第34話 全てが0になる

 武器も技も失った僕が桃太郎の巨神を倒すためにセリカから提案されたのは、セリカと僕が合体することだった。セリカと合体し、竜戦士ブレイドドラグハートとなった僕たちは、巨神をあと一歩のところまで追いつめた。しかし、巨神がキビダンゴを食べると、巨神の身体が十倍になった。圧倒的体格差になす術もなく、竜戦士は巨神に掴まれ、そのまま食べられてしまう。


 気づいた時には、僕は、謎の異空間にいた。


「ここは――」


「久しぶり、ユータ君」


 僕の目の前に現れたのは、僕に扮したバクだった。バクは鬼の力を発動しているのか、右腕から黒い瘴気を噴出させていた。


「ここは、私の世界だよ」


 周りに地上の様子が映される。

 セリカは、リヒトマンたちと一緒にいた。竜戦士が食べられる瞬間、融合が解除され、どうやらうまく逃げのびてくれたようだ。


 リヒトマンたちは、総力を挙げて巨神に向かっていく。巨神は元の大きさの十倍だったが、それぞれが巨神の身体をよじ登り、巨神の五体を封印。動かなくなった巨神の頭にリヒトマンが渾身の一撃を加えると、巨神の身体にひびが入り、巨神は体が四方に散らばっていった。


 ――ついに、全ての巨神がリヒトマンによって破壊されたのだ。

 これで、巨神がエストマルシェに侵攻することはない。

 地上は、エストマルシェを救った者たちへの歓声に包まれる。


「どうだ、バク! これでお前の野望もここまでだ!」


 ついに終わった。そう思った。

 バクは顔に手を当て、肩を小刻みに揺らしている。そして聞き取りづらい声で、何かを呟いた。


「なんだ、バク。何かあったら言ってみろ!」


 バクは、僕の言葉を聞き、喉が裂けんばかりに呵々大笑かかたいしょうする。

 バクの大笑いが収まり、バクは目に涙を浮かべながら、と言った。


「私が考えも持たず、巨神たちをエストマルシェに向かわせたと思うかね」


「何?」


「巨神は既に辿のだよ」


 そういうと、バクは懐からリモコンのようなものを取り出した。


「見るがいい。これが、赤林檎の宝物庫に置かれていた、時を戻すスイッチだ。これで巨神たちを復活させてやる」


 バクはそう言って、リモコンのスイッチを押す。すると、バクの目の前にログが出てきた。


【巨神を再起動しますか?】


 僕は目の前のバクからリモコンを奪おうと、掴みかかる。が、バクの身体はホログラムで出来ており、バクをすり抜けた先の地面に思い切り顔をぶつけた。

 転んだ僕を見て笑ったバクが、再起動の言葉を口にする。


【⇒はい】


【巨神を再起動しました】


 バクによって再起動された巨神たちに変化が起こる。

 瓦礫と化した巨神たちは、元の人型に戻り、再び、エストマルシェへと侵攻を開始した。

 地上にいるリヒトマンたちは、今まで倒した巨神たちが再び立ち上がったのを見て、半ば恐慌に近い状態だ。


「君たちをここまで引き付けたのは、ひとえに、エストマルシェから戦力を削ぐためだったんだよ」


 地上では、リヒトマン含む一番隊が転移魔法を持つプレイヤーを伴い、エストマルシェへと帰還している。おそらく、もう一度巨神たちを破壊する予定だろうが、一番から四番目の巨神たちは既にエストマルシェの中心街まで侵入していた。


 その惨状を見て、バクがまた笑う。しかし、僕はリヒトマンたちを信じていた。例えエストマルシェが破壊されようと、必ず巨人たちを倒し、もう一度街を復興させるだろうと。

 そう考えていた時、バクが口を開いた。


「そうそう、ユータ君。言い忘れていたが、この巨神には爆弾が仕掛けられていてね」


「爆弾?」


「知っているかい。ユータ君」


 バクは話を続ける。


「今でこそ、厨時代で死んだプレイヤーは、リスクなしで生き返るんだけど、β時代の頃はそのあたりがほんとにシビアでね。β時代はプレイヤーの復活リスポーンなんて出来なかったんだよ。ほら、厨時代は私たちの記憶を一つのキャラクターデータとして使っているだろ?」


「何が言いたい」


「要するに、この巨神はβ時代に造られたっていうことさ。この巨神に破壊された人間は、この世界から消去される。君たちに二度目の人生コンティニューなんてないんだよ」


「やめろ」


「やめろと言われてもね。君には武器も技もないじゃないか。例え、君が地上に下りても、君は誰も救えない。しかも君は、エストマルシェが危機に陥っている時、一人だけ被害の無い特等席で、安心して、この花火を見ていられるんだよ」


 バクは言葉に狂気を滲ませる。


「今、君は世界で何て呼ばれているのか知っている? だ。英雄になりたかった君が大悪党とは、素晴らしい皮肉だとは思わないかい?」


 バクは早口でまくし立てる。


「それにね、君が世間で大悪党だと言われていても、君の味方をしてくれる理解者がいたよね」


 バクの顔は邪悪に歪み、僕に対する言葉が止まらない。


「そいつらも今日、全て! この世界から消えるんだ。君は、この世界で独りぼっち。後は、僕が世界征服をする間、僕の身代わりとなってすべての汚れを受けてくれればいいよ!」


 バクはそこまで言うと、落ち着いた声で諭すように続ける。


「それじゃあ、ユータ君。君たちの大切な人が消えるところを、何もせずに見ているがいい」


【動画配信】


 世界中に、僕を真似たバクの姿が配信される。


「みなさんこんにちは。ユータです。これから起こることは、とても素敵なこと。さあ、目を見開いてよく見ていてください」


 バクは深呼吸をする。


「改めて、全世界に告ぐ! 今からエストマルシェをぶっ壊しまーす!」


「やめてくれ――」


【次元破壊爆弾を起動します】


【⇒はい】


【次元破壊爆弾を起動しました】


 バクが命令を下す。


 五体の巨神から、強烈な光が放たれた。

 エストマルシェの方角、地面が凄い力でふわりと浮き上がり、端の方から次々とめくれていく。

 次の瞬間、ユータの目の前が1と0に還元され、続いて大量のログが流れてきた。


【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【――のキャラクターデータを消去しました】

【ヴァイクのキャラクターデータを消去しました】

【リヒトマンのキャラクターデータを消去しました】

【メイリアのキャラクターデータを消去しました】

【暁のキャラクターデータを消去しました】


 ……。


 ログは止まらず、次第にゆっくりと目の前を流れ、手を動かすのも億劫になる。処理落ちだ。


歪んだ視界の中に、一筋の光が見える。僕は、崩れる世界で、地平線に沈む陽の光を見た。


 しばらくして、ログの発生も治まり、最後一人のキャラクターデータが消されたことを告げた後、世界の動きは元通りになる。


 ――溜息が出た。


 突如、地面が揺れた。バクの世界が消失し、ゆっくりと、地面に降下していくのが分かる。

 僕は、エストマルシェだった荒野に、一人、舞い降りた。

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