赤林檎の証編

【外伝】 ナルミの話その② +α

「大きな穴!」


 家から歩いて三十分ほどの場所に、幅二十メートルほどの穴が開いていた。

 ミライと別れた後、拠点も作り終え、手持ち無沙汰になった私は、折角この森に引っ越してきたばかりなので家の周辺を探索しておこうと、午前十時に家を出た。


 探索をする際に重要なことは、綿密な計画を立てること。そして、私の計画通り、探索開始から三十分で辿り着くことができた。

 ここで、私が探索の計画を立てるときに使った道具を紹介しよう。


 ナルミ流七つ道具其の四。未踏領域図ビジョナリーコンパス。まだ行っていない地域を事細かに記した地図。ただし、一度行った場所は、この地図からどんどん消えていく。

 私は、一度行った場所は忘れないので、この地図一枚あれば事足りる。

 新しい地平を追い求める者の指針。


 私がこの穴に目を付けた理由は、探窟にある。

 鉱石は、街でもいい値段で売れる。しかも、鉱石の中でも稀に、魔法石という魔力が宿ったものが発掘できることがある。これは、生活を便利にするものから、軍事利用に至るまで使われており、もちろん、普通のものよりも値は跳ね上がる。

 私が地図で見た感じでは、洞窟の入り口程度かと思ったが、なるほど、これは期待できそうだ。


「深さは――」


 私は、穴の周囲に落ちている石同士を、ぶつけてみる。片方の石からは、キーンと、甲高い音が鳴った。これは、鳴り石と呼ばれるもので、衝撃を受けた時に、通常の石よりも大きな音が出る。どこにでもあるが、割と使い勝手がよく、大きなものは楽器にも使用される石だ。これを、穴の中に投げ入れる。


「よっ」


 穴の底で、石が鳴る音がする。投げいれてから、三秒ちょい。大体五十メートルくらいかな。


「いい穴だ!」


 想像よりも探索し甲斐がありそうで、胸が高鳴る。


「最初の一歩が肝心」


 助走をつけ、穴の中へ飛び下りる。


「とうっ」


 こういった深い穴を探索するとき、命綱ありきで慎重に下りると、途中でモンスターに襲われたりするので、かえって危険だったりする。なので、私は、底付近まで降りて、そこに拠点を作るスタイルをとっている。


「展開」


 落ちながら、体の末端に意識を集中させる。

 両腕、両足から、ワイヤーが飛び出し、四方の壁に突き刺さる。落下の勢いを完全に殺し、体は、空中に固定される形となった。


 ナルミ流七つ道具其の五。鋼線駆動機構タランチュラ

 両手両足、背中のカバン内に搭載された射出機から合計八本のワイヤーを自分の意思で射出、操作できる発明品。

 あまり無茶な機動はできないため、基本、空中で体を固定させるか、ゆっくり降りる用である。使い手次第なところがあり、使いこなすには練習が必要。

 より深みを目指す探窟家たちの命の糸。


 下を見ると、穴の底が見える。私の勘通り、上手い位置まで降りてこられたらしい。ワイヤーを外し、半ば強引に、底まで降りる。


「ほっ」


 底に着地すると、底は、魔法石がまばらに散りばめられていた。


「あった、あった。私の見立て通り!」


 魔法石の生成には諸説ある。一説には、強力な魔法に、地盤に含まれる、比較的魔力を蓄えやすい石が反応してできるということ。


 説の検証のため、辺りを調べてみると、魔法のようなもので焼けた跡がそこかしこにあった。この説は、信憑性しんぴょうせいがあるかもしれない。

 もしかすると、この穴は、何か強力な魔法で出来た穴だったりして。ひょっとして、この森に住む魔女が――いや、さすがに魔女でもこれだけの規模の穴は開けられないだろう。


 しかし、驚くべきことはそこではない。私が、今まで降りてきた道を確認するために、ふと、見上げると。


「なんじゃこりゃ」


 穴の上から底にかけて、星のように数多の魔法石が怪しく光っている。見たところ、どれも赤いので、ここは炎系の魔法鉱脈だと推測できる。


「いきなり当たりか」


 明るい未来に、心が高鳴る。

 正直、ここにあるものを全て売り払えば、魔法石の価値の暴落と引き換えに、村が三つほど作れるだけのお金を稼げるだろう。

 お金があると、それだけで選択肢は増える。


「でも、一人で運ぶのも面倒だし、せっかくの資源を採り尽くしちゃうのもまずいよね」


 とりあえず、今回はカバンに詰められるだけ採掘していくことにした。採掘しながら、今後のことを考える。


「資金も調達できそうだし、田舎暮らしをするには、家の周りも寂しいし、手始めに村を作るか」


 採り終えた魔法石をカバンにしまう。


「それじゃあ、街に魔法石売りに行くついでに、田舎で暮らしたい人、探さなきゃあね」


 私は、腕からワイヤーを射出し、ゆっくりと、元来た道を登って行った。


   ◇


 街を襲撃し、乗っ取るという計画イタズラは、ユータに潰された。

 闘技大会では、師匠のパブロから「お前を鍛えてやる」と、有無を言わさず出場させられ、そこでは下級魔物をわずかに出しただけで、後は訳の分からぬまま、ジャイロとハイドの合体技の下敷きになった。

 挙句の果てには、闘技大会から帰る最中、不運にもユータに計画をばらされてしまい、師匠にこっぴどく怒られた。

 闘技大会から帰ってきて、師匠に掴まれた頭の痛みはまだ消えてくれそうもない。

 今は罰として、師匠の研究室の掃除をやらされている。


 強くなりたいと師匠の元を訪ね、弟子にしてもらえたのはいいものの、出せるのは、よくて中級魔物一体。強くなっている実感が湧かないのも事実。


「逃げようかな」


 俺様の心の中に、師匠への不信感が生まれる。


「リドル、そこ終わったらこっちの部屋もお願い」


 一人で考え込んでいると、いきなり師匠の指示が飛んでくる。


「分かりました、師匠」


 モンスター造形師として有名な師匠の元で修業すれば、強いモンスターを僕に出来ると思ったのに。

 もし、強いモンスターを使役できれば、世界征服も夢ではない。しかし、このままいくと、一生小間使いのような気がする。


「こんな掃除なんかやめて、とっとと逃げよう」


 音をたてないように掃除道具を隅に置き、出口へ向かう。

 出口に行くには、師匠の後ろを通らなければいけない。師匠は、研究に没頭していてこちらを見ていない。今がチャンスだ。


「リドル、どこへ行くんだ」


 忍び足で、師匠の後ろを通ろうとした瞬間、師匠に見つかった。


「ちょっと、トイレに」


 とっさの言い訳。


「トイレはあっちだぞ」


 しかしその言い訳も、的外れで、師匠に不信感を抱かせる結果となる。


「えへへ、そうでした。間違えました」


 俺様はあきらめて、すごすごと元の掃除場所に戻る。


 その時、師匠の部屋の電話が鳴った。


「はい、もしもし……」


 師匠は電話中だ。今がチャンスなんじゃないのか。

 俺様は、この機会を逃さないよう、慎重に、素早く、研究所の外に出た。


 研究所の外に出た俺様は、次の目的地を考えあぐねていた。歩きながら、ウンウン唸っていると、誰かにぶつかる。


「よお、久しぶり、元気にしてるか? 俺だよ、俺。隣の家のお兄ちゃんだよ。そういえば、この間貸していた金、まだ返してもらってないよな。この前貸していた一万CCチューニコイン、返してくれよ」


 研究室の外に出ていきなり、チンピラに絡まれた。


「人違いだよ」


 俺様が、すり抜けようとすると、わざと、チンピラがぶつかってきた。


「痛いな。骨が折れちまった。これは、治療費合わせて二万CC払ってもらわなくちゃなあ」


「やってみろ」


中級魔物召喚サモン・ミドルクラス【ウーパーナイト】』


俺様はチンピラに向かって両生類の戦士、ウーパーナイトをけしかけた。しかし――。


「ふんっ」


 チンピラは背中の大剣を引き抜き、俺様が召喚したモンスターに叩き付ける。ウーパーナイトは、あっけなくバラバラになった。


「強い。ウーパーナイトが一撃で倒された」


「俺に喧嘩を売ろうなんて、いい度胸じゃないか。次はお前の番だ――」


 俺様に、チンピラの大剣が振り下ろされる。ついてないな。俺様の人生、こんなんばかりだ。諦めて、目をつぶる。


「おい、弱い者いじめはやめろ」


 同情するのはやめろ。俺様は弱くない。俺様は心の中で叫んだ。


 沈黙。


 痛みがない。目を開けると、男の大剣を、一本の細身の剣が支えていた。


「何だ? お前。お前がこいつの代わりに治療費払ってくれるのか?」


「この街で、特に人通りが多いところで暴れるとは感心しないな」


 俺を助けたのは、鎧をまとった一人の傭兵。


「ヴァイク、やっちまえ!」


 騒ぎを聞きつけて周りに集まったやじ馬たちは、ヴァイクに声援を送る。

 ヴァイク。確か、この街の門番だったか。


「舐めやがって!」


 チンピラは、手に持った大剣を振り回し、ヴァイクに襲い掛かる。

 ヴァイクは、チンピラが振り下ろした大剣をこともなげにいなし、チンピラを払いのける。


 大剣を払いのけられ、体勢を崩したチンピラに、ヴァイクはつかつかと歩み寄った。チンピラは、ヴァイクに罵声を浴びせる。

 ヴァイクがチンピラの首筋を剣の腹でぶっ叩く。チンピラは泡を吹いて気絶した。

 ヴァイクの役割は主に外敵からの防衛だが、街中で厄介ごとが起きた場合は、その対処に回ることもある。

 また、緊急時は傭兵として、戦に参加することもある。


 ヴァイクが俺様の方へ近づく。


「僕、大丈夫かい。さあ、お家に帰りな」


 俺様は、何も言えず、研究室に戻ることにした。


「結局、戻ってきてしまった」


 研究室の扉を開ける。師匠の部屋へ行くと、師匠は満面の笑みで俺様を迎えた。


「お、リドル、遅かったじゃないか」


 若干の圧を受けながら、何もない風を装う。


「大きいの、してました」


 自分ながら、なんて情けないなんだと思った。


「そうか。さっき、電話が入って、新しいデータを送ってもらえたんだ。掃除はやめにして、これから、モンスターの動きをシミュレーションしよう」


「分かりました」


 俺様は、こうしていつもの修行に戻った。

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