第16話 楽しかっただろう?

 星降りの丘。永遠に夜が明けることはないとされるこの丘は、音が存在しないかのように静かだった。

 頭の上には、黒い天蓋てんがいに余さず散りばめられた数多の星が瞬いている。今、一筋の光が藍色の空を掠めた――流星。この丘の空では、休むことなく流星が空を翔けている。


 ユータは、エストマルシェの闘技場で、ファンと名乗る謎の人物から手紙をもらった。その手紙に同封されていた移動石を使うと、目の前が光に包まれた。眩しさで、ユータは目をつむる。

 行先は、常夜の国、トワイライト近辺の星降りの丘。


 ユータが目を開けた時、断崖絶壁に、一人の男が立っていた。

 男は、着物で、刀と脇差わきざしを腰に差している。


「よく、ここまできたな、


 男が振り返る。

 男は、悠太のことを知っていた。悠太は、初めて会ったこの男の喋り方や雰囲気が、記憶のどこかに引っかかっていた。


「何で僕を呼んだんだ」


 悠太は、当然の疑問を口にする。


「ここは、私のお気に入りなんだ」


 男は、茶目っ気を出す。


「っと、違うか」


 男は、頭を掻き、真面目な顔をする。


「君を呼んだのは、他でもない。君の力を知りたかったからだ」


 悠太は、男のまっすぐな目から、この言葉は真実だと分かった。


「構わないね? 」


 男が、刀を構える。

 悠太は、男の並々ならぬ気迫を見た。この男は、我を通す気だ。そして、それをできる力がある。

 悠太は、言葉を交わすのも無駄だと悟り、ひのきの棒を刀に変化させた。


「いくぞ」


 二人は、少しずつ間合いを詰める。男の足が、悠太の必殺の間合いに踏み込まれた。

 悠太が刀を振るう。男は、これを自らの刀で受け止める。

 二人は、数度打ち合い、再度、距離を取る。

 しばらく、お互いがにらみ合った後、男が構えを解いた。


「ありがとう。まあ、粗はあるが、及第点といったところかな」


 悠太は、男の言っている意味が分からなかった。


「これから、悠太には私を超えてもらわなければならない」


 男がそういうと、空の一部がキラリと光ったような気がした。

 光ったところから、何か、粒のようなものがこちらにやってくる。粒は次第に大きさを増し、それが隕石であると認識できるまでの大きさになった。


「星が、降ってくる」


「そう、この丘では、星が降るんだ。だから私はこの丘を、星降りの丘と名付けた」


 男は、悠太に背を向け、隕石を見据える。


「逃げなきゃ」


 悠太が必死に乞う。


「大丈夫」


 男は刀を鞘に納めた。悠太たちは、ここで死ぬかもしれない。しかし、男の落ち着き様が、悠太の中に違和感を生じさせた。


「見ているんだ、悠太。人は、ここまで強くなれる」


 男は腰に下げた刀に手を添え、抜刀の体勢に入る。悠太は、先ほど感じたこの違和感の正体が、この男なら大丈夫だという安堵感あんどかんであることに気づき、困惑していた。


秘剣ひけん星斬ほしき抜刀ばっとう


 男は小さくそう呟くと、刀を抜いた。いや、悠太が気付いた時には、刀は後だった。


「これが、剣聖と呼ばれた私の剣だ」


 想像を絶する速度で飛来した隕石は、悠太たちに当たる直前、僅か数十メートル上で、時が止まったかのようにその場で停止した。その異様な光景に飲まれ、悠太は、音も、臭いも、触覚も、すべてが感じられなかった。


 悠太は、あまりの出来事に、自分が息をするのを忘れていることに気付いた。悠太の喉が、鳴る。ビャウと、一陣の風が吹いた。


 ――剣閃。隕石を両断するように、一筋の閃光が走る。ようやく、悠太の時間が流れ始めた。


 隕石は、男の一撃で斬られていた。

 斬られた隕石は、空中で爆発四散し、数多の破片になり、二人を避けて飛散した。


「悠太は、私を超えられるかな?」


 男は、どこか嬉しそうに笑った。男の背中が大きかった。


「さあ、帰ろうか、悠太」


 男がそういうと、悠太の目の前の景色が次第にゆがんできた。


   ◇


 悠太は、今までいた世界とは違う、どこか地に足の着いた感覚がしていた。目は開いているはずなのに、目の前が暗かった。頭に重みがある。触ると、何か機械のようなものがついている。悠太は、それを外した。


 ゴーグルのようなものを外した悠太は、暗いところから明るいところに出たため、目が慣れていなかった。

 悠太は、しばらく目をしばたたかせると、ようやく明かりに慣れてきた。座っていた、リクライニングチェアから腰を浮かす。

 ここは、どこかで見た気がする。初めてこの部屋に入ったのは――。

 目の前に、人影があらわれる。悠太は、この人物を知っていた。


「父さん」


 悠太が目覚めたのは、父の書斎しょさいだった。


「なんでわざわざこんな大がかりなことをしたの」


 悠太の父は、悠太に対して、よくサプライズをした。悠太が呆れた声を出すと、愛情表現だよと言ってからかった。


「騙して悪かった。剣聖として、悠太をあの世界に連れて行ったのは、悠太に頼みたいことがあったからなんだ」


 悠太は、父に拉致されて、ゲームの世界に送られたのだった。


「普通に頼めばよかったでしょ。何でこんな強引にやったのさ」


 悠太が、父の目を見る。


「前に声をかけた時、下らないとか言って断ったじゃないか。だから、実際に体験してもらった方が面白さが伝わると思ってね」


 父は、別に悪意はないんだという風に続ける。


「楽しかっただろう?」


 父はころころと笑った。


「それで、僕に頼みたかったことって何?」


 悠太が茶化しにも動じないので、父は、居住まいを正した。


「そうだな。それじゃあ、本題に入ろう」


 父が咳払いをする。


「ちなみに、このゲームのことは知ってる?」


「厨時代でしょ。聞いたことがある」


「そうだ」


 父は、話が早いとばかりに、頷いた。


「まず、頼む前に、悠太にインセンティヴをあげよう。悠太には、今後、この機械を使わせてあげよう。つまり、厨時代のプレイヤー権をあげる。ただ、やりすぎもまずいから、一日三時間の制限つきだけど」


「それで、僕にやってほしいことって? 」


 父が、真剣な顔をする。


「悠太にやってほしいことは、二つある。一つは、このゲーム世界の創造主、赤林檎の証を探すのを手伝ってくれないか」


「何で僕なの?」


「お父さんは、仕事が忙しくてね。あまりゲームをする時間が取れないんだ。もちろん、出来る限りのサポートはするけど、主にやるのが悠太ってところかな」


 父が、厨時代の筐体きょうたいに触れて、話を続ける。


「そしてこの世界で、私を超えてくれないか」


「分かった。やる」


 悠太は、父の頼みに快諾かいだくした。それが自然な気がした。さっき、父の質問には答えなかったが、悠太は、今まで味わったことのない冒険が出来て、楽しかったのだ。


「そうか、ありがとう。詳しいことは明日話すから、今日は部屋に戻って寝なさい。明日も学校だろ」


 悠太が時計を見ると、夜中の一時を指していた。


「うん、おやすみ」


 悠太は書斎から出て行った。


 父は書斎の椅子に深々と座り、溜息をした。


「よかった。これで、問題なく計画に進める」


 父は椅子を反転させ、机の上にあるノートパソコンを起動し、ある画像を開いた。それは、ある人物がSNSに流した一件の投稿。


「やあ、待たせたね。やっと、僕の駒がそろったよ。切り札は、僕の息子の悠太だ。今のところ、期待の初心者ってところだが、彼は、私を超え、強くなってくれる。必ず君とのに勝って、君の野望を止めてみせるよ。――赤林檎」


 こうして、長い一日が終わった。

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