから逃げたのだろう。刀をひのきの棒に戻し、先へ進む。


 しばらく進むと光が見えた。洞窟はそこで終わっており、鉄でできた手すり付きの細い橋が架かっている。橋の先には、重厚な金属でできた堅い扉が見える。

 とりあえず、扉を目指して橋を歩く。

 橋は思ったよりも長かった。そして、中腹まで来て初めてこの橋の全容が分かった。


 ここは、入江にできたでかい穴に、海の水が注ぎこんでいる場所だった。周囲は断崖絶壁に囲まれ、海の水が滝になって、穴の底にある地底湖に流れ込んでいる。橋の上からは、龍がいた暗い水底と、浅瀬が眼下に見える。


 ところどころ錆びついた橋を渡り、扉の前まで歩いていく。扉はどうしても開かなかった。最近誰かに開けられた形跡もない。一体、誰がこんなところに橋を架けたのだろうか。また、リドルはどこに行ったのか。


 どこからか、龍の雄叫びがきこえる。

 とりあえず、犯人は追い払ったのだ。もう街にモンスターの襲撃はないだろう。


 橋の中心で、ほっと息を吐く。吐いた息は、滝の音で埋め尽くされた。


 僕は、モンスター事件の元凶に関する情報をヴァイクに伝えるため、街へと帰ることにした。

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