一品目『人気トラットリアの内情』(7)


「それで、話は変わりますけど。明日はさっき捌いたレバーのカルパッチョが一品料理と前菜なんすか?」

「ひゃい。ひょうなりまふね」

「店長、スプーン噛みながら返事しないでください」

「らって金属は噛めば噛むほろ味が」

「スプーンをスルメみたいに言わない!」

「むう、仕方ありませんね。明日のメニューのチェックですよね。こちらになります」


 ジェラートを平らげた後、ドルチェ用の小さいスプーンをひたすらがじがじと噛むギャルソン。新人が真面目な話を始めようと口を開いたにも関わらず、どうやらまだ腹が減っているらしい。スプーンはもう変形して掬い口が本体からもげそうだ。新人の叱咤を受け、残念そうにスプーンを口から吐き出すギャルソン。ぐにゃぐにゃになったスプーンは恐らくストックのあるものなのだろう。皿やシルバーの扱いは全てギャルソン任せなので推測に過ぎないが。

 細い眼を更に細め、眉間に皺を寄せたギャルソンがエプロンのポケットから一枚の紙を取り出す。四つ折りのそれを広げると、テーブルの中央に差し出した。

 ギャルソンの癖はあるが流麗な文字で明日のランチメニュー、ディナーメニュー、そして数量限定のコース料理の料理名が三列に、測った様に均等に書かれていた。


「ええと…ランチは五種類出すんすね。これは『アレ』使います?」

「いいえ。三つは新作になりますが『食材』は使いません。ディナーの方で予約が入っているので、今日君が仕入れて来た食材を丸ごと料理長に仕込みをお願いしてあります。よってランチは君と私の主導になります。とりあえず出勤したら、いつもの様にレシピ確認してください」

「了解っす。じゃ、ディナーの予約とコースに『アレ』出すんすね」

「その通りです。ちなみにこのメニュー、私の自信作なので復刻しました」


 そう言ってギャルソンはコース料理の中から一つの料理名を指さす。

 『タリオリーニ・ボロネーゼ』。

 簡潔にそう書かれている。ボロネーゼ、この店では挽肉を団子状にして下茹でしたミートボールがごろごろと入ったトマトベースのパスタを指す。思わず新人の口から涎が垂れそうになった。

 店に出す料理は大体全員で試食するのだが、このパスタは抜群に美味い。塩と胡椒と臭み消しのためのローリエを刻んで粗めに練り上げたミートボール。タリオリーニと言う平打ちのパスタに、それがごろごろと潜み、ベースに店自慢のブイヨンを使った濃い味くらいのトマトソースを絡めたシンプルな一品だ。

 ちなみにパスタを毎日用意するのもギャルソンの仕事である。配合と天気や湿気を気遣い、パスタだけでも充分美味く食べられるものを作る。

 そのメニューを見て、新人の口内には一気に涎がこみ上げて来た。


「マジすか…このボロネーゼ出しちゃいます?」

「ふふ、たまには塊では無く挽いた肉で料理を作ろうかと。そう思ったらこれが好評だった事を思い出しまして」

「俺、明日仕事休んで客として来ていいすか?」

「ダメに決まっているでしょう。そんなにこのボロネーゼ好きなんですか、君は?」

「はい。店長の人肉料理の中で一位二位を争うくらい好きです」

「ガチの即答しましたね。わかりましたよ、夜のまかないで出して差し上げます。だから働きなさいこのお馬鹿さん」


 また無言で大仰にガッツポーズする新人。ギャルソンは苦笑しながらぐにゃぐにゃになったドルチェスプーンを口に運び、柄から食い千切った、もそもそとそれを咀嚼し飲み込むと、柄の部分を掌でぐにゃりと軽く握り潰し、口の中へと放り込んだ。


「さて、メニューの確認もできた事ですし。皿洗いは私がやっておきます。今日の仕込みも終わりましたし、皆さん帰って大丈夫ですよ」

「店長一人で大丈夫ですか?」

「おや、心配してくださるんですか?」

「ええ、食器の心配を」

「このお馬鹿さん」

「ぎゃあ!」


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