厨時代〜妄想が現実化するゲーム〜
鷹仁(たかひとし)
プロローグ
これは、キミの思い描いた世界。
空は蒼。どこまでも澄み切った蒼穹が頭上に広がる。
いつの時代も、まだ大人でも子どもでもない男の子と女の子は、冒険をしている。
果ての無い草原を歩く。
道の無い丘陵を歩く。
潮が満ちた海辺を歩く。
方角もわからない樹海を歩く。
底が見えないほどの渓谷にかかった石橋を渡り、彼らは歩き続ける。
歩き疲れ、足もくたくたになってきたころ、二人は山頂の村に着いた。それは屋根が壊れたまま、長い年月忘れ去られた家が数軒あるだけの小さな村だ。
随分前に木の板で補強されたところも風化し、色褪せ、小鳥たちの巣になっている。
「ここは、何年前に造られた村なんだろう」
少女、セリカが好奇心に目を輝かせる。
「ずっと昔。人が自然を支配していない頃」
少年、ユータがどこかちぐはぐに答えた。話は、不揃いの両輪が坂道を転がるように進む。
「おそらく何百年も前から、この村はこのままなんだろう」
どこかぎこちない空気を漂わせたまま、二人は村を探検する。
村全体が苔や草に浸食され、人間の営みは随分と昔に自然の中に還っていったようだった。
「ここなんて――ほら、人が住んでいたあとがある」
ユータが家の中を覗き込む。
人が住んでいた頃は温かい料理が盛られていたのであろう。網目の文様が入った茶碗ほどの大きさの土器が食卓に並べられたまま、形を失わず、自分を使用してくれる主を待っている。
「本当、時間がとまっているみたい」
セリカが、山頂での生活に思いを馳せる。
山頂の村では、時間がゆっくりと流れる。賑やかさとは無縁の穏やかな時間は、いつまでもとどまっていたくなる心地よさがある。足元の山肌を添うように流れる雲だけが、二人に時間の流れを教えてくれていた。
「向こうにも何かある、行ってみようか」
ユータがセリカを手招きする。
「ここ、崩れるから気を付けて」
ユータが差し出した手を、セリカが握る。
ユータはぎこちなく繋いだ手を引っ張り、セリカを高台の上へと引き上げる。
「いい眺め」
高台から見た景色は、遮るものもなく、はるか遠くの山まで見えた。
思いきり息を吸い込むと、鼻の穴を通り抜ける冷たい空気が胸いっぱいに広がる。
「空気が美味しい」
辺りを見回すと、ここは高い山の上に築きあげられた文明の名残であったことが分かった。
「この村は、周りの土地より一段高くなっている。村に入る階段も二か所しかない」
村の土台として造られた遺跡は外敵からの侵攻を防ぐだけでなく、生活に必要な都市機能を余すところなく備えていた。
「すごい、こんな高いところなのに水が流れている」
セリカが見つけたのは、電気が無い時代に高所に生活用水を引き上げる、上下水道が完備された灌漑設備だった。この村でみられる数々の技術は、電気に頼りきりの現代、もはや失われた技術と化してしまっている。
「ここまで再現されているなんて」
このような秘境につくられた文明など、誰にも見つけられなかったかもしれない。
しかし、細部まで練られた都市機能のこだわりを見るに、この世界の創造主の熱量と努力には、もはや賞賛を超えて感動すら覚える。
「素晴らしいな」
創造主が生み出した計算されつくしたこの世界は、文明が崩壊し生活を営む者がいなくなった今でも、確かに誰かがそこにいたかのように思わせるだけの説得力を持っていた。
ユータが感慨にふけっていると、セリカが遠くで声を上げた。
ユータがセリカのもとへ向かうと、村の中心に生えるでかい木の洞に記念碑が建っている。創造主――
「いやあ、赤林檎様々だな」
ユータはまだ見ぬ大きな存在に思いを馳せる。
それにしても創造主を名乗る赤林檎は、この世界を創った後、一体どこに行ったのだろうか。
「それで、何でこんな辺鄙な場所に来たの?」
手持無沙汰になったセリカがユータの顔を覗き込む。
「言ってなかったっけ? 赤林檎の宝」
ユータはセリカを見つめ返し、思い出したように応える。
二人は赤林檎の記念碑に街で買ってきた花を手向ける。記念碑には既に先客がいた。そこには、まんじゅうや花、果てはよく分からない機械までもがお供え物として置いてあり、もはや墓標のようだった。
「赤林檎が、この世界から一か月前に失踪した話は聞いたけど、それが赤林檎の宝とどうつながるんだっけ?」
二人の間に流れる沈黙。ユータは記念碑に手を合わせる。
セリカもそれに倣い、記念碑の前で手を合わせる。
二人は黙祷した後、顔を上げる。
ユータはセリカに応えるため、口を開いた。
「赤林檎が失踪する直前、残されたみんなに、こんなことを言って消えたらしい」
らしいというのは、ユータたちがこの世界に来る前に赤林檎が失踪したからだ。赤林檎の話も、すべて他人から聞いた情報である。
ユータは会ったこともない赤林檎の真似をして続ける。
「――私が創った世界に私がいた証を遺しておくよ。証は三つ。全部集められたらいいものをあげる――」
自分の声に戻し、先の言葉に続ける。
「それを聞いたみんなは、赤林檎の証を集めるために動き出したってわけ」
街で聞いた冒険者のお約束らしい赤林檎の記念碑前でのお祈りを終え、二人はまた歩き出す。
「いいものって何なのか分からないのよね。それなのにみんなは証を集めたがるの? 」
「だって赤林檎の宝だぜ? きっとすごいものに違いないよ。第一、証を集めるしか失踪した赤林檎についての手がかりはないんだから」
「赤林檎の手がかりって、もしかしてあれから何か進展があったの? 」
「ああ。一つ目の証が、この前見つかったんだ」
「うそ、どこで」
セリカが詰め寄る。
「ごめん、その話は後で。どうやら目的のものが来たみたいだ」
セリカがユータの指し示す方を見ると、いつの間にか目の前の上空に巨大な積乱雲が出来ていた。積乱雲の中では雷鳴が鳴り、ときおり紫色の稲光が見える。
「雲クジラの巣ね」
雲クジラの巣と呼ばれるそれは、周りの雲を巻き込みながら次第に大きくなっていく。
「そら、出てきた」
積乱雲の中から、薄ら暗い灰色をしたクジラ型のモンスターが飛び出してきた。
セリカは何もない空間をタッチし、ガイドを出現させる。「解析中」の機械音の後、二人の間に縮小された雲クジラの立体画像と、その説明が現れる。
画像は、セリカの指に着けているリングから出現していた。
雲クジラ――体長は五メートル程の中型モンスター。山脈高高度に生息し、周囲の気流を操り常に浮遊している。主食は空中の水分。普段は温厚だが、時期により気性が荒くなる。気性が荒い雲クジラに冒険者が襲われる事例もある。雲クジラの巣と呼ばれる大型の積乱雲から出現し、集団で狩りをする。気性が荒くなった雲クジラは帯電し、触れると感電する。
「何それ?」
ユータがリングを指さす。
「モンスター図鑑。知り合いにもらったの」
セリカはガイドをしまうと、積乱雲に向き直る。
「どんどん出てくるわね」
そうこうしている間に、雲クジラの巣からはダース単位で雲クジラが生み出されている。
「それじゃあ、狩りといきますか」
二人は得物を取り出した。ユータは、ひのきを削った棒。セリカは、先端に竜を模した白亜の錫杖である。
二人は、それぞれ雲クジラの群れに対し構えを取り、精神を集中させる。
『
『
二人はそれぞれ詠唱し、特技を発現させた。
ユータのひのきの棒は長さ四尺の刀身に波紋広がる妖艶な太刀に。
セリカは全身を紅に武装した、意匠にどこか竜を思わせる魔法少女に変身した。
雲クジラたちが、こちらに向けて泳いでくる。
ユータは全身のバネを使い、上空で待ち構えるクジラに向かって跳躍した。
雲クジラの眼前まで跳躍すると、刀をクジラの胴を通すように一閃する。刀が生み出した衝撃波がクジラの銅と頭を裁断し、その場でクジラは文字通り雲散霧消した。
セリカは自分の周囲に術式を展開し詠唱を行うと、残った雲クジラの体内に小さな魔法陣を出現させる。詠唱を完了したセリカが杖を振ると、雲クジラの体内にある魔法陣から黒い炎が上がり、漂っているクジラの群れを一瞬で蒸発させた。
「まだ出てくる」
最初に出てきたクジラたちは二人の攻撃であらかた撃退したものの、クジラの巣からは先ほどより色が濃くなった雲クジラが次から次へと湧き出してくる。
「しかも今度は帯電状態か」
「キリがないね」
セリカはため息を吐く。
二人が息を整え次の標的に攻撃を仕掛けようとすると、突如、空全体が黒く染まる。
「これは、まさか……」
遠くの空に何かが動いている。その影は、徐々に大きく、明らかになる。
「こっちに来る」
クジラの群れの向こうから強烈な覇気を漂わせる何か――が、すごいスピードで向かってきた。何か――は次々とクジラを丸呑みにすると、さらにはクジラの巣ごと吸い込み始めた。
何か――はクジラの巣を吸い込みきると、体に溜まった電気を外に出すために強烈な電気を放つ。
雷の主は巨大な蒼い龍だった。
セリカがガイドを出す。
雲クジラが狂暴になる時期に出現し、帯電化した雲クジラを捕食する――。
「あの情報は、本当に正しかったんだな」
街で得た情報では、赤林檎の証を手に入れる為に何人もの冒険者が犠牲になっているという。手ごたえからして雲クジラよりも強いモンスターがいるのだと推測していたが、まさかこれほどのモンスターが現れるとはユータは思っていなかった。
「とりあえず、こいつを狩ればいいのね」
先ほどの雲クジラの時とは違い、二人の精神が張り詰める。
飛龍はこちらに気づいたのか、二人を取り囲むように体をうねらせ動いている。
飛龍は強烈な電圧のせいで轟轟と嫌な音を鳴らせながら、威嚇するように、身も凍るような凄まじい雄叫びをあげた。
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