三品目『人気トラットリアの騒動』(6)


 料理長がぼそりと呟いた。新人とギャルソンは、はっとする。

 次の瞬間、料理長の額に目が開く。

 そう、目だ。双眸に加えて三つめの目だ。その目は漆黒の双眸とは違って、碧から蒼へのグラデーションがかかった美しい色をしていた。料理長の両目が左を向くのに対して、額の目は右の床を凝視している。それからすん、と鼻を動かし、周囲の空気を吸う。


「……余所者の、匂い。と…床に、靴跡」


 料理長が口にした途端、ギャルソンは即座に床に這いつくばる。それから細い目をじっと凝らして、四足の動物の様に床を練り歩く。

 どうしよう、うちの上司怖い…。新人はギャルソンが動くたびに邪魔をしないように避け、厨房の隅へと追われていく。気が付くと端の端、ロッカーの前まで押しやられていた。ギャルソンがそんな新人の前で、ようやくすっくと立ち上がった。


「私達三人の物では無い靴跡が遺っていました。さすがは料理長、赤外線レベルで解析できる『目』と、犬より過敏な鼻をお持ちで」

「ええ…靴跡とか解るんですか、店長…」

「足跡を見分けるくらいはサバイバルの基本ですよ。君も身に着けておくいいです。そうですね…スニーカーで、足のサイズは二十八センチくらいでしょうか。男性の線が濃いですね、身長は恐らく百七十半ば…体重は軽い方でしょう」

「うわぁ、ばっちり犯人像掴んでる…てか!それ大分俺に似てる!」

「そうですね、犯人は君ですか?」

「違うって知ってるくせに!」

「……」

「おや、料理長?どうなさったんですか?」

「え?ちょ、なんすか?なんで俺のこと指さすんすか?やめてくださいよ」

「……居る」

「え?」

「……そこに、居る」


 料理長は事務机の周辺から動かない状態で二人の方を指さしていた。慌てる新人、興味深そうに細い目を更に細めるギャルソン。その料理長の上半身、Tシャツの裾から一本の紐のようなものが滑り出す。第三の目と同じグラデーションをしたそれはするすると意思を持っているかの様に床を這い、二人の前でぐいっと持ちあがると、先端を左右に振って二人に退く様に指示する。

 ギャルソンンと新人が立っているのはロッカー前。二人はその…そう、触手の言う通り無言で左右に別れた。

 途端、触手が新人のロッカーの取っ手に引っ掛かり扉を開く。


「あ!」

「あっ」

「い」


 新人のロッカーに、人間が詰まっていた。細身の男だ。慌てて入ったのか、細いロッカーに斜めに入った状態で、ばっちり二人と目が合った。


「店長、い、ってなんすか」

「全員、あ、じゃ驚きに欠けると思いまして」

「むしろゆるゆるの緊張感になったっすよ。んで…なんで俺のロッカーに詰まってんだ、あんた」

「これは、その、あの…」

「む?…貴方、それは…!」

「あっ、やべ」


 男が突き出していた手を隠そうとした時にはもう遅かった。ギャルソンは見逃さなかった。その手にしっかりとにぎられていた、『ギャ』と書かれたプリンの器を。そして瞬間的にそれをぱしっと取り上げる。


「これは…私特製私による私のためだけのプリン…!」

「あんたのためのプリン?店で出す試作品じゃないのか!?」

「あ!こいつレシピも持ってやがる!」

「げっ」


 男が小脇に抱えている大量の紙が数枚、床に落ちる。それを見て新人が大声をあげた。


 そう、レシピを盗み、プリンを盗み食いした張本人。その犯人は新人のロッカーに隠れていたのだ。


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