第3話 井戸の底の洞窟

 僕がこの世界に来てから見た光景は壮絶なものだった。広大な草原、レンガ造りの街、街を守る傭兵ようへい。そして、モンスター。これは――そう、まるでゲームだ。


 僕は、街の傭兵であるヴァイクに武器の使い方を教わり、街を襲撃しゅうげきするモンスター退治のため、街の東にある洞窟に来た。


 しかし、草原の真ん中にあるのは、古びてレンガががれおちた井戸。辺りを探しても、これといって目立つものはない。僕は井戸の中に顔を突っ込んだ。井戸の底は薄暗く、カビの臭いがむわっと鼻をついた。


 井戸の中には一本のロープが頼りなさげに下りている。僕は、意を決して井戸の底に降りることにした。


 井戸の中は、洞窟どうくつになっていた。昔、廃坑はいこうとして造られたものらしく、木で補強されたところがところどころ見受けられ、そこには、こけ蜘蛛くもの巣があちこちに張り巡らされている。


 元々は、何か鉱脈こうみゃくを掘る穴だったものが、どこか水源を掘り抜いてしまい、ここまで一気に水が流れてきたのだろう。誰のものとも分からない坑夫の骨が、坑道の隙間すきまに挟まっている。


 僕はこういうのはあまり得意ではないので、最初の骸に手を合わせた後は、他の人の骨が出てきても、無視して進むことにした。それにしても、こんな環境にある水を、この井戸を造った人たちは飲んでいたのだろうか。


 水は、深いところでは、膝が浸かるくらいまで水位がある。ただ、幸いにも、水に流れは無いようで、足が取られることはないが、いやにごっており、不快感がある。

 また、足が取られないといっても、この不安定な足場でモンスターと闘うのは、相当な労力が覚悟された。幸い、途中で見たことない蝙蝠こうもりのモンスターや、トカゲのようなモンスターが出たが、モンスター自体は弱く、難なく倒すことができた。


 途中までは、入り口から入ってくる明かりで、微かに視野を確保できていたものの、ここから先は、真っ暗闇というところまで進んできた。

 もし、ここでモンスターに襲われれば、上手く対処できる自信がない。暗闇では、モンスターが出ないように、祈るしかなかった。


 しかし、洞窟の中では、そんな祈りも圏外とどかないらしく、道中何度かモンスターの群れに襲われた。必死で撃退するも、連戦に次ぐ連戦で、もはや体力も尽きかけている。

 次襲われると、どうなるか分からない。一旦引き返した方がよいのだろうか。


 天井から滴ってくる水滴を顔に受けながら、恐怖に耐え、暗く狭い坑道を進むと、道の先にほのかな明かりが灯っている。それは松明たいまつで、一定の間隔で右側の壁面に設置されている。おそらく、自分よりも前に、誰かがここを通ったようだ。もしかしたら犯人かもしれない。より一層慎重に進む。


 道は二手に分かれていて、一方は松明が設置されており、もう一方の道は暗闇に沈んでいる。僕は、迷うことなく、松明の明かりが灯っている道を選んだ。


 松明八本分進んだところで、少し広いところに出た。わずかながら、水に浸食されていない地面もある。その濡れていない地面で、黒い影が動いた。

 犯人かと身構えた際に、布ずれの音が聞こえたのだろう。黒い影は、こちらに気づいたかのように、身をすくませた。


「誰だ」


 僕がそう叫ぶと、黒い影はこちらの様子を伺うように、おずおずと顔を向けた。


「びっくりした。君も探検家? 」


 黒い影はこちらを探るように、フードの奥に光る二つの眼で僕の顔を怪訝けげんそうに見つめた。


「僕はユータ。人を探している。君は何者なんだ」


「こんにちは。僕は探検家のリドル。お宝を探しにこの井戸の中に来たんだけど、道に迷っちゃたんだ」


 リドルは、手に持ったランタンを下に置き、手振てぶりをつけてそう言った。


「こんなところにお宝があるのか? 」


「分からないけど、それを探すのが探検家なんだ」


 リドルの声が、力を帯びる。何か、熱のこもった話し方をするやつだと思った。


「そうか、じゃあ、このあたりでおかしなやつ見なかったか? 街にモンスターをけしかけている犯人がここにいるらしいんだが」


「いや、見てないな。そういった輩は、洞窟のもっと奥の方にいるんじゃないかな」


 声の様子から察するに、リドルは、本当に知らなさそうだった。

 リドルは、僕をまじまじと見つめる。初心者だと理解したらしく、どうやら緊張が解けたようだ。


「そういえば、君は初心者のようだね。向こうでこのポーションを見つけたからあげるよ」


 リドルは、服の中からポーションを取り出した。


「おお、悪いな」


 僕はリドルからポーションを受け取ろうとする。


「あっ、手が滑った」


 手が濡れていたのだろう。リドルの手からポーションの瓶が滑り落ち、水の中へと落ちた。

 リドルの手から落ちたポーションの瓶は、緩やかな水の流れに従って、下流に流れていく。

 リドルはどうしたものかと考えあぐねている。


「僕が取ってくるよ」


 僕は水をかき分け下流まで歩いて行き、水に落ちたポーションを拾う。


「ありがとう、助かるよ。フフッ」


 後ろから、リドルの声が聞こえる。

 振り返り、リドルの方へ向き直ると、リドルは壁に手をついていた。

 ポチッ。リドルが何か押したような音がした。


 ざざあ、ざざあ――。


 最初は、耳鳴りかと思った。

 いや、これは耳鳴りではない。


 洞窟の奥から轟音が聞こえる。

 音は次第に大きくなっていき、辺りの岩の隙間から聞こえてくる。


 岩の隙間から噴出したのは、大量の水だった。足元の水量は、すごい勢いで水かさが増していく。さらに、緩やかだった流れも、気づいた時には足が取られるほどに勢いを増していた。


「うひゃひゃひゃひゃ、騙されたな! モンスターを街へけしかけたのは俺様だよ。お前みたいなバカは、水で流れてどっか行っちまえ」


 リドルは少し高くなった壁にしがみつき、流されないよう必死に耐えている。


 洞窟の奥には、底の見えない大きな穴が口を開けている。僕はあっけにとられたまま、洞窟の奥へと流されていった。


 

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