【外伝】 セリカの話
闘技大会の後、メイリアさんに言葉巧みに騙され、ほいほい付いて行った私を呪いたい。
私はかわいい服が好きではない。それは誇り高き魂を汚されることと同じだからである。
吸血鬼として生まれた私は、幼いころに、城主であった父が吸血鬼狩りに殺され、命からがら城を逃げた。
家が無く、飲まず食わず、放浪を続けていた私を、快く引き受けてくれた育ての母の元、強くなろうと、魔力の研さんを積んできた。
メイリアさんに頼み、私に似合う衣を作ってもらったのはよかった。しかし、その後がまずかった。
メイリアさんは、私を着せ替え人形にした。しかも、似合うからと、悉くかわいい服を選んで。
これも神の報いというならば、忌々しき神は、確実に、この世に存在する。悪魔が神に見放されているとは本当のことだったらしい。いっそのこと、見放されたまま、そっとしておいてほしかったが。
しかも、着せ替え人形にされ、魂を蹂躙されつくした私は、何をトチ狂ったのか、メイリアさんに、魔法の練習がしたいと頼み込んでいた。すると、メイリアさんは、この私を、笑顔で死地に送り込んだ。
その場しのぎのためとはいえ、強くなりたいと。吸血鬼として強くなりたいとメイリアさんに頼み込んだ私を呪いたい。
今、私は、魔法少女として、魔女、ヴェスタルさん率いる紅蓮魔導隊として空を飛んでいる。
「メイリアから聞いたよ。自分から強くなるためにアタシの元に訪ねてくるとは、若いのにいい心がけだね。アタシはヴェスタル。この西の森でしがない魔女をやっているもんさ。きっちり鍛えてやるから、覚悟するんだよ」
ヴェスタルさんは、笑顔が素敵な肝っ玉母さんだ。ルーンの描かれた魔導服に身を包んでいる。恰幅がよく、特に胸部装甲が凄まじい。……別にうらやましくなんてない。
「いえ、こちらこそ受け入れてくださって感謝しています。それで、この子たちは?」
ヴェスタルさんの隣には、私より二歳ほど年下に見える三人の女の子がいた。それぞれ、赤、黄色、紫の魔導服を羽織っている。
「ほら、セリカお姉ちゃんに挨拶しな」
ヴェスタルさんが三人を小突くと、おずおずと、順番に自己紹介をした。
「アサナだよ!」
赤い服の子が口を開く。八重歯が覗く笑顔がまぶしい元気な子だ。短いツインテールをフリフリさせている。
「ヒルラです」
こちらは黄色の服の子で、真面目そうな印象。おさげがかわいい女の子。
「ヨルダ……」
最後に口を開いたのは、紫の服の子。少し眠そうで、切りそろえられたおかっぱを、フードの下にしまっている。
「セリカ。これから私たちは、魔力をコントロールするための訓練をする。魔力量が一番少ない子の全開に、みんなの魔力量を合わせるんだ。ちょっと、セリカの魔法を見せてくれ」
私は、自分にできる範囲で、強力な火球を出した。
「セリカの魔力量は、後ろから二番目だね。それじゃあ、みんな、アサナに合わせるよ!」
ヴェスタルさんの合図で、五人は一列に並ぶ。
「目標は森に現れた不審城。近づくまでは、姿を消して進むよ」
不審城とは、自分の土地を持たないプレイヤーが、公共の土地に勝手に城を建国したものを言う。不審城は違法性から、ギルドなどで報奨金がかけられる。私たちのようなハンターは、報奨金目当てでよく城狩りをするのだ。とはいっても、城も迎撃設備は万全らしく、不審城の主も迎撃方法を研究し、最近の城は特に性質が悪くなってきているらしい。
ちなみに、この情報はメイリアさんに聞いた。
ヴェスタルさんが魔法陣を展開する。
『
私たちの体は迷彩を纏ったように見えなくなり、何事もなく、城の中に侵入することができた。
「城の中には動力源になっている核がいくつかある。まずはそれを潰すよ」
「ママ! 見つけた!」
ヒルラが叫んだ壁には、青白く明滅する結晶が埋め込まれていた。
「魔力同調!」
ヴェスタルさんの指示で、五人は一斉に魔力を溜める。
「
『
私たちは、息を合わせ、魔法を放った。しかし、私の魔法は威力が強すぎたため、五つの炎弾の魔力均衡が不安定になり、核へ衝突する寸前、上手く集約できず、拡散してしまった。
「セリカ、ちゃんと魔力同調させないと、核は壊れないよ。そんなんじゃ、暁の魔女の名が泣くよ! さあ、もう一回」
ヴェスタルさんは、失敗した私をいじってくる。早いところ上達して、その名前だけは呼ばせないようにしないといけない。
城の壁面が怪しく
「避けろ! セリカ!」
ヴェスタルさんの忠告むなしく、突如、地面から突き出した煉瓦柱の一撃によって、私は軽々と吹っ飛ばされる。
「セリカ! 大丈夫か」
ヴェスタルさんが私の元に駆け寄る。
「少し口の中を切っただけです。当たる瞬間、魔力を当たる箇所に集中させました」
私が口の端についた血を拭うと、ヴェスタルさんから、強烈な覇気を感じる。
ヴェスタルさんの方を振り返ると、ヴェスタルさんの瞳の色が、落ち着いた深い紫から燃えるような血の紅に変わっていた。
「よくも、私の弟子を傷つけてくれたね」
ヴェスタルさんを包む空気が、空間ごと魔力によって捻じ曲げられる。
アサナたちの方を向くと、やってしまったという顔をしている。
ヴェスタルさんは、言葉を酷く落ち着いた声で、しかし、一つ一つ紡ぎだすように放つ。
『
私たちは、城から大分離れた空中に移動した。私の体は、アサナたちが頑張って持ち上げてくれていた。
家を、朝に出たはずなのに、日は既に高く昇っている。
ヴェスタルさんが杖を構え、城を正中に見据え、言葉を紡ぐ。
『
ヴェスタルさんの周囲に、膨大な魔力の渦が起きる。
渦の中にいるだけで、私の魔力が深い水底、いや、星の底まで満ちているような感覚に襲われる。今なら、どれだけ強力な魔法を使い続けても、魔力が切れることはないだろう。
『
ヴェスタルさんの持つ魔力が明滅している。魔法を使う際、術者の魔力は、タイミングによっては、強くなったり弱くなったりする。それは、魔力が自然からの借り物であり、術者の近くに漂う魔力量によって魔法の威力も変わるからだ。そのため、普段は魔法を使う際の術者の魔力は、球体が一定周期で拡大縮小しているように見える。
ヴェスタルさんは、その拡大縮小のブレを極端に大きくし、最大値を強引に増大させていた。
『
ヴェスタルさんを形取る魔力が、三人分に増えた。これで、消費する魔力量は三倍になるが、その分、発動できる魔法も三人分になる。
「アタシたちを舐めた罰だ。悪い子は――」
『
ヴェスタルさんは、九発の火の玉を放った。大きさはコブシ大だが、周囲の空気に含まれる水分が、蒸発し、ジュウジュウと音を立てる。辺りの気温も上昇し、喉が渇く。
火の玉は、ゆっくりと、しかし、確実に城に近づいていく。
最初の火の玉が、城の端に当たった瞬間、周りの大地ごと、城の三割ほどを蒸発させた。城を抉り取った熱波が、遠く離れている私たちの頬を焼く。
二発目、三発目と城に直撃するにつれ、城の形が大きめの穴開きチーズに変わっていく。
九発目が当たるころには、城は既に瓦礫すら蒸発しきっており、後は大きく抉られた大地と、絶大な魔力が生み出したプラズマの残光がバチバチと音を立ててそこにあるだけである。
ヴェスタルさんが魔法を撃ち終わった後、雲が、城のあった上空に集まり、雷が鳴った。ポツポツと、雨が降り、雨脚は次第に早まっていく。
ヴェスタルさんの魔力は、その場から離れることなく、滞留している。残った魔力は、徐々に雨に溶け込み、赤い雨を降らせる。強い雨は次第に穴に溜まり、湖が出来た。
後の話になるが、この地に足を運んだ冒険者たちは、潤沢な魔力を含んだこの湖を魔女の湖と名付けたらしい。
「ママを怒らせちゃだめだよ。修行にならないから」
アサナが口を開く。
「ママの凄いところは、これだけの魔力量を持ちながら、核兵器並みの火力から、煮込み料理のとろ火まで、寸分違わぬ精度で調節できること」
「例えるなら、ロケットに使うネジの大きさを、マイクロ単位で、しかも手作業で合わせられる職人レベルのことを平然とやってのけられる。それがママだよ」
ヒルラは、得意げに続ける。
「身内を好きすぎるのが玉に瑕だけどね」
ヨルダは、やれやれといった顔だ。
「それじゃあみんな、帰ろうか」
ヴェスタルさんがとてもいい顔で笑う。
こうして、私の長い修業が始まった。
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