【外伝】 ナルミの話 その③

 家が、吹き飛んだ。

 家の周りの木々はなぎ倒され、森だったものが、見晴らしの良い更地になっていた。


 この大惨事は、優雅なランチ(その辺で採れた山菜のスープと堅パン)時に起こった。

 先日、東に大きな城が出現し、朝日が拝めなくなるという一大事件が起こり、日照権の侵害だと怒鳴り込みに行こうと息巻いていたところのコレである。

 幸い、城は跡かたもなく消えていたが、家の中にしまっておいたものがすべて外に放り出され、目も当てられない惨状になっていた。


 私は、爆風で外に放り出され、地面に顔から激突した。

 口の中に、苦くじゃりじゃりとした土の味が広がる。服も、泥まみれだ。

 顔をあげると、何事もなかったかのように、マイケルが不思議な踊りを踊っている。


つらい」


 いきなりのことで頭が混乱していたが、冷静になったらなったで、自分の不憫さに泣きそうになる。

 気が付いて上空を見ると、人影。五人空を飛んでいる。魔女か?

 影は、西に向かって飛んで行った。


「文句を言ってやる」


 私は、散らばった道具と資材を集め、壊れた家を直し、影が飛んで行った方角に向かって歩いて行った。


 三十分ほど歩いただろうか。森の木々を分けた道なき道の先に、家があった。


「前見たときは、未踏領域図ビジョナリーコンパスに載っていなかったのに」


 カバンの中に、地図を仕舞う。


「すいません!」


 かなり強めに扉を叩く。しばらくして、中から出てきたのは、ふくよかな体つきの、三十代前半の、女性。私より頭一つ大きい位置から、私を見下ろしている。


「なんだい。騒がしいね」


 女性は、嫌そうな顔で私を一瞥した後、視線を私の胸元に向ける。


「それは――」


 女性は、私の顔とペンダントを交互に見比べながら、固かった表情が、何かを察したように柔らかくなる。


「入りな」


 それだけ言うと、女性はさっさと家の中に入っていってしまった。


 家の中は、何か甘いにおいがした。おそらくオーブンでクッキーでも焼いているのだろう。

 女性は、部屋の中央にある椅子に座り、机をはさんだ向かいにある椅子に、私を手招いた。

 私が椅子に座ると、女性の合図でキッチンからティーカップと、ポットがやってきた。

 女性が指を鳴らすと、机の上におかれたポットからは湯気が立ち上った。

 女性は、ポットから二人分のカップに液体を注ぐ。よく見ると、注がれたのは、紅茶だった。


「アタシはヴェスタル。この森で魔女をやっている」


 ヴェスタルと名乗った魔女は、紅茶を私の前に置いた。


「それで、用はなんだい」


 そういうと、魔女は、自分の分の紅茶をすすった。


「私はナルミ。あなたの魔法で、家が壊されました」


「家が壊れた」


 私の用事を聞くや否や、魔女はいきなり笑い出した。目には涙を浮かべている。


「ああ、悪かったね、さっきは。弟子たちの修行でね、この辺に住んでいるのはアタシたちだけかと思ったんだ」


 丁度クッキーが焼けたらしく、オーブンの音が鳴った。魔女は、指で合図をすると、クッキーが空を飛んできた。そのまま魔法でクッキーを皿に乗っけて机の真ん中に置く。


「最近引っ越してきました。それにしても、城一つを破壊するのにあの規模の魔法を使わなくてもいいじゃないですか」


 私は、焼きたてのクッキーを口に頬張る。香ばしい香りと、ほのかな甘みが口に広がった。チョコクッキーだ。サクサクとした小気味よい食感が癖になる。


「今日は新入りが入ったのさ。丁度アンタくらいのね。で、あれを撃つことが、あの娘にとって成長につながると思ってね」


 魔女も、クッキーをつまむ。


「成長? あの魔法が?」


 魔女の言っていることが腑に落ちない。


「あの魔法を見せる意義は三つある。まずは、攻撃を受けたことに対する戒めだね。魔法使いは、例外を除いて一撃も当たらないように立ち回るもんだ。前に、下の娘たちにも魔法を見せたけど、下の娘たちはあれ以来一撃も喰らっていない」


 魔女は指を空中で、くるくると回転させ、続ける。


「次に、あの規模の魔力を肌で感じてもらうことだ。もし、自分たちがあれだけの魔力を持っていたら。そして、使うとしたら。それには使い方のセンスだけではなく、責任も伴う。今から、膨大な魔力の使い方を具体的に考えておくのも、今後は必要になってくるだろうさ」


 魔女は、クッキーでパサついた喉を、紅茶で潤す。


「最後に、到達点を見せた方が、自分の向かうべき道が見出しやすいんだよ」


 魔女の理屈は大体分かった。要するに、私の家は、弟子とやらの修行のついでに吹き飛ばされたらしい。どう考えても、はた迷惑な話だが。


「それで、ヴェスタルさんと修行を続けていると、凄い魔法使いになると」


 修行、ということは、今後も、巻き添えをくらう可能性は十分あるわけだ。そうなった場合、こちらもあらかじめ何かしら手を打っておく必要がある。それに、相手は魔女だ。交渉も、長引くかもしれない。


「いや、もうやらないよ。アンタに迷惑かけちまったことだし。悪かったね」


 魔女は、案外あっさり謝罪した。


「へ?」


 私は、拍子抜けして、変な声を出した。


「私が一緒に行ってやるのは最初の一回だけさ。強くなりたけりゃ、後は自分で勝手にやればいい。強くなりたくないなら、やらなくてもいい。決めるのは自分さ」


 ヴェスタルは、私をちらりと見た。


「アタシからも一つ聞いてもいいかい」

「それは誰にもらった」


 ヴェスタルは、私のペンダントを指さした。


「ミライという人にもらいました」


「アンタ、ミライに会ったのかい」


 ヴェスタルは、ミライの名前を聞き、目を丸くした。


「あの、ミライさんとは、どういった関係で」


「なに、古い馴染みさ。そうか、ミライがね」


 ヴェスタルは、楽しそうに一人、頷く。


「アンタには悪いことをしたね。お詫びと言ってはなんだが、アタシにできることなら何か一つだけ手伝ってやるよ」


「本当ですか」


 この魔女は、やけに聞き分けがいい。何か裏でもあるのか。


「魔女に二言はないよ。そのペンダントに誓って」


 何か、ペンダントに秘密があるのか。


「分かりました。考えておきます。それで、このペンダントは」


「ああ、それはちょっとしたまじないみたいなものさ。ミライとした約束のね。昔、アタシはミライに助けてもらったんだ。その恩を忘れないように、そのペンダントを持った人間を、今度はアタシが助けるために、昔、それをミライに渡したのさ。だからアンタも、誰かに助けられたらそれを渡すといいよ。人助けはいいことだからね」


 ヴェスタルの意外な内面を見れて、少し嬉しかった。感慨に浸っていると、玄関から靴の音がする。


「おや、帰ってきたようだね」


 玄関の扉が開く音がした。


「ヴェスタルさん。ただいま帰りました」


 帰ってきたのは、魔導士の格好をした女の子だった。


「お帰り、セリカ」


「あら、あなたは」


 セリカが私に気づいた。


「初めまして。私はナルミ」


 セリカをよく見ると、服装は地味なものの、顔だちもよく、女の子らしい可愛らしさであふれている。


「私はセリカ。こちらこそよろしく、ナルミ」


 セリカは、まぶしい笑顔をこちらに向ける。


「それじゃあ、私は席を外すよ。セリカはこっちに来てあんまり話し相手もいないから仲良くしてやってくれよ。じゃあ、後は年の近い二人で」


 ヴェスタルは、席を立った。帰り際、手際よく、魔法で新しいカップを用意し、セリカ用の紅茶を注ぎ、机の上に置く。


「セリカって、今日ここに来たの?私も、最近引っ越してきたの」


 セリカが椅子に座り、紅茶を一口すする。


「そうよ。知り合いの紹介でね」


「何でナルミはこんな木しかないようなところに来たの?」


 私が初めてここに来たときに思った感想を、セリカも感じていたようだ。

 苦労を共にできる仲間がいて、嬉しい。


「この辺に村でも作ろうかなって。最初は田舎暮らしをしようとしたんだけどね。人がいないから」


 人がいないなら連れて来ればいい。足りないものがあるならば作ればいい。それが私のスタンスだ。


「そうだよね、人がいなくて。私も、同年代の友達がいなくって。ねえ、ナルミ、よかったら友達になってよ!」


 自分のやりたいことを正直に話す。それだけで、人とのつながりが生まれることだってあるのだ。今の私に、闇から差し込んだ一筋の光に等しい申し出を、断る理由なんてない。


「もちろん!」


 思いがけないところで、友達ができた。


「そういえば、セリカって、何で魔法使いになろうと思ったの?」


 こんな森に一人で来て、修行に明け暮れるなんて、年頃の女の子が考える発想じゃない。何か大きな理由を持っているのではないか。


「私は、吸血鬼……いや、力を、手に入れて……。うーん、うまく言えないけれど……。」


 何度か、言いよどみつつも、セリカは、必死に言葉を紡ぐ。


「私は――なりたい自分になりたい」


 その一言を放ったセリカの眼は、まっすぐだった。やわらかい匂いを乗せた風が、私の傍を通り抜けた気がした。


「分かるよ。私だって本来の自分になりたいもん。だからこうして頑張っているんだ」


 私の目標ゆめ。いつかは、私の発明品を生活に役立ててくれる、大きなコミュニティを作ってみたいな、なんて、そんなことを考えた時もあった。大きな夢は、人を前進させるが、時として人を潰す。私は、その狭間で苦悩している。実際、夢に潰され、二度と夢を追いかけなくなった人間を何人も見てきた。だから私は、大きな夢と現実の間を、たとえ小さくても、一歩ずつ進むことに決めたのだ。


「ナルミも?」


 私は目の前で頑張っている健気なセリカのために、頷いた。

 今まで、一人で頑張っていたのだろう。初めて自分の気持ちを分かち合えた喜びから、セリカの顔が、ぱあっと明るくなる。


「そういえば、村を作るって、具体的にどうするの?お金もいるだろうし、人手もいるでしょ?」


「お金は、このあたりの資源を街に売りに行く。人手は、街で調達するか、発明品で何とかするかな」


「発明品?」


 セリカの目が輝く。私はカバンの中からいくつか手頃なものを出す。


「これが発明品。セリカにも何か作ってあげようか」


 セリカは、私の提案に、何度もうなずく。

 私の発明品をこんなに興味深そうに見てくれるとは、いい子だ。涙が出る。


「セリカって、かわいいね」


 つい、思っていたことを口に出してしまった、訂正しようとしたが、遅かった。


「そう? まあいいか、この姿は仮初の姿だし」


 セリカは、言われなれているのか、強い拒絶はしなかったが、一瞬、少し複雑な顔を見せ、すぐに元のかわいい顔に戻った。


「かわいいって言われるの、嫌なの?」


「昔、いじめられてからね。あまり好きじゃない」


 地雷を踏んでしまったと焦ったが、あまり気にしてはいないようだ。椅子の上で、地面に届かない足をぷらぷらさせている。聞くと、自分より二歳年下のようだ。これは大変、庇護欲ひごよくがくすぐられる。


「ねえ、セリカに発明品あげるからさ、妹にならない?」


 セリカの後ろに回り、手を、セリカの前に回す。


「じゃあいいです」


 セリカはむっとした顔をした。おそらく、子ども扱いはされたくないのだろう。


「大丈夫だよ」


 セリカをがっしりと抱きしめたまま、頭を優しくなでる。


「ちょっと、離して、よしよししないで」


 腕の中から出ようとするセリカを、離さないよう、力を入れる。頭一つ分の体格差があるため、セリカは抜け出すことができない。それにしても、反抗する姿もかわいい。


「こら、大人しくよしよしさせなさい。私の方がお姉ちゃんなんだから」


 お姉ちゃん。いい響きだ。


「というかお姉ちゃんって呼んで。呼びなさい」


「何で初対面なのに、そんなに強引なんですか」


 セリカは、必死の抵抗むなしく、よしよしされ続けている。


「強引でなければ、新たな地平は開けない。それが開拓者というものだよ。セリカちゃん。そして私は生まれた時からお姉ちゃんだ?」


 きまった。


「何か、カッコいいこと言おうとしてますけど、全然カッコよくないですから!ヴェスタルさん、助けて!」


 セリカは、奥の部屋で本を読んでいるヴェスタルに助けを乞う。


「アタシのことをママって呼んでくれたらね。ふふ」


 ヴェスタルもヴェスタルで、私たちの騒動を楽しんでいる。ヴェスタルは、私たちを尻目に、お茶をすすった。


「もう、私の周りはこんな人ばっかり!」


 その後、怒ったセリカが魔方陣を展開したため、この騒動は落ち着いたが、しばらく、セリカは私のことをと呼んだ。

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