一品目『人気トラットリアの内情』(5)
「ごちそうさまでした!」
「……」
「ふぅ、お気に召しましたか?」
「もう、最高っす!肉のさしの入り具合も綺麗でしたけど、店長の筋切りの妙技は感服でしたね!それにあの綺麗な焼き色にフランベした赤ワインのコク…しっかり焼かれてるのに蕩けるほど柔らかくて、脂身と赤身のハーモニーが…うう、もう一度食べたくなってきた…」
「……文句無し」
「料理長がしゃべった!そんな驚きすら跳ね除ける美味さでした!料理長がしゃべった!」
「なんで二回言ったんですか、しゃべりますよ料理長だって。まぁ、相当気に入っていただけたようで。腕をふるった甲斐がありました」
一時間後、白いクロスが敷かれた店内の席に座って悠々と食事を終えた三人は、食後にこれまたギャルソンの淹れた珈琲を飲みながら歓談をしていた。
ギャルソンの解体した肉は部位によって料理長が保管の手順を踏み、阿吽の呼吸であっと言う間に店内の冷蔵庫にしまわれた。残った部位もギャルソンの凄まじい包丁捌きで数分後にはただの肉の塊へと姿を変えた。
あとの調理は普通のものだ。それにしても新鮮なこともあり、ギャルソン独自のブレンドハーブで癖を取り除かれた最高級の牛にも負けない素材だ。厳選した塩と胡椒で下味をつけ、強火で肉汁を閉じ込めてからじっくりと加熱されたものを、肉に負けない赤ワインで締め、フライパンに残された啜りたくなるような油と共にビネガーを少々、店独自のブイヨンを少々、更に少量のトマトケチャップを加え煮詰めたソース。後は塩茹でしたブロッコリーとカリフラワー、人参のグラッセを添えればメインは完成だった。
ギャルソンはそこへ更に、手際良く伸ばした生地にトマトソースを塗り、ドライトマトとサラミとチーズをたっぷり乗せて焼き上げたピッツァを出して来た。サラミは勿論、ギャルソンが自ら作った特製のものである。
クリスピー生地のピッツァはさっくりとした生地に酸っぱいドライトマトと塩辛いサラミが、癖の少ないチーズを纏いアクセントのオリーブの塩漬けと共に絶妙なバランスを保っていた。
こちらも好評で、瞬く間に三人の腹に納まった。
「はぁー…料理長の料理も勿論絶品なんすけど…なんつーんだろ、店長の料理はまた次元が違うっつーか」
「そこまで褒められると照れますね」
「全然照れてないじゃないっすか。これくらいお手の物~みたいな」
「お手の物ですからね」
「店長のそういうところ嫌いじゃないっす」
食後の珈琲を啜りながらギャルソンは全く動じる様子は無い。ミルクで濁った珈琲を目の前に満腹になった新人はぐったりと背もたれに背を預けている。料理長は静かに珈琲に口をつけ、料理の味を反芻するように瞼を閉じていた。
ちなみに使われている肉は全て人肉である。
ここで腹が減るのを一気に減退させる。それがこの話。トラットリアAKUJIKI。
さて、それは置いておいて。珈琲を飲み終え、食事が終わった食器を集めるギャルソン。それを見て、新人の顔が曇る。
「店長、何作る気ですか?」
「え?これは店のお皿なので食べませんよ?」
「店の皿じゃなかったら食べるんすか?」
「食べますよ?」
「そんな当たり前の様に」
「冷凍庫にジェラートが入っていますから持って来ますね」
「え?ちょっと待ってください。それ、何のジェラートですか?」
「今回は桃とこないだ君が割ったグラスの破片の…」
「え?あのグラス食うんですか?」
「食べますよ?」
「いや、だからそんな当たり前の様に」
「食べませんか?味見しましたけど、砕いたグラスがシャリシャリと滑らかな桃の中に合わさってとても美味しかったですよ?」
「え、いや、食べ…ます…」
「はいはい、了解です」
そんな会話を交わした後、ギャルソンはふんふんと鼻歌を口ずさみながら厨房へと消えて行った。
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