第2話 キャットファイト

「勇者様!きっと助けに来てくれると信じておりました!」


船の甲板で寝かせていた姫が意識を取り戻し、感極まったかの様に俺に抱き着いてくる。

幸い喉元に突き付けられていたナイフは、奇跡的に姫を傷つけずに済んでいた。

姫様が死んでたらシャレにならなかったので、ラッキーだったと言えるだろう。


それにしても……あ~柔らかくて良い匂いだ~。

アルビダにセクハラ出来なかったのは残念だが、まあこれで良しとするか。


そんな事を考えていると姫と目が合う。

姫の目は潤んでおり、此方をじっと見つめながら俺を微かな声で呼ぶ。

見つめ合う二人の顔がゆっくりと近づき、重なろうとしたその瞬間。


「ごほん!ん、んん~」


少年がわざとらしく咳払いしてきた。

先程まで船内の気絶している海賊たちを縛りに行っていたのだが、いつのまにやら仕事を終えて帰ってきていたようだ。


こういう時は、見て見ない振りをするのがマナー。

これだから常識のないガキは嫌いだ。


「ポエリ、貴方も来てくれていたですね。ありがとう」

「私などには勿体ないお言葉です」


少年はきりっとした表情で姫の言に答える。

俺の時とは偉い態度の違いだ。俺ももっと敬えっての。


「勇者様、捕らえた賊たちを国に曳き立てますので、どうか魔法で船を動かしては頂けませんか?」


あれ、さっきまでと態度が違うぞ?

成程、俺の偉大さにやっと気づいたわけか。やれやれしょうがない奴め。


「ああ、わかった。任せておけ」


そう言うや否や、俺は両手を空に広げ呪文を唱え魔法を放つ。


「レイウィング!」


すると海賊船の両舷側から、光の翼がニョキニョキと6枚生えてくる。

その翼が羽搏いた瞬間、まるで重さを失ったかのように船体が宙へと浮かび上がった。


「凄い!さすが勇者様ですわ!」


さっき少年に気づいて飛び離れた姫様が再び抱き着いてくる。


「これぐらい私にとって容易い事ですよ。姫」

「ああ…勇者様…」


見つめ合う瞳と瞳、再び二人の唇が急接近する。


「ごほん!ごほんごほん!!」


またかよ!少しは空気読めよ!!

少年の咳払いに正気に戻ったのか、姫様が俺から離れてしまう。

くそが!


「あの、姫様。私如きが申しあげるのは憚られるのですが、そういった軽率な行動は控えられた方がよろしいのでは…」

「そ…そうですね。以後気を付けましょう」


憚られるなら発言すんなよ。

どうやら姫様とのラブロマンスは当分お預けの様だ。


「所で捕まった海賊たちはどうなるんだ?」


アルビダの今後が少し気になったので、少年に尋ねてみた。


「まあ全員間違いなく縛り首になるかと」

「え?まじで!?」


あんなに美人なのに、勿体ないにも程がある。


「王家に敵対したのですから当然ですわ。縛り首でも優しいぐらいです」


姫様が見かけによらずきつい事を言うので、思わず面食らってしまう。

ひょっとしたらこっちが素で、さっきまでは猫を被ってたのかも知れん。

そう考えると、女って怖えな…


それにつけても


「勿体ない…」


あ、やべ。声に出ちまった。


「勇者様!?今何と!?」

「ああ、いや。姫様は城内で攫われたんですよね?だとしたらアルビダは相当な手練れのはず。それほどの力量の持ち主なら、生かして利用した方が得じゃないかなーと…」

「確かにあの女海賊は優秀かもしれませんけど…」


ちょっと苦しい言い訳だったが、姫様は素直に信じてくれたようだ。

もっとも少年は俺のスケベ心を見抜いているのか、突き刺さるような冷たい目でこちらを見てくる。

だが気にしない。勇者たる者、この程度で動じる様では務まらないからな。


しかしほんとに勿体ないんだよなぁ…

何とか今回の報酬として貰えないものだろうか。アルビダを。


そんな事をあれこれ考えこんでいると。

突如大きな揺れが船を襲う。


なんだぁ?

急な事に辺りを見渡すが、何も見当たらない。

にもかかわらず船は揺れ続ける。


姫様が急な揺れですっころび床に這いつくばっているが、今はそれどころじゃないので放置。


再度周りを見渡すがやはり原因は見当たらない。

周りに見当たらないってことは、下か!


サーチアイを使って船底を透視すると、そこには…


「なんだこりゃ!」

「勇者様。何があったんです?」

「手だ!真っ黒なでかい手が海面から飛び出て、船底を掴んでやがる!!」

「海から伸びる黒い手!?まさかヘルハンド!?」

「知ってんのか?」

「むしろ何で勇者様は知らないんですか!?」


少年が責めるように言ってくる。

しょうがねぇだろ。夢の中の細かい設定なんて俺が知るわけねーし。


「とにかく、あの化け物を倒しゃいいんだろ?」

「簡単に言わないでください!あの化け物は伝説級の化け物なんですよ!」

「伝説級か…」


妙案をひらめきにやりと笑う。


「まさかとは思いますが、化け物を倒した褒美としてアルビダを貰おうなんて考えてませんよね?」


ばれてーら。


「まあ細かいことは気にするな。そんじゃいってくる。レイウィング!」


船にかけた魔法を今度は自分にかける。すると背中から6枚の翼がにょきにょきと生え、体がふわりと浮遊する。


「船の上に私や姫様がいる事を忘れないでくださいよ!」


一々煩い奴だ。お前は小姑か。

お前はともかく姫やアルビダが乗ってるんだから、そんなへまはやらかさねーよ。


船の縁から飛び降り、飛んで船底へと周りこむ。

そして腰から剣を抜き放ち、船底を掴んでいる黒い手を滅多切りにする。

斬って斬って斬って斬って斬って斬りまくる。

しかしデスハンドは斬った端から再生していく。


うわ!めんどくせ!

こりゃチマチマダメージを与えても駄目だな。

流石伝説級といった所か…

こうなりゃでかいの一発ぶちかましてやるぜ!!


限界突破オーバーリミット魔法マジック!フレア!!」


掌から輝く光球が現れ、デスハンドへと高速で飛んでいく。

そして光球がデスハンドに触れた瞬間、眩いばかりの輝きと衝撃がすべてを消し飛ばす。

その破壊の後には、魔物の姿は影も形も残っていない。


これが勇者のみに許された魔法、限界突破オーバーリミット魔法マジックだ!

自慢げにどや顔で上を見ると、衝撃でバラバラになった船が目に入る。


げ!やらかした!

威力はかなり絞ったつもりだったが、それでも船体は衝撃に耐えられなかったようだ。

とにかく姫様とアルビダ、後おまけで少年を助けなくては。


落ちていく落下物に混じっている姫様とアルビダを素早く発見し、落下していく障害物を器用に回避しながら二人を救出する。

続いて少年を探すと、背中から翼を生やし自力で飛行していた。


おー貧相な割にやるじゃん、少年。

少年は明かに殺気の籠った目でこちらを見ているが、気にしない事にする。


「あんた滅茶苦茶だねぇ」


気絶していたアルビダが目を覚まし、此方に話しかけてきた。

アルビダは見た目だけじゃなく声まで色っぽい。


「そうかい?この位どって事ないさ」

「そういう男、嫌いじゃないよ」


そういうとアルビダは俺の首に手をまわし、濡れた瞳でこちらを見つめてくる。

今度こそ行ける!

そう思い顔をゆっくり近づけると、急ににゅっと手が割り込んできた。


「あ、貴方海賊の分際で、勇者様に何をしようとしてるの!!」


割って入ったのは姫様の手だった。

またお預けかよ…


「あらあらお姫様。こういう時は黙って気絶した振りをしておくものよ。愛し合う男女の邪魔をするなんて、ほんとお子様ね」

「ふ、ふざけないで!勇者様が貴方なんか相手にするわけないでしょ!」

「おやおや、これだから夢見るお子様は扱いに困るのよねぇ」

「なんですってぇ!」


美女二人に取り合われるか…

色々とお預け喰らったけど、こういうのも悪くないな。



PIPIPIPIPIPIPIPIPIPIPI


アラーム音が耳にこだまする。

どうやら目覚めの時間の様だ。

名残惜しいが、遅刻すると大変なので仕方なく目を覚ます。


「はぁ~、今日も一日頑張るかぁ…」


楽しい夢の時間は終わりを告げ、憂鬱な一日が今日も始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る