第21話 帰れ。お前は足手まといだ
「セリカを助けたいんです」
夕方、セリカ誘拐事件の発端が訪ねてきた。
扉を開けると、頭一つ分下から切羽詰った声がした。
「帰ってくれ」
そう言うと、和装のガキは一瞬たじろいだ。
大方、誰かの紹介で来たんだろう。そいつから、アタシが協力してくれるとでも聞いていたのか、断られるとは思っていない様子だった。
その証拠に、アタシを見上げる目を白黒させている。
「動画で見たよ。あっけなくやられちまって」
「それは――」
ガキが言い訳しようとするが、アタシはそれを許さない。
「お前のせいでセリカが攫われたようなもんだ」
その一言で、ガキは押し黙る。
「セリカは私たちが何とかするお前は足手まといだ」
今朝、セリカが鼻歌交じりで出かけて行ったのを見て、訝しんではいたが、そうか、相手はこいつだったのか。
実際に見てみるとただの生意気そうなガキだ。
「お願いします。力を貸してほしいんです」
ガキは、土下座をした。土下座というのは、頭を下げる価値のあるやつがするものだ。大方、土下座をすればアタシが折れるとでも思っているのだろう。そういった考えが透けて見える。勘違いも甚だしい。
「駄目だね。力のない奴に貸すものなんか何も無いよ」
ガキは、俯いたまま、アタシの話を聞いている。
「それに、アタシが力を貸したからって、勝算はあるのか」
ガキが、顔をあげる。
「あります」
その言葉を聞き、アタシは、体の底から魔力を解き放った。それは、魔法使いの殺意ともいえる魔力の塊。
ガキは、何が起こったのか分からないまま、その場にくずおれた。
「格上の相手から魔力をぶつけられると、魔力酔いが起きる。ろくすっぽ魔法に秀でていない奴には特にね」
今、強烈な眩暈が襲っているのだろう。口を押え、嗚咽を漏らしている。しばらく、立っては歩けまい。
「セリカはここに来た時点で、アタシの魔力酔いを克服していた」
ガキが恨めしそうな顔でこちらを見る。
「分かっただろう。アンタは弱いんだ。大人しく街に帰って、コトが終わるまで待っているといい」
アタシが扉を閉めようとすると、それをいさめるように、アタシの肩に手が置かれた。
「そう言うなって。ユータ君も必死なんだし」
奥から現れたのは、暁だった。
「それに、アサナちゃんたちを向かわせるくらいなら、私は、ユータ君を推すぜ」
暁は、扉から顔を出し、ユータを見止める。
「やあ、ユータ君。久しぶり。声で分かったよ」
「暁さん!」
「なんだ、暁、こいつと知り合いなのかい」
「ああ、ユータ君は、私の顧客でもある。ささ、ユータ君、そんなところに居ないで中へお入んなさい」
そう言って、家主の意向とはお構いなしに、暁がユータを招き入れた。
◇
ユータが家の中に入ると、壁際に椅子が置かれ、そこにアサナ、ヒルラ、ヨルダの三人が、神妙な面持ちで座って居た。
三人には、それぞれの体に合わせた
「そうはいってもね、暁。どう考えても無謀すぎるんだよ」
ヴェスタルは、暁に食い下がる。
「大丈夫だよ、ヴェスタル。無理を通すために、私たちがいるんだから」
ヴェスタルは、それでも不服そうに、ウンウン唸っている。
バタン――。
その時、玄関の扉が開いた。
「こんにちは。注文の品、お届けにあがりました」
やってきたのはナルミだった。背中には、持ち手がついた、長い板のようなものを背負っている。
「どうしたナルミ、アタシは何も注文していないけど」
「いや、さっき、ヴェスタルの家にいる男の子に渡してくれって連絡が入って」
そういうと、ナルミは家の中につかつかと入ってきた。
「えっと、注文した客は――」
ナルミはユータを見つけると、まじまじと観察した。合点がいったようにハハンと大きく頷く。
「アンタがセリカの男か」
ナルミが、ユータを舐めるように値踏みしながら、一語一語、言葉を紡ぎだす。
「いや、まだ付き合っては――」
ナルミに付き合っている男と言われたが、実際には告白したところで攫われたので、まだ返事も聞いていない。否定しかけた瞬間。
「アンタがセリカの男かー!」
ナルミの中で何かが沸騰したのか、いきなり大きな声で叫んだ。その勢いに呑まれ、ユータは頭が真っ白になる。
「お姉ちゃんは許さんぞ。許さんぞー!」
愛しの妹(仮)を、どこの馬の骨かもわからないユータに獲られたとあって、ナルミは怒りでわにゃわにゃと動いている。
次第に落ち着いてきたのだろう、ナルミはここに来た目的を思い出し、背中に背負っていたものをガサゴソと取り出した。
ナルミは、ユータの前に、一振りの機械刀を差しだす。
「さっき、注文が入ってね。アンタに渡してくれだとさ」
ユータは、注文を入れたのが父ではないかと直感した。
父は、ユータからの連絡があった時に、ナルミに話をつけておいてくれたのだろう。だから父はユータにヴェスタルを紹介した。
「魔法石を私お手製の機械刀に埋め込んだ。これなら、アンタの鬼の力とやらも刀を通して十分に発揮できる」
ユータは、ナルミから刀を受け取り、握ってみた。不思議と、手にしっくりと馴染む。
「銘を付けると……そうだな。さしずめ、
ユータは、鬼骸刀を受け取り、腰に据え付けた。
「ありがとう、ナルミさん」
「勘違いするなよ。これはセリカを助けるためなんだからな」
「分かった。必ず助けてくるよ」
ユータがナルミに深く感謝をすると、今度は暁が声をかける。
「それじゃあ私は、その刀に合わせて、ユータ君の戦闘スタイルをアップデートしてあげるよ」
「お願いします。暁さん」
「それじゃあ、このチップデータを使って」
ユータがチップを受け取ると、手の中に吸い込まれるようにチップが消えた。
次の瞬間、ユータの頭の中に、明確なイメージが流れ込む。それは、身体の奥から出た鬼の力が、刀の中に吸い込まれていくような感覚。気づけば、刀が鬼の力に染まっていた。
「それは、己の刀を媒介にして、鬼の力を完全にコントロールしきる、刃鬼統一の秘儀。名付けて、『
「鬼哭……錬刃」
ユータは、己の中の鬼が、居住まいを正し、自分の忠実な僕となっていることを想像した。
「後は――」
暁は、ヴェスタルを見た。
「分かったよ……」
ヴェスタルは、バツが悪そうに頭を掻いた。
「アタシからはそうだね」
そういうと、ヴェスタルはユータの足元に魔法陣を起動し、魔力を開放する。
『
ユータの身体が薄らと極彩色の光に包まれている。
「まあ、これで多少は魔法に耐性はつくかね」
ヴェスタルは、椅子に座って居たアサナたちを起こし、ユータに従わせた。
「アサナたちも連れて行きな」
アサナたちは、ユータの眼を空虚な目で見つめる。
【ユータを認識しました】
「よろしくね。お兄ちゃん!」
アサナたちの眼に光が灯った。
「もしかして、AI?」
ユータがヴェスタルの方を見る。
「そう、この三姉妹は私の可愛い娘たちさ」
アサナたちは、ユータに、精一杯の愛嬌をふりまいている。
「くれぐれも、傷付けるんじゃないよ。とはいっても、アンタよりこの娘たちの方が役に立つとは思うけどね」
ユータは、頷き、玄関の扉に手をかける。
「それじゃあ、行ってきます」
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