第4話 地底湖の主
僕はモンスター襲撃事件の犯人であるリドルにまんまと騙され、文字通り水に流された。流された先は、底の見えない真っ黒な穴。
体の底が冷たい。僕は目を開けた。
高いところから落ちて、少しの間気を失っていたようだ。見渡す限り、辺りは水である。僕は地底湖の中心に浮いていた。
右手には先ほどのリドルにつかませられたポーションを握っていた。僕は泳ぐために、ポーションを服のポケットに強引にねじ込んだ。
確認すると、ちょうど湖の端が浅瀬になっているようなので、浅瀬まで必死で泳ぎ、何とか辿り着いた。濡れた顔を手で拭う。水がしょっぱい、目に染みる。
――海水だ。この地底湖は海の近くにあるのだと思われた。
浅瀬からさっきまで浮いていたところを振り返ると、どこまでも青く、暗い水底が広がっていた。こういった地底湖には、言い知れぬ怖さがある。何か巨大な生物が住んでいるような――。
「まさかね」
頭の中の恐怖を振り払う。
見ると、浅瀬の壁際にはいくつもの天然の
とりあえず、リドルの元へと行かねばなるまい。
僕が洞に入ろうと頭を入れた瞬間、後ろのほうから何か怪音がする。振り返ると、先ほどまで僕が泳いでいたところに泡が立ち始めた。
何のことやらさっぱりだったが、やがて泡の立ったところから、蒼い鱗を持った龍が顔を出した。
水から出ている部分だけでも十メートルはあるだろうか。龍はぎょろぎょろと辺りを見回しながら何かを探している。
たぶん僕を探しているのだ。僕は見つからないように、洞を上るために、後ろに下がった。見つかったら、僕は龍のごはんだ。
洞の中を上る際、洞が濡れていることに十分な注意を払っておらず、手を滑らせ、
「アイィィィィアッハッ!?」
あまりの痛みに声を上げてしまった。
龍が音のしたほうに向く。僕は龍と眼が合ってしまった。その瞬間、僕は龍にとっての格好の獲物になった。
龍は迅速に、そして狡猾そうな目で僕を見据え、こちらに近づいてきた。
僕は腰の痛みをこらえ、必死に洞を駆け上がる。龍は洞の狭さをものともせず、辺りに突き出た岩を砕きながら、僕を食べようとどこまでも追ってくる。
僕は必死で逃げるが、勾配も次第に急になり、岩も濡れているため、滑らないようにのぼるのも体力と精神力がゴリゴリ削られる。死ぬ気で頑張っているため、かろうじて龍との距離は保たれてはいるものの、焦りと恐怖感で今にも気力がつきそうだ。
岩の突き出した部分が僕の指に食い込み、手のひらからは血がにじみだしてきていた。
龍は狭い通路に時折体を取られながら、しかし確実にこちらに近づいてくる。
だめだ、血で手が滑る。
アッ――と思ったときにはもう遅かった。
僕は、ついに岩を掴み損ねて、今までのぼってきたところを真っ逆さまに落ちていった。眼前には龍が僕を食べようと口を開けて突っ込んできている。
その時脳裏に浮かんだのは明確な死のイメージ。避けられぬ終わり。理不尽な現実。そして僕を騙したリドルに対する明確な殺意。
頭の中を、薄暗い感情がグルグル駆け巡る!
しかしそれでも僕はあきらめてはいない。非建設的な思考をうち捨て、頭が無残な現実を回避する策を必死にはじき出そうとするが、名案が浮かばない。機能停止した頭に変わり、心臓が数回大きく鼓動する。その瞬間、身体の奥底から沸き起こる何かを超えた力!
その時僕の身体は、反射的に動いていた。
「こうなりゃ自棄ダァァァァァァ! 」
『
ひのきの棒を鉄刀に変化させ、龍に向かって垂直に突き刺す。刀は龍の眉間に吸い込まれるように、深く突き刺さった。
ギャァァァァァァ!
龍は、獲物に反撃された痛みで、絶叫し、悶絶している。僕はその隙に刀を龍から引き抜き、近くの穴に隠れた。
龍は僕を食べるのも忘れて、元来た道をすごすごと帰って行った。
◇
洞窟の中は、よく声が響き渡るんだ。
「邪魔者は始末したし、研究の続きでもするかな」
周りに誰もいないことを確認し、リドルは意気揚々と研究の準備に入る。
「誰を始末したって?」
後ろから不意に声をかけられ、リドルは振り返った。
「馬鹿な、あの地底湖には海龍がいたはずなのに――」
リドルの声は驚愕で震えている。
「ああ、死ぬかと思った。下手すりゃトラウマになりそうだよ。海に入れなくなったらどうするんだ」
僕は顔に跳ねたモンスターの血を腕で拭う。道中、飛び出してきた数多のモンスターを切り伏せてきたため、服は血染めになり、洞窟内は斬殺された哀れな死骸で埋め尽くされていた。
「さて、君には落とし前をつけてもらわなければならない。まずは、弁明を聞こうか。なぜ街にモンスターを送った」
リドルは、嗤う。
「師匠にもらったこの力で、街を征服するんだよ。後は、街の人を使っての人体実験のためかな。最高だろ? 」
「
僕は刀を構えた。
それに対し、リドルは余裕の表情をしている。今からその余裕を消し去ってやる。
『
突然リドルが叫んだ。辺り一帯から何かが蠢く気配がする。
洞窟内のモンスターはすべてリドルが召喚していたようだ。リドルがモンスターへ退去を命じると、洞窟内からはモンスターの気配が消えた。
リドルは笑う。
「やってみな。今こそ俺様の研究の成果が試される時だ! さあて、自慢のこいつらに勝てるかなぁ?」
リドルは精神を集中し、地面に不思議な文様を描いた。
『
リドルが文様を描くと、その中から三体のモンスターが飛び出してきた。
「いけぇ! 俺様の
リドルは三体のモンスターを僕に向けて突撃させた。
三体のモンスターは、それぞれ連携を取りながら、僕に襲い掛かってくる。
ブラッドドッグは血の匂いをさせながら、僕を食い殺そうとしている。行動は直線的で、全身の発達した筋肉を活かし、獰猛な動きでもって突撃してくる。
ジプシーキャットは妖艶で華奢な体を活かし、フェイントを交えつつ、縦横無尽に距離を詰めてくる。
スカルイーグルは白骨化した頭と右翼が特徴のモンスターで、他の二体の隙間を縫って、空中から強襲してくる。
リドルはこの三体のモンスターの連携には自信があるらしく、余裕をにじませた顔をしている。しかし、死線を潜り抜けた僕にとっては、この程度のモンスターはもはや敵ではない。初めて洞窟内でモンスターの群れに襲われた際の休みない攻撃や、地底湖の龍に追われた時に感じた恐怖がこの三体からは感じなかった。
まず、突撃してきたブラッドドッグの鼻面を蹴り、高く跳躍した。跳躍した勢いで空中にいるスカルイーグルの翼を断ち切り、地に叩き落とす。一度、地上に降りた後、僕の着地を狙って突っ込んできたブラッドドッグを躱す。躱した先にいた、ジプシーキャットを一閃し、胴体ごと真二つにする。最後に残ったブラッドドッグの首を落とし、数瞬のうちに、三体のモンスターは何も言わぬ骸と化した。
「どうした。これで終わりか」
刀に付いた血を振り払い、僕がそういうと、リドルの顔が歪んだ。
「ぐぬぬ、いきがっていられるのも今のうちだぞ」
『
リドルは深く瞑想し、邪悪な気を放つ魔法陣を展開した。三体の骸は、跡形もなく崩れ去り、魂が魔法陣の中心に集まっていく。
なんと、リドルは、僕が切り伏せた三体のモンスターの力を一体に集約させ、新たなモンスターを生み出した!
「イヒヒィ! 出来たぁ! 俺様最強の下僕!」
『
リドルが召喚したモンスターは、今まで彼が召喚したモンスターとは違い、あまりにも異形だった。
色々な動物のパーツを一つにまとめたような姿をしており、さっきの三体のモンスターの頭がでたらめに生えている。赤く血なまぐさい皮膚と、強靭な爪はブラッドドッグから。なめらかな毛並みと、どこか妖艶な瞳はジプシーキャット。ところどころ白骨化し、体に不釣り合いな翼は、スカルイーグルの
「やれ! サクリファイス・キメラ!」
サクリファイス・キメラは、巨大な体を活かし、すぐさま僕に肉薄した。そして、自慢の爪で僕を
僕はその切っ先を避ける――が、僅かに掠り一筋の爪痕が残る。爪痕からはどくどくと血が流れ出した。
崩れた体勢を直し相手に向き直るが、体に力が入らない。視界が微かに歪む。どうやら先ほど受けた爪には、体に何か異常をきたす毒が塗りこまれているらしかった。
何とか気力で持ち直そうとするも、先ほどまで連戦に連戦を重ねてきた体はそれを許さないほどにボロボロになっている。死への恐怖と、リドルへの怒りがもたせていた体が、今になって悲鳴を上げる。
「どうした。これで終わりか」
リドルは僕を追いつめたと確信したのか、最後の攻勢に出た。
「行け! サクリファイス・キメラ! 奴を捻りつぶせ」
満身創痍の僕に、サクリファイス・キメラの爪が、唸りをあげて迫ってくる。
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