第35話 指名手配
陽は地平線に沈み、空には赤と紫が入り混じった雲が流れている。冷たい風が吹き、僕の素肌を
僕の目の前には、大きな力で
僕は荒野に足を一歩踏み出した。すると身体に、パラパラと音を立てて何かがぶつかってきた。それは、細かな砂だった。
風が吹く度に、薄いカーテンのような砂塵が、僕の歩いていく方向に幕を作っているのだ。僕は、砂が目に入らないよう、フードを深く被りながら歩いた。
ここにはたった数分前まで、人の営みがあった。回りきれないほどの店があり、人と人の肩がぶつかり合うほどの人がいた。
僕に剣の振り方を教えてくれたヴァイクがいた。祭り好きで強いリヒトマンがいた。僕を強くしてくれた暁さん、服をくれたメイリアさん、闘技大会で戦ったみんな。
ここには、僕の大好きなエストマルシェがあった。
僕は自分の手をじっと見る。僕の技も、武器も、全部バクに奪われた。僕を信じてくれる人も、楽しかった思い出も。
そして……。
「セリカ――」
僕には何もない。僕は、自分の大事なものすら救えなかった。残ったのは、エストマルシェを壊したという悪名だけだ。現実に居場所のない僕が、この世界で居場所を失ってしまったら、いったい何が残るというのか。
「何が英雄だ」
その言葉は無意識だった。まるで、心の底から漏れ出た様だった。自虐とあきらめが混じった声を、
どこまで行っても、夕闇に微かに映る僕の影は独りぼっちだった。
知らない間に、大分歩いていたようだった。
すでに、冷たい風も治まっていた。僕はフードを脱ぎ、目を上げると、目の前に何か動くものがあった。
人影だった。
その影は、小さく揺れた。
「ユータ!」
その声は、今、僕が一番聞きたい声だった。僕は、その声の主に駆け寄る。声の主も、僕を見つけて飛び掛かってきた。
「セリカ……。よかった、生きてた」
僕は、飛び掛かってきた小さな体を受け止める。なんだかいつもより人の温かみがより感じられる。セリカの目の端にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「よく、あの爆発で――」
セリカの髪が、僕の頬を
「ママに助けられたの」
セリカはそういうと、右目の少し下を指さした。
家を出るときにヴェスタルに付けてもらった、セリカの右目の下にあった呪印が消えている。
「ヴェスタルさんの魔法が、セリカを守ってくれたんだ」
僕たちは、抱き合ったまま、しばらくその場から動かなかった。
とてつもなく大きな闇の中に差した一筋の光に、お互いが
陽も完全に落ちきっており、辺りはもう足元もおぼつかないくらい暗い。
バリバリバリ……。
頭の上から連続した破裂音が聞こえる。空を見上げると、ヘリコプターが飛んでいた。ヘリコプターは数秒間のノイズの後、嫌な機械音を出した。
無慈悲で無機質な声が、僕たちを現実に引き戻す。
【緊急速報:世界征服を目論むユータがエストマルシェを破壊。現在、エストマルシェがあった場所は、ただの更地になっている模様。逃亡したユータを見つけ次第、以下の番号に連絡を――】
ヘリコプターは僕たちを見つけることもなく、僕たちの頭上を通り過ぎて行った。
「今の、ユータを探してた」
「見つかったらどうなるか分からない」
「これからどうするの?」
「遠くに行くよ。追手が来れないところまで」
「私も行く」
「僕についてきたら、ヴェスタルさんに迷惑がかかるんじゃ? もう、あの家には帰れないかもしれない」
「ユータについていく」
「分かったよ」
僕たちは、お互いの手を取り歩き出した。
――その後、二人の姿を見たものは誰一人としていなかった。
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