第27話 邪教
「ガッ…」
「グッ…」
俺の拳を受け、洞窟の前にいた見張り二人は鈍い声を上げ崩れ落ちた。
その二人を見下ろしながら、少し前に考えたカッコいいポーズを決める。
その様子を遠くから伺っていたアルビダと少年が、足音を立てずに此方へ駆け寄って来る。
「お前らはここで待ってろ。中には俺一人で行く」
ビシッと更なるポーズを決めつつ、二人に告げる。
「わかりました。お気をつけて」
「あんたいつまでそれ続けるつもり?はっきり言って気持ち悪いわよ」
酷い言われようだ。
まあそろそろ飽きてきたから止めるとしよう。
「わかったよ。じゃあ誰か逃走しそうになったら、ちゃんとここで押さえろよ」
「お任せください」
「見た目は子供でも、能力に変わりは無いからね。ちゃんとポエリをサポートするよ」
「んじゃいってくらあ」
俺は軽く手を振り洞窟へと潜入する。
この洞窟はカルト教団の祭壇となっている場所だ。
ここにクシン村の人間は連れ込まれている。
クシン村で井戸水を調べたところ、予想通り毒物が発見され、俺は魔法でその毒物の動きを逆行しここまで辿り着いている。
洞窟を進むと、奥からムッとする血の臭いが漂ってきた。
その臭いに思わず俺は顔をしかめる。
実際の所、少年達を入り口に置いてきたのは撃ち漏らしを仕留めさせる為ではない。
この洞窟は大きいが一本道だ。
そんな状況下で、勇者である俺が敵を見逃す事等あり得ないからな。
なら何故か?
理由は簡単。
洞窟の奥から、強い血の匂いが漂ってきていたからだ。
カルト教団が金品を無視して人を攫う。
この状況下で考えられるのは、洗脳による改宗か、生贄のどちらか位だ。
そして今回は後者だったという訳だ。
事前に魔法で中の状況を確認していたため、俺は二人を外へ残した。
アルビダは兎も角、流石に少年に見せるには余りにもショッキングすぎるからな。
全員の首が刎ねられ、祭壇の上にぎっしりと生首が積み上げられている様は、まさに悪夢だ。
俺も夢の中でなければ、確実に吐いていただろう。
なんで夢の中でこんな胸糞悪い物見せられにゃならんのだ。
今日の夢は最悪だぜ。
▼
カルト教の信徒達が膝をつき、生首の積み上げられた祭壇に熱心に祈りを捧げている。
信徒達の出で立ちはまちまちだが、皆顔に異様な黒い仮面を被っていた。
その数およそ50といった所だ。
洞窟の奥には広い空間が広がっており、そこが奴らの祭儀の間となっている。
首を刈り取られた遺体は祭儀の間にはない。
祭儀の間を通り抜けた先に、大きな縦の亀裂があり、村人たちの遺体はそこから投げ捨てられたのだろう。
そういえば夢は本人の深層意識や、願望の表れだと昔テレビで見た事がある。
じゃあこの生首コレクションは俺の願望か?
部屋で楽しそうに、太ったまどかの首を掲げる自分の姿が一瞬脳裏に過る。
いやいやいやいや!無いからね!流石にそれは!
いや、無いよね?大丈夫だよね?
嫌な妄想からくる懐疑。
しかしそんなものに呑気に浸っている場合ではないと、気持ちを切り替える。
さて、どうしたものか。
魔法で一掃するのが一番楽なのだが、それだと首まで吹き飛んでしまう。
こんな目に遭わされたんだ、せめて残った首だけでもちゃんと埋葬してやりたい。
となると方法は一つだな。
俺は呪文を素早く唱え、魔法を展開する。
次の瞬間光の結界によって、出入り口が封鎖された。
――逃げ場を潰して対処する。
祈りを捧げる信徒達は一心不乱に祈りを捧げているせいか、異変にまるで気付きもしない。
どんだけ熱心に祈りを捧げてんだよ。
まあいい、祈りを捧げて様が無かろうがやる事は変わらん。
俺は祭儀の間に飛び込み、手近な信徒の背を手刀で突く。
ぼごっという鈍い音と共に、俺の手刀は信徒の背中に吸い込まれ心臓を貫いた。
手には肉を貫く嫌な感触が残るが、俺の行動に迷いはない。
祭主以外は皆殺しにする。
これだけの事をやらかした連中に、情けをかけてやる程俺も優しくはない。
こいつ等にもひょっとしたら事情があるのかもしれないが、それを考慮するには、奴らはやりすぎた。
俺は次々と居並ぶ信徒達の心臓を突き破る。
異変に気付いた連中が祈りを中断し、悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、出入口となる場所は先に結界で封鎖してある。
俺は逃げ場を求め右往左往する信徒達を、淡々と一人一人処刑していった。
「き!貴様何者だ!さては邪神の手の物か!!」
最後に一人残された祭主が大声で怒鳴る。
何が邪神の手の物だ。
それはてめーだろうが。
残念ながら、こいつだけは殺す訳には行かない。
この教団が此処だけの物か、もし他にあるのなら、その情報を引き出す必要があるからだ。
一応保険として、入り口で見張りをしていた二人は殺さず確保しているが、祭主と思われるこの男の方がより有益な情報を引き出せるはず。
「おのれ!許さん!許さんぞ!!」
そう叫びながら、男は右手に持った小さな杖を天に掲げる。
するとその杖から、地獄の底から轟くかの様な怨嗟の呻き声が響き渡った。
マジックアイテムか!
気付いて男の持つ杖を手刀で砕くが遅かった。
祭壇のあたりから黒い靄が発生し、捧げられていた首がすべて呑み込まれる。
首を飲み込んだ靄が膨れ上がり、人形を形成していく。
やがてその靄は、実態を伴った物質へと姿を変える。
ボロボロの赤黒いローブを纏った、骨だけの存在へと。
リッチか…
生前強力な魔力を持ったものがアンデッド化した魔物。
男の持っていた杖は、リッチを生贄召喚するマジックアイテムだったようだ。
リッチは強力な魔物ではあるが、所詮俺の敵じゃない。
だが……
くそが!
犠牲者達の首が全てのみこまれてしまった。これでは弔ってやる事も出来ない。
何処までも胸糞の悪い奴らだ。
祭主の男を睨むが、その男は現れたリッチに祈りを捧げるかの様に跪く。
「我を呼び出したのは……」
「
リッチに向けて無詠唱で魔法を放つ。
手から放たれた聖なる光の奔流はリッチを覆い尽くし、そのすべてを否定する。
光が収まった後には、リッチの姿は影も形もなくなってい……あれ?
「やれやれ随分と短気な人間だな」
魔法の直撃を受けたにもかかわらず、リッチはまったく気にした様子もなく、こちらへと話しかけて来る。
そんな馬鹿な…
洞窟内という事を考慮して威力をだいぶ絞ったとはいえ、俺の魔法だぞ?
しかも弱点の聖なる力がこもった魔法だ。
それが直撃して無傷となれば、相当厄介な敵であることが窺える。
少年達を残してきて大正解だ。
「貴様が我を呼び出したのか?」
「俺なわけないだろう!ボケ!」
「では、お前か?」
「は、はい!我らが神よ!」
「ならば褒美をやろう」
リッチの骨だけの手が黒く輝く。
その手を男に向けると、男の体から黒い炎が吹きあがる。
「おおおおおおおおがああぁぁぁああああああ」
炎に包まれた男の体が、異形の姿へと変貌する。
肉体は黒く、筋骨隆々に盛り上がり、身に着けていた衣類を弾き飛ばす。
その大きな背からは、蝙蝠の様な翼が生え。
顔面に到っては、先程から身に着けていた面と同化し、まるで悪鬼のような形相を象っている。
デーモン。
高い身体能力と強大な魔力を持つ高位の悪魔。
リッチと同等、もしくはそれ以上の力を持つ魔物だ。
何でリッチ如きがデーモンを生み出せるんだ?
俺の魔法に耐えた事といい、同等以上の魔物を生み出した事といい。
こいつ只のリッチじゃないのか?
「神よ、どうぞわたくしめに、あの不届き物を始末する機会を頂けますでしょうか」
デーモンが跪き、リッチに伺いを立てる。
「ふむ、よかろう。では後は任せたぞ」
「はは!」
逃がすかよ!素早く呪文を唱える。
今度は手加減なしの全力だ!
「させるか!!」
雄叫びを上げ、デーモンが此方に詰め寄る。
デーモンは巨体に似合わない素早い動きで一気に間合いを詰め、その圧倒的な腕力から生み出される破壊の一撃を、俺へと振るってくる。
間に合わない!このままでは直撃する。
そう判断した俺は、詠唱を破棄し、デーモンの一撃を片手で受け止めた。
「ほう、我が僕の一撃を受け止めるか」
「お褒めにあずかり光栄だよ。今直ぐ殺してやるからそこで待ってろ」
「貴様!神に向かって何という口の利き方か!!貴様こそ今直ぐ殺してやる!」
「だそうだ。悪いがこれで失礼するとしよう」
そう宣言するとリッチは呪文を唱え始める。
「させるかよ!どけ!」
目の前のデーモンを蹴り飛ばし、リッチに迫る。
間合いに入る直前に腰の剣を抜き放ち、そのままの勢いで奴に振るう。
だが剣が振りぬかれるよりも一瞬早く、奴の詠唱が完了し、魔法の光に包まれ消えてしまう。
「ちっ!転移魔法かよ!」
「貴様の相手は私だ!」
すぐ背後からするデーモンの声に振り返りつつ、剣を振るう。
背後を取り油断していたのだろう。
俺の斬撃が奴の腕を斬り飛ばした。
「がああああ」
「へっ!背後とりゃ死角で安全だとでも思ったのかよ!」
俺に死角はない。
勇者としての超感覚が、俺に周りの状況を詳細に把握させるからだ。
「おのれ!」
「うっせぇんだよ!!」
続く一撃が、怯んでいたデーモンを真っ二つに。
ゆっくりと二つに分かれ、崩れていくデーモンの体を眺めながら、俺は舌打ちする。
くそっ!大失態だ。
初めからデーモンを剣で先に始末していれば、奴に逃げられることは無かったはず。
最悪だぜ。
だが本当の最悪は、この後すぐに訪れることになる。
まさか少年たちがリッチに連れ去られていようとは、冗談抜きの最低最悪の悪夢だ。
▼
PIPIPIPIPIPIPIPIPIPIPIPIPI
アラームを止め、ゆっくりと体を起こす。
気分は最悪だ。
夢の中とは言え、アンデッドに仲間を連れ去られては、とてもじゃないが楽しい気分にはなれない。
「くそが!」
ベッドから起き上がり、悪態をつきながら強く壁を蹴る。
苛立ちを何処かにぶつけたかったのだが、蹴りが壁に当たった瞬間、轟音と共に壁が吹き飛ぶ。
「………………え?」
嘘……だろ?
何が起こったのか一瞬理解できなかったが、これだけは分かる。
最悪の夢から始まった最悪の一日が、今から始まる事だけは。
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