一品目『人気トラットリアの内情』(4)
「『アレ』のステーキ!」
「……」
「おや、両者一致ですか。まぁ、今日はまかないと違いますから奮発しましょう」
「おおっしゃあああ!」
『アレ』が食える。その喜びで思わず大声でガッツポーズをする新人。その向こうでギャルソンよりもまだ背の高い料理長も腕を組んで頷く。『アレ』となったらギャルソンも料理のし甲斐があると言うものだ。細い眼を更ににこりと甘い微笑みに変えると、厨房裏手の扉から出て行く。そこは従業員の車が停めてあるガレージに続いていた。料理長の大きなランドクルーザー、新人の大型バイク、そして真っ赤なアルファロメオはギャルソンの車である。それだけ停められていてもまだ余裕のあるガレージの壁に歩み寄るギャルソン。
一目見ただけでは解らないが、木製の壁一面に一定の位置にくぼみがある。それを眺めて厳選する様な目線を送る。
「んー…こちらは今日仕入れた最も新鮮なもの…こちらは明日のメインに使うもの…」
視線を送りながら腕を組んで指を顎に添える。使いかけのものは無かったかと考えてみるが、それは確か昨日の夜のコースで使い切ってしまった。夏だけあって鮮度の高いものが多い、できれば店に出したいが彼自身も腹が減っていた。
「そうですね、奮発するんでした。この二等級のものにしましょう」
組んでいた手を解き、ぱんと胸の前で掌を合わせる。そのまま彼と料理長にしか解らない『鮮度のいい食材』の方へ歩み寄り、くぼみに手を突っ込んで一気に引く。からからと静かな車輪の音がして壁から引き出しが現れる。長い、長い引き出しだ。その中に両手を突っ込むと、よっこいせと言うか掛け声とともに中の『食材』を取り出す。
引きずり出されたのは、一人の男だった。
そう、人間が出て来た。
息はもう無い。ぐったりとしたその顔は蒼白で、一目で死んでいると解る。
「おお、いい具合に熟成されてますね…」
自作の『冷蔵庫』から引きずり出した死体を担ぎながら、その重みと触れた肌から感じる冷たさに満足げに笑うギャルソン。
軽々と小太りの男を担ぎ、長い足を持ち上げ開いた引き出しを元の壁へと埋めていく。そして元来た道を戻り、厨房の扉も足で押し開ける。厨房に響いたのは悲鳴では無く、新人の歓声だった。
「すげぇ!丸ごと解体っすか!」
「喜びなさい、今日は一番人気の腹から胸にかけてのステーキですよ」
「すっげぇ!すっげぇ!めっちゃ嬉しいっす!」
「よいしょ」
中央の『一番大事な食材を捌く台』に放り出された男の死体。それを見て新人のテンションは上がりまくりだ。料理長も心なしかそわそわしている。この店のまかないで食えるのはほとんど決まって筋の多い手足の肉が多い。胴を食せるなんて三人にとっては文字通り垂涎の事態だ。
『アレ』、『食材』、『内臓』、『捌き』、彼等が店で出す『特別な肉』。
彼等にとってどれにおいても一番大切なのはこの『死体』。
いや、正式には肉、骨、皮膚、内臓、全て。
ギャルソンは自前の肉切り包丁と解体に使う道具を几帳面に並べると、笑顔のまま言い放った。
「これも勉強ですのでよく見ておいて下さいね」
「はい!」
そして肉切り包丁を振り上げ、迷いも無く振り下ろした。
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