第13話 魔法

はー、だるいだるい。

せっかくの休みだというのに、経理の婆に買い物を付き合わされる羽目になろうとは……

夕方から用事があるって事で、さっさと切り上げさせて貰ったが、晩御飯を家でどう?とかマジで勘弁してくれ。冗談抜きで貞操の危機を感じたわ。


あの婆無駄に色気づきやがって。

まあ俺と同い年を婆と呼ぶのはさすがにあれか。

しかし俺も十分おっさんと呼ばれる年頃だからなぁ。やっぱり婆で間違ってないな。


以前ミスした時に助けてもらった恩があるから付き合ったが、その恩を今回の件で返した以上、これからは出来うる限り近づかないようにしておこう。

せめて胸がデカけりゃ選択肢として……………うん、ないな。

何故なら顔が可愛くない上に、自信満々でなんかむかつくから。


せめて一途に俺を思っているとかならまだ可愛げも在るんだが、婚期を逃して焦っているせいか、手当たり次第にアピールしてやがるからな。

本気で結婚する気があるのか逆に心配になるぜ。


まあいい、婆の心配なんかしててもしょうがない。

さっさと家に帰って、飯食って早めに寝よう。

さて、今日はどんな夢がみれるかな?


昨日は確か、粗チン野郎のお願いがどうのって夢だったよな。

せめて美女の精霊とかにしてくれればやる気が出るっていうのに、なんで蜥蜴なんだよ。

アルビダも小さくなっちまったし、楽しみ半減だよなぁ。

あーあ、今日こそいい夢であってくれよー。


「あぶなーい!」

「へぁ?」


何かが顔に飛来してきたので、とっさに手でキャッチする。

手にした物を確認してみると、軟球のボールだ。


「すいませーん!だいじょうぶですかー!」


大きな声で此方の安否を確認する声を張りながら、少年が此方へと駆けて来る。


「おいおい、危ねーなー。こんな狭い公園で野球なんかすんなよ」

「す、すいません」

「せめてやるならもっと柔らかいボールにしろよ」


そう言いながら少年にボールを投げ返す。


「すいませんしたー!」


ボールを受け取った少年は、五月蠅いおっさんからとっとと逃げ出すかの様に走り去っていく。

あーあ、こりゃ絶対俺の忠告無視するな。

これだからガキは嫌いなんだよ。


しかし俺、よくあんなの咄嗟にキャッチできたな?

元々反射神経は悪い方ではない。とは言え、もうおっさんと言っていい年だ。

急に飛んできたボールを、咄嗟にキャッチ出来る程の反射神経が残っているとは到底思えない。


もしかして、夢の中とは言え色々な場所で冒険してきた成果かな?

ってんなわけねーか。

自分のくだらない妄想に思わず苦笑いする。

どれ、本当に成果が出てるんなら、一つ魔法でも使ってみるか!

馬鹿々々しいと思いつつも、小さく呪文を唱える。


「フレア!なーんて」


言葉を言い終えるよりも早く、掌から光の玉が高速で植え込みに飛んでいく。

そして光球が植木に触れた瞬間爆散し、その衝撃波で植え込みの木がへし折れ、吹き飛ぶ。


「……………………え!?」


あれ?えーっと、今って夢の中だっけ?

辺りを見回すと、音に驚いた人達が木の周りを指さしながら、驚きの声を上げている。


「何あれ?」

「テロ?コワーイ」

「やばくない?警察に通報した方がいいんじゃ?」


どうやら俺のせいだとはばれていない様だ。

こういう時は逃げるに限る。

俺は目立たないように公園を後にした。


「どうなってんだいったい?」


そう言いながら自分の掌をまじまじと眺める。

あの光球は確かに自分の手から放たれたものだった。

魔法が使える?いや、自分は魔法など使えない。

そもそも夢の中ならともかく、現実に魔法を使える人間などいるはずがない。


最初はこういう夢かとも思ったが、顔を思いっきり両手ではたいた所、普通に痛みを感じたので恐らくは違う。ひょっとしたらさっきのは幻覚で、勘違いかもしれない。そう思い到り、もう一度今度は別の魔法を使ってみる。


サーチアイ!

魔法を使うと壁が透け、隣の部屋が透けて見える。

自分と全く同じ間取りの部屋だ、違うと言えば、家具の類が隣の部屋の方が若干良いもの使ってる位だろうか。


っ!!!!!!!!!!!

これは!?


エロ本発見!!

隣のおっさん紳士然とした奴なのに、こんなえぐい趣味してやがったのか!!!

ってどうでもいいわ!!

何をやっているんだ俺は、今重要なのは隣のおっさんの趣味ではなく、俺が魔法を使えてるって事だ。


これは不味い。非常に不味い。

魔法が使えたら便利だろうなとか、かっこいいだろうなとか思うかもしれないが、現実で魔法を使えるのは非常に不味い。

恐らく村八分レベルでは済まない。良くてモルモット、悪けりゃ確実に始末される。

魔女狩りなんてまっぴらごめんだぜ。


「はぁ、不味い事になったなぁ。とりあえず………ねよ」


眠りに就くには少々早すぎる気もするが、嫌な事は寝て忘れるに限る。

何せ俺には楽しい夢の世界があるんだからな!


そして俺は現実逃避の為にベッドに潜り込み、眠りにつく。

風呂入ってないけど、まいっか。

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