黎明編
第1話 学校にテロリスト
もし、始業の鐘と同時に教室に入ってきた人間が、先生ではなくテロリストか大量殺人犯だったら。その際、犯人の手には銃か刃物が握られていると望ましい。
僕はその犯人を一喝し、敵の注意を自分に向けさせる。
おそらく犯人は、理知的な僕を教室の中で一番厄介なやつだと判断して、発砲。もしくは、刃物を突きだし突進してくるだろう。
僕はそれを危なげなく躱し、鍛え上げられた拳(毎日、蛍光灯の紐でシャドーボクシングを積んでいるし、パンチングマシーンで百は堅いだろうね)で、相手の顎を的確に狙って一撃で気絶させることができる。
犯人をスマートに倒した僕に対して教室は拍手喝采。クラスのマドンナである愛しの恵理ちゃんも僕を羨望の眼差しで見てくれるだろう。あわよくばチューとかしてくれちゃったりするかもしれない。
最高のシナリオ、僕も今日から
「ぐへへ」
昼休み。空調のきいた教室で、僕はいつものように一人、空想にふけっていた。
窓からは、炎天下に同級生がサッカーに興じている姿が見える。暑い中、外でサッカーするなんて何が楽しいのだろう。面白さが理解できない僕は、今日も多くの人間を救っている。
「ねえ」
誰かが僕の肩を叩く。
「はいっ」
いきなり後ろの席から声をかけられ、声が裏返ってしまった。
「何でしょう」
若干の恥ずかしさを覚えながら、声の主に答える。どうか僕の変な顔が見られていませんように。
「ちょっとあんた、足元の消しゴム取ってくれない?」
僕に声をかけたのは後ろの席に座って居る女子生徒、
クラスの女子と仲良くしているいたって目立たない平凡な女子。
僕らが通っている
ちなみに、彼女は女子のみんなから“てんてん”と呼ばれている。
彼女に言われたとおり足元を見ると、ピンクの花模様があしらわれた、女子が使っていそうな可愛らしい消しゴムが落ちている。
手に取ってまじまじと見るとハート形の落書きがしてある。この落書きは、女子同士の友情の証だそうで、お互いの消しゴムにハートを書きあうことで友情を確認しあうのだとか。女子の友情は何か証が無いと不安になるくらい脆いものなのだろうか。そもそも、人間は孤独な存在だろう。誰かとつるまないとトイレにも行けないなんて馬鹿げていると思った。
彼女の机に消しゴムを置いてやると、どうも、と、そっけない返事をされた。なんて可愛くないのだろうか。
何とはなしに手の匂いを嗅ぐと、消しゴムの匂いが移ったのかフローラルな香りがした。
それにしても久しぶりに人と話した。鬼の遺伝子を持つ僕は、生まれながらにしてすべてを制する神のごとき存在であることを、クラスメイトは本能で感じ取っているのであろう。関わってやるのもやぶさかではないが、生まれた時からこうなのだ。普通の人間は根源的な恐怖には抗えない。故に、僕は孤高でなければならない。
教室の扉がガラリと開く。どうやら外でサッカーをしていた同輩が帰ってきたようだ。時計を見ると、授業開始まで、五分を切っている。
昼休みの休憩から帰ってきた人が増えた分、教室の中が騒がしくなってきた。教室のあちこちで、話し声が聞こえる。
同輩たちの話の中身というと、概ね、恋愛話か流行の話である。
最近では、厨時代というゲームが流行っているらしい。
右を見ても左を見ても、厨時代。男子は厨時代でモンスターを倒しただとか、有名な人と対戦をして勝っただとか、ゲーム性重視の話。女子は厨時代で出会った年上の彼氏と、あっちの世界で毎日デートしているだとかいう恋愛話。
同輩たちはみんな、厨時代の中に、中学生活では見せない顔を持っている。
その、みんなの中でも特に濃ゆい話をしている人が二人。話は、僕の席の隣から聞こえてくる。
「厨時代もついにプレイヤーが四十億人突破したな!」
隣の山田くんである。
――四十億人。地球の全人口が八十億人であることを考えると驚異的な影響力である。厨時代は発売されてから僅か半年で、地球の約半分の人間を囲い込んだ。
「仮想の世界で五感を働かせてプレイができる、というだけでも臨場感抜群なのに、想像したものがゲーム上に
山田君の後ろの席の佐藤君である。
ゲームをするには、確かウェアラブルのヘッドセットを購入すればよかったんだっけか。頭に着けるだけで脳内をデータ化し、脳内データを一つの世界で共有するっていうのが確か、厨時代のウリ。
「個人がオリジナルのモンスター、アイテムを創造し、配布できる! 技を想像し、かっこよく戦闘! ゲーム内での経験は
山田君は興奮で上気した顔で話し続ける。
「正直、学校なんかに来ないでずっと厨時代やっていたいよ」
佐藤君は山田君の嘆きに頷く。
「人の感情はもはやネット上で共有できるところまでいっている。勉強もオンラインと個別学習で事足りる。顔を合わせなくても人間同士は繋がれるのに、わざわざ現実世界で顔を合わせるためだけに政府が残した学校というシステム。センセイ方の旧態依然とした考え方には笑いも起きません」
「今の世の中、遅れているのは学校くらいのものですな」
そこまで言って、二人は笑った。
まあ厨時代を持っていない僕からすれば、他人と共有できる場所がない分、一人でいるしかない。しかも僕の家は父子家庭だし、父さんも仕事で帰ってこないから厨時代を手に入れるのは不可能だろうし。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
次の授業は数学の中田先生が来る。先生は授業終わりに数学の参考書であるstep by stepから課題を出し、次の授業の初めに課題のチェックを欠かさずする。しかも、何かあるごとにstep by stepをもちだした人生訓を語る。昨日の迷言を例に挙げると、
「恋と数学は焦らずstep by stepだ。はい、百二十ページ開いて」である。意味が分からない。ちなみに、五十三歳の先生に配偶者や彼女はいない。
そんな先生なので、生徒からは別名、by stepおじさんと呼ばれている。
それにしても、いつもは鐘の音と同時に扉が開くのに、今日は先生がやってこない。時間と課題のチェックに厳しい先生が遅刻をするのは、一種の異変だ。
その事態に気づいたのか、さすがに教室中がざわつき始める。
ざわつきが大きくなってきたころ、いきなり教室の扉が開いた。
教室の入り口には銃で武装した巨漢。ご丁寧に、僕が先ほど思い描いていたシナリオ通りのはこびとなった。
――ふっ。やっと僕の真の力を見せる時が来たな。まあ、顎を痛めると今後の生活に支障が出るので、せいぜい手加減してあげるとしよう。
僕の頭の中には、かっこよくテロリストを撃退し、クラスの中心になるイメージしかない。
「みんな伏せろ」
僕はとっさにそう叫んだ。
やれやれ、中学二年生の僕としては野蛮千万な輩の相手など御免被りたいところだが――この際致し方ない。
鍛えた僕の拳で華麗に倒してあげようじゃないか。
頭の中ではそんな風に考えていた。だが――。
「なん、だと……」
現実はそこまで甘くはなかった。体が動かない。恐怖。恐怖? まさか僕が? あり得ない。逃げなければ殺される。
不審者は、先ほどの僕の行動で僕をターゲットにしたのだろう。動かない僕に対して、じりじりと狙いを定めて近づいている。
テロリストが銃を構える。
逃げなきゃ、撃たれ――。
発砲音。
数瞬の困惑。誰かの悲鳴。崩れる視界。
そして、意識の混濁。
――僕の記憶は、ここで止まっている。
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