一品目『人気トラットリアの内情』(2)
「それで?ここまで捌いてしまって私に何の捌き方を教えろと言うのですか?」
「内臓っすよ内臓!レバーとか!」
「それは君にはまだ早いです。…とも言って居られませんね、最近私が厨房に入れないほどの盛況ですから。少しでも手ほどきしておきますか」
「やった!店長の捌きが見られる!」
「料理長が「俺では不満なのか」と仰っていますよ」
「料理長の捌きは早すぎて、どこがコツでどこが重要なのかわからないんですもん!」
「内臓はさっさと処理をしてしまうに限りますからね。まぁ、確かに新人くんでは目視も難しいでしょう」
淡々と口にしながら一人テンションの高い新人の脇を抜ける。三人分の専用包丁セットが並んだ奥へ行くと、すらりと刃渡りの長い包丁を引き抜く。そう、このギャルソンは暇さえあれば調理にも加わる。と言うか、営業日はほとんど厨房とホールの往復である。新人は新鮮な『食材』を探しに出ている事が多い。それも大切な仕事だ。『食材』の目利きに関して新人の右に出るものはギャルソンくらいしかいない。
この店は店長であり、オーナーであり、料理人であり、ギャルソンであるこの男のおかげで回っている。
洗浄剤に浸けられたまな板を綺麗に湯で洗い流し、中央の台とは別の壁際へ陣取ると冷蔵庫に保管された内臓の中から希望通りレバーの部位を取り出す。
包丁と赤黒いレバー自体を丁寧に濡らしたタオルで拭うと、さっさと刃を入れて行く。
「切る時は引いて下さい。押し切ると細胞が潰れて味が落ちます。肝臓は他の部位と繋がっているのでまず均等に切り分けます」
そう口にしながらも手が止まる事は無い。あっと言う間に三分割されたレバーは、紙を敷いたバットの中に三つの塊として並べられる。それからまた包丁に付着した血液を拭う。塊を一つ引き寄せながら、料理長に問う。
「これは煮込むものですか?それともソテー?」
「……」
「炙ってカルパッチョにですか。それは新鮮な案ですね。では薄くスライスしましょう」
「なんで解るんすか、店長…」
「君も料理長の斬新なるアイディアを理解できるようになれば解りますよ。見学したいのならちゃんと見ていてください」
「はいっ!」
それからギャルソンは丁寧に口で説明をしながら、慣れた手つきでレバーを三ミリ間隔で薄切りにしていく。
「この包丁が片刃なのはご存知ですね」
「もちっす」
「普通に切ったのではどうなりますか?」
「えーと、どんどん斜めになっていきます!」
「ちゃんと予習はしているようですね。その通り。ですので包丁自体を傾けてください。二度目ですが薄切りに限らず、必ず引き切ってください。面に凹凸ができて見た目が美しくありませんので」
「はい!」
二つのブロックを早すぎるスピードで薄切りにし終えたギャルソンは、細い刃でその均一な束を掬い上げ、保管用のバットへと並べて行く。終わると刃をタオルで拭き取った。それから新人に自前の包丁を持ってくるよう指示し、最後の塊をどん、とまな板の上に置く。
「では実践です。スピードは求めていませんので、丁寧な仕事をしてください」
「やってみます」
この部位は新人も何度か捌いたことがある。
確かに目を瞠る様なスピードは無いが、仮にも『料理人』である。慎重に、丁寧にギャルソンと同じように刃の角度に気をつけながら、人肌で肉が火傷をしないうちに捌き終えた。
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