第2話 Please enter a player’s name
気が付くと、見渡す限りの草原が一面に広がっていた。
さっきまで2-Aの教室にいたはずだが、突然の出来事過ぎて、頭が混乱している。ここは――どこだ?
足元の草が僕の腿を撫でた。くすぐったい感触はある。夢ではないのは確かだった。
ここで一度状況を整理してみる。僕は
思い出そうとしても、頭の中がぐちゃぐちゃしていて、考えることすら億劫になる。その上、体中に長い間寝ていたような気怠さがあった。
そうだ、こんな時は深呼吸だ。
僕は、気分を落ち着かせるために深呼吸をする。胸いっぱいに吸い込んだ空気がおいしく感じられた。
少しの間ぼけーっとしていると、だんだんと怠さも和らいできた。
意識が整ったところで周りを見渡す。突然の出来事で気づかなかったが、この草原は結構標高の高いところにあるらしく、向こうが崖になっているようだ。
ひとつ、高いところから、この世界を見てみようと思った。
僕は足元に注意しながら崖の付近まで歩いていった。
そして、落ちないように、顔だけを崖から乗り出す。
僕は崖から見下ろして愕然とした。眼下には、黒い何者かが蠢いているのが見える。それはよく見ると、指向性をもって隊列を組み前進する、異形の生き物だった。
生き物たちの進む方向を視認して愕然とする。
謎の生き物たちが目指す先は、街であった。
僕は急いで崖を駆け下り、謎の生き物たちを追って街へと向かった。
途中、森を抜ける際、謎の生き物たちの行方を見失ったものの、森を抜けてすぐに街が見えた。
街の正門に着いた。そこは多くの店が立ち並ぶ大きな商業区で、街の中心へと至る大路が真っ直ぐに敷かれている。そして、そのメインストリートを、ターバンを巻いたアラビア風の商人団やら、小奇麗な和装に身を包んだ年配の女性など、多種多様な人間が練り歩いている。中には人間とは思えないほどの浅黒の巨躯を誇る大男や、眼が上に飛び出し、蛙のような顔をした人型すらいる。しかし、周りはそれを気にしている様子はなかった。異形の人型は、肩と肩がぶつかりそうなほどごった返した人ごみの中に、自然と溶け込んでいた。
僕は、肩で息をしながら、辺りを見回す。さっき崖の上から見た黒い生物の群れはどこにも見当たらなかった。
「あれ……。あの、へんないきものは?」
必死で追いかけてきたのがバカみたいだ。僕は、ふと呟いていた。すると後ろから、
「うん、モンスターならもう倒したよ」
野太い声が聞こえた。僕は突然声をかけられ、心臓が飛び出そうになった。
振り返ると、目の前に金属の板があった。巨大な剣だ。男は、大剣を、背中の鞘に納めた。僕に声をかけたのは鉄の鎧を装備した大柄の中年男だった。
中年男は興味深そうに、僕をしばらくの間まじまじと見つめる。僕はこの沈黙が嫌いだ。何か話さなくては。
「あの、僕、この世界、初めてなんですけど。何が何だか、よく、わかんなくて」
声がまともに出ない。小学校高学年から今まで、外界との関係を断ってきた弊害である。
「ここはどこですか?」
僕は男に向かって、やっとそれだけを言った。
「ここはエストマルシェだ!」
「エストマルシェ――。どこだ?」
頭の中に疑問符が浮かぶ。男は目を白黒させている僕を見て、ガッハッハと笑う。何がおかしい! しかし、何も言い返すことが出来ず、ただ男の豪快さに愛想笑いを返す。
僕の顔の筋肉が限界を迎えた時だった。男は一瞬ビクッとしたかと思うと、街の外に目線を移す。
「むっ、また来たな」
男が向いた方向、さっき崖の上から見たのと同じモンスターたちが、大群で押し寄せてくるのが見えた。
もし、モンスターの侵攻を防ぎきれず、この大通りの人たちに襲い掛かったら。間違いなく大惨事だ。この男も、連戦では身がもたないだろう。
僕は自分の手のひらをじっと見る。そして指を曲げ、拳をつくってみる。――うん、いける。
「あの、僕も」
僕は拳を構え、ファイティングポーズをとる。
「お、一緒に戦うか? 」
そう言うと男は、ガハハと大声で笑った。そして、どこから取り出したのか、檜でできた棒と、麻布で出来た冒険者用の服をこっちに寄越した。
「とりあえず、それ着とけ。武器は今持ち合わせがそれしかないが、まあ、この程度の敵なら何とかなるだろう」
「ありがとうございます」
僕は頭から服を被り、続けてひのきの棒を振ってみる。王様から命を受けた勇者みたいだ。ひのきの棒がやけに手に馴染んだ。
「後、足りない部分は、お前の想像力で補え」
何を言っているのだろう。僕は頭に疑問符を浮かべる。
「こういうことだよ」
男は、腰の鞘から左手で鉄剣を抜いた。この男は、大剣の他にいくつ武器を持っているのだろう。そして、鉄剣を水平に胸の前まで掲げ、空いた右手を、鉄剣の柄から剣先へと移動させた。
『
男の鉄剣が光を伴い、硬い鋼鉄の刀に変化した。材質の強化だけではなく、長さも少し伸びている。
「まあ初心者のお前でも、ひのきの棒を鉄刀に変化させることくらいはできるだろう。やってみろ」
僕は男のまねをして、ひのきの棒に手をかざし、棒をなぞるようにスライドさせる。
『
「うおお!」
なんと! さっきまでただの棒だったものが、長さ四尺の日本刀に変化した。振るとひのきの棒と同じように自分の手になじむように動く。
「思ったよりも軽い」
「そりゃそうだ。元がひのきの棒だからな。だが、切れ味はそこいらの日本刀と変わらん」
そうこうしているうちに、モンスターたちが街の中まで入ってきていた。
「さあ、戦うぞ」
真っ先に男が手近なモンスターに切りかかる。モンスターはその場で一刀両断され、あっけ無く四散した。
「そういえば名前を聞いていなかったな。俺はヴァイク。この街の傭兵だ。お前は? 」
「僕は【ユータ】」
「そうか、ユータか! それじゃあ、この世界を楽しむ方法を教えてあげよう! 思いっきりやるんだ!」
そういうと、ヴァイクは刀を鞘に収め、抜刀のために半身引いた。
「行くぞ!」
『
ヴァイクはそういいつつ、鞘から滑り出した刀身をモンスターの群れに向けて振り抜いた。鋼鉄刀の剣圧が起こした一筋の斬撃は、真空波となり、モンスターを三十体ほど轢き切り飛ばした。
「やってみろ、ユータの好きな技でいいぞ」
ヴァイクの顔には爽快感が見て取れる。
今度は僕の番。以前から何度も練り続けてきた技をようやく試す時が来たようだ。振り抜いた刀身から敵めがけて閃光が駆け抜け、対象の胴体を一刀両断するあの技を。
僕は深く息を吸い、タイミングを計った。そして、モンスターが僕に襲い掛かる瞬間、技を発動した。
『
――抜刀。
刀がモンスターの体をとらえた瞬間、周囲にいるモンスターも数体まとめて吹き飛んだ。
今分かった。この爽快感、大変気持ちいい!
「まあ、こんなところだろう」
僕が余韻に浸っているうちに、ヴァイクは残党を狩り尽くし、こっちに戻ってきた。
「あの、こいつら何なんですかね」
僕はモンスターの死骸に目を向ける。モンスターは、光の泡となって消えていた。
「さあ、俺にもわからん」
ヴァイクが首を振る。
ヴァイクによると、このモンスターたちは一定時間ごとにこの街を襲撃していて、いつも東の方から来ているそうだ。
「おそらく、誰かが嫌がらせにこいつらを仕向けているんじゃないかな。モンスター自体は大して強くないんだが、こう頻繁に来られちゃ面倒くさくてかなわん」
「ヴァイクさんは犯人探しやらないんですか? 」
「俺も、傭兵だからこの街を離れるわけにもいけないし」
ヴァイクは、少し考えている。僕は、次の言葉を待った。
「そうだ、もしよければ、犯人捜しだして退治してきてくれないか。倒してきてくれたら、お礼もするし、この世界のこと色々教えてあげるぞ。どうだ?」
ヴァイクの申し出は魅力的であった。こちらも、この世界に来て何が何だかわからないし、願ったり叶ったりだ。
僕は二つ返事で引き受けた。
「そうか! それは助かる! さっきのひのきの棒と服はお前にやるよ! あと少ないが、これは旅の資金にでも使ってくれ」
そういうと、ヴァイクは五十
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」
僕はヴァイクに教えてもらい、モンスターがやってくるという東の洞窟に向かった。
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