一品目『人気トラットリアの内情』(6)


「店長の悪食にも困ったもんですね」

「……」

「そのうちガソリンとか飲みださないか心配っすよ…」

「……」

「しゃべってくださいよ、料理長…」


 無機物の混じるジェラートの話を聞き、会話が途絶えると途端に新人のテンションが下がる。彼に今できる事は珈琲を飲みながら食えるか解らないジェラートを待つことだけだ。

 しばらく待っていると、可愛らしい口の広い器に盛られたジェラートが運ばれてきた。ギャルソンの完璧な程の配膳にようやく背もたれから背を離す新人。既に珈琲を飲み終わって腕組みをしていた料理長も腕をほどく。


「ああ、新人くん」

「なんすか、店長」

「ガソリンも美味しいですよ」

「聞こえてた…さすが地獄耳…。てかガソリン飲んだことあるんすか!?」

「当たり前じゃないですか。私が口にした事の無い物の方が今や少ないと思います」

「どんな味するんすか…?」

「それはレギュラーですか?軽油ですか?ハイオクですか?」

「いや、もういいです」

「?」

「うわ、このジェラート、めっちゃきらきらして綺麗ですね…」

「きらきらしているのは」

「硝子ですよね、はい、わかります」

「まぁ、食べて見てください。思考錯誤に三日を要した自信作です」

「は、はい」


 怖々とドルチェ用のスプーンを手に、ガラスジェラートへ挑む新人。これでも新人はギャルソンを尊敬しているのだ。彼が美味いと言うものは極力食べてみる事にしている。

 例えそれが無機物だとしても。

 一口口に運んだ瞬間、その目がカッと開かれる。


「うめぇ!」

「ふふふ、でしょう?」

「硝子が口に刺さったり、喉を傷つけたりするかと思いきや全くそんな事は無い!むしろ桃のピューレに包まれ最後まで消えないシャリシャリとした触感が心地良い!甘さは桃の味を殺さない控えめになのに口の中には広がる確かな甘味!隠し味のレモン果汁が更に甘味を引き立て…やばい、美味いッ」

「グラスの砕き方を散々試してみたんですよ。粗いと口の中血まみれになりますし、細かすぎると喉がいがいがするんですよね。私が一人で食べるために作ったんですが、そう言っていただけるとやはり作った甲斐があるものです」

「……」

「ふふ、料理長もお気に召したようですね。新人くんに割られたグラスも本望でしょう」

「わざと割ったんじゃないですけどね!うめぇ!」


 ギャルソンの解りやすい嫌味に大声で言い訳を述べながらも、ジェラートを食べる手を止めない新人。

 その光景をゆっくりとジェラートを頬張りながら料理長が眺めている。


「店長に調理できないものなんて、きっとこの世に存在しないんでしょうね」

「私にだって未知の食物はまだまだあります。でも…そうですね、そうなると私がとても嬉しいです」

「店長、最悪コンクリートかじってでも生きていそうですし」

「君は失敬ですね。そんな身近にあるもの、普通食べた事無いはずが無いでしょう」

「いや、普通食わねぇっす」


 空になった硝子の器にスプーンを置いたまま、新人が真顔で顔の前にかざした手を左右に振る。

 ギャルソンは不思議そうに首を傾けるが、新人の口からはため息しか出ない。そう、ギャルソンの感覚はあまりにも人とかけ離れすぎている。本人はそれを認識している時もあれば全く認識していない時もある。ギャルソンが口にするものは、正直料理長ですらお断りしたいものが大多数を占めている。新人にしたら全てお断り、状態である。人肉は除くとして。


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