第37話 デリカシー

「勇者様!!」


青いドレスに身を包んだ深窓の令嬢が、勢いよく抱き着いてくる。


「お久しぶりです。レアーニャ様」

「レアーニャは……勇者様にお会いしとうございました!」


彼女は感極まったかのように声をあげ。

首元に回した腕に力を籠め、強く抱きしめてくる。


喜んでくれるのは有難いが。

まあ正直、此方としてはあまり会いたくはなかった。


「お嬢様!はしたのうございます!」


彼女に遅れて初老の白髪の男性が、走り寄ってくる。

彼女の執事だ。


「お久しぶりです。レナードさん」

「おお、勇者様。わたくし如きの名を覚えて頂けるとはもったいない」


確かに、覚えるに値するほどの人物ではないが。

ちょくちょく顔を合わす以上、忘れろという方が難しい。


「本日はお嬢様の散策の護衛、お忙しい中お引き受けいただき誠にありがとうございます」

「いえいえ。レアーニャ様のナイト役を務めさせて頂けるなど、身に余る光栄です」


勿論そんな事は一ミリも思っていないが、おくびにも顔には出さない。


本来なら適当な言い訳で断りを入れる所なのだが。

最近自分が出張るほどの大きな仕事が少なく、しかも前回の事件がある為断り切れなかった。


「まあ、勇者様ったら……」


レアーニャが頬を赤らめ、胸元で手をもじもじさせる。


態度だけ見れば可愛らしいのだが……。

いや、余計な事を考えるのはやめよう。これは仕事だ。


「さあ、まいりましょう。レアーニャ様」


彼女の手を取りエスコートする。

すると見る間に彼女の顔が茹蛸のように真っ赤になる。


人前で堂々と抱き着いてくるくせに、手を握られただけで赤くなる。

判断基準がよく分からん謎な女だ。


「勇者様。どうかレアーニャ様をよろしくお願い致します」


レナードが深々とお辞儀する。彼のお辞儀は洗練された美しい物だった。

流石大貴族に長年仕える一流の執事は違う。


「ええ、お任せください」


此方もそれに負けじと最高級の営業スマイルで答える。

何日もかけて鏡の前で練習した会心の笑顔で。



「素晴らしい庭園ですね」

「はい、お母様がこの庭にとても力を入れてらっしゃるので」


力を入れすぎだ。

彼女の邸宅のこの薔薇の庭園は、とてつもない広さを誇る。

しかも生け垣が高いため視界が通らず。もうほとんど迷路状態と言っていい。

その為刺客等を警戒して、家人は護衛を付けて散策するのが通例となっていた。


本日の仕事は彼女の護衛。即ちアルバンズ家への御機嫌取り。

何せ数日前、アルバンズ家の所有する領地の森を跡形もなく吹き飛ばしている。

ちゃんとゴマを擦っておかないと後々面倒だ。


「まあ、綺麗」


彼女は一本の青いバラに触れる。

その美しい花をうっとりと眺める彼女を見て考える。

ゴマを擦るならここしかないなと。


「確かに美しい花です。ですが、貴方の方がその花よりもずっと美しい」


勿論嘘八百だ。花の方が絶対美しい。


「そ……そんな。勇者様御戯れを……」

「本当の事です」


顔を真っ赤に染めながら、俯く彼女を眺め。

自分の攻撃が絶大な効果を発揮したと確信し、内心ニヤリとする。


彼女の両親は、はっきり言って親ばかだ。

その為、彼女の機嫌さえ取っておけばアルバンズ家からの覚えは良くなる。

チョロイな。

今日のノルマはもう達成したも同然だ。


「あ、あの。もう一度……もう一度言って貰っても……よろしいでしょうか?」


頬を染め、体をもじもじさせつつ。

彼女は同じ言葉を要求してきた。


一度で満足しろ。

厚かましい奴だと思いつつも、御機嫌取りだと割り切って行動する。


!?


彼女の要望に応えるべく、言葉を発しようとした瞬間。

体に異変が生じる。


「ば、馬鹿な……」

「勇者様?」


馬鹿な!

俺は奴を呼んではいない!

何故だ!


体の中に他人が入り込む感触。

冷たい水が体の隅々まで行き届くような感覚に襲われ、俺は肉体の主導権を奪われる。


「どこだここ?」

「あの?勇者様?」

「あんた誰?ぶっさいくな顔してるな?ひょっとして魔物か?」


嘘だろおい!!

信じられん、普通初対面の女性に言うか?

こいつにはデリカシーって物が存在してないのか!?


奴の言う通り、彼女は不細工だ。それもSSS級のスーパー不細工。


アルバンズ家はこの国において五指に入るほどの家柄だ。

それゆえ誰もが思ってはいても、決して誰も口にしてこなかった禁忌の言葉を、さも当たり前のように奴は言い放つ。


終わったな……


この日、アルバンズ家との関係は絶望的な物となる。

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