五品目『人気トラットリアの狂気』(4)


 二人はギャルソンに見送られて、夜の街へと繰り出した。

 街灯が瞬き、この時間は本当に人通りが少ない。

 二人は店の裏手で二手に分かれた。料理長は処理が先だ。新人はまず、公園に行ってみる事にした。確か新参のホームレス、と書いてあったはずだ。メモを確認してから歩いて十分程の公園に辿り着いた。今時にしては珍しく、きちんと整備され遊具のメンテナンスもされている。町内会の掃除も頻繁に行われる至って綺麗な公園だ。

 砂場や滑り台、トンネルをくぐる遊具。小さいアスレチックやシーソーに…配置されたそれらを見ながら、新人は歩を進める。


「見ぃつけた」


 公園の一番奥、ベンチに一人の男が座っていた。新人はそう言って口角をにんまりと上げた。スニーカーで音も無く近付く新人の気配に、男は気付かなかった。そう、目の前に黒ずくめの彼が現れるまでは。

 うとうとしていたのだろう。男はいきなり現れた新人に驚いて、ベンチの向こう側へとひっくり返った。


「あいたたた」

「大丈夫っすか?驚かしてすんません」


 新人はそう言いいながら、転がり落ちた男の方へ歩み寄り、屈むとハンカチを差し出した。

 男はそれを受け取って、擦り剥いた頬に当てる。


「…俺なんかに何の用だい?」

「ああ、ちょっとどうしてもお願いしたいことがあって来たんすよ」

「どうしてもお願いしたいこと?」

「ええ」


 にこにこと楽しそうな笑みを浮かべる新人。それはもう、楽しくて愉しくて仕方ないと言う、ある意味鋭利な感情。新人はウエストバッグに手を伸ばし、男の死角でバタフライナイフを取り出した。それからじっと男の首筋を見つめる。垂れた瞳にホームレスはいったい何を見たのだろうか。次の瞬間にはもう、頭を掴まれ首を傾げさせられていた。

 カシャン、と小気味のいい音を立ててバタフライナイフが刃を見せる。


「死んでくんさい」


 にっこり、ほんわか、うふふふ。そんな天真爛漫な笑顔でそう口にした瞬間にはもう、男の首筋、頸動脈に沿って銀色の刃が閃いていた。

 押し付けられ、斬りつけられた傷口から文字通り、血が噴き出す。


「ええと、『一件目、公園。脂は少ないが肉質良好。屠殺済』、と」


 新人は掴んでいた頭を話し、腰に巻いたつなぎでナイフの血を拭うと携帯電話を取り出し連絡ツールにそう打ち込む。ついでに料理長から返信が来た。あと五分もしたら合流できるから、先に次の『食材』へ回れ、と。

 新人はとりあえず、しばらくひゅうひゅうと息をしていたが、それも束の間。目を開いたままぐったりと絶命している男をベンチに担ぎ上げた。それから頭、正式には首から血が流れやすいように頭だけベンチからだらんと垂れさがらせる。


「さぁて、次か」


 気分上々と言った様子で新人は立ち上がった。目尻の下がったブラウンの瞳には、まるでこれから遊園地のアトラクションを回る様な、純粋な楽しさが宿っていた。『仕事』。これは仕事だ。彼にとっては願ってもいない、『趣味と仕事の両立』。新人はメモ用紙の裏に描かれたジョギングコースを眺めながら、公園を後にした。


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