第17話 クローン茶人
「茶道とは、暗殺術のことである。古来から、連綿と歴史の裏で継承されてきたこの茶道が記述されている文献は少ない。神々の遊びとして神事に用いられた古事記では、神のみぞ知る理由で、意図的に
「人類の歴史において、茶道が初めて表舞台に出るのは、千利休が己の肉体と技を極限まで鍛え、かの有名な千システムを完成させた頃である」
「そう、時は、安土桃山時代。あの時代、茶を濁す程度しか影響力が無かった茶人は、千利休の登場から、乾いた血で服を茶に染めることから茶人と噂されるようになるまで、その影響力を高めていた。しかし、時代とともに茶人の心は次第に失われていき、現代のサラリーマンは、人は
「現存するのは、生きる伝説、千利休ただ一人となったのであった」
父親に拉致され、ゲームの中に連れて行かれる中学生など、この世のどこにいるのだろうか。父さんから赤林檎の証探しを頼まれた次の日、僕は怪しげな研究所に連れて行かれ、出会いがしらに、長々と茶人ヒストリーを語る筋骨隆々とした和装の男と対峙していた。
「これが、吾輩が誇るクローン茶人だ」
父さんの知り合いだという胡散臭い博士は、自慢の作品を他人に見せられて満足げだ。
「この厨時代の世界には、レベルという概念は存在しない。強くなるためには主に二通り。一つは、この世界に適応し、想像力を鍛えること。もう一つは、他人の心を揺さぶり、支持者を増やすこと。今日は、ユータに想像力を鍛えるトレーニングを行ってもらう」
耳につけた通信機から父からの指令が届く。父は、仕事場からskypeを使い、要所で僕を監視し、明確な指示を飛ばしてくる。
父さんは証集めよりも先に、僕のトレーニングを優先した。何でも、証を手に入れた場合、それを狙って襲ってくるプレイヤーがいるらしい。それらを考慮して、まずは力をつけることを優先すべきという話だった。
要するに、この茶人と戦って、経験を積めということらしい。素手の茶人は、腕を後ろに引き、勢いをつけて、貫手を繰り出してくる。
『
僕は貫手を刀で打ち払い、茶人の隙を待つ。しかし、茶人は隙を見せてはくれない。中々のやり手のようだ。
この茶人と対峙して分かったことがある。
茶人の言葉は、ただの妄言なんかではない。
最初は、何かの冗談かと思った。
茶道が暗殺術でないなんて、小学生でも知っている。しかし、この茶人の中では、茶道こそが真なる暗殺術なのだ。
この茶人は、心の底から茶の道を究めたと信仰している。茶道=暗殺術の世界を確立してしまっている。
想像力を鍛え、戦闘スタイルに個性を与え、自分のモノにする。この世界のルールが少しだけ理解できたような気がした。
そうこうしている間にも、茶人は明確な殺意をもって、僕の
巨漢に殺されかけるという経験は、いくらこれが、仮想現実の世界だと頭で分かっていても恐怖でしかない。しかも、普段なら相手の動きに対応できるはずが、足が竦んで、暁さんからもらったフットワークが生かせない。防戦一方、まさに、ジリ貧である。
僕は、この想像力が現実に現れるシステムの凶悪さを、実感として理解し始めていた。
「この世界では、行動が意識や感情に大きく左右される。必要なのはこうありたいという明確なイメージ。例えるなら、秘密のノートに書いた、自分の設定をイメージするんだ」
戦いの中で、僕はどうありたいのか、必死で考えた。
僕がいつも頭の中に思い描いているイメージ。人を危機から守り、クールに去っていく男。――称賛。
僕がなりたいのは、英雄。英雄に必要な条件は、死への恐怖心からの克服。
「死にたくない?」
僕は、本当に死ぬことが怖いのか?
セリカに、僕は無謀だと言われて気づいた。よく考えてみれば、無謀だと思える状況でも、意図しないところで、体が先に動いていた。恐怖以上の力に動かされて。僕は、この世界で、何度も死線をくぐりぬけてきたんじゃないのか。
そうだ、僕には、死よりも怖いものがある。惜しいのは命ではない、自分の中の灯が消えることだ。
「強くなりたい」
そうか、僕が本当に必要としているのは、自分を貫き通せるだけの、力だ。
「強くなりたい!」
刀を握る手に、力が入る。
「ユータの右目に、赤い光が――」
博士は僕の変わりように驚いている。茶人は、僕の変化に何かを感じたのか、本気を出してきた。
『
茶人は両腕を
僕は茶人の腕をかいくぐり、茶人の心臓に刀を突き立てる。
「リッパナチャジンニナッテイッテネ!」
最後の断末魔を上げながら、憐れな茶人は、眩い光を放ちながら、爆発四散した。
「少しはこの世界のシステムが理解できたようだな。だが、完全な理解には程遠い。しばらくここで、戦闘訓練を続けていなさい」
耳元で、父さんの声が響く。
「さあ、次は、もう少し強いぞ」
博士が、培養液の中から、次のクローン茶人を射出する。
どうやら、僕に休む時間はなさそうだ。
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