四品目『人気トラットリアの過去』(8)
そうこうしているうちにサーモンが焼きあがる。火を止め、粗熱を取りながらサフランライスが炊き上がるのを待つ。
その間に白い楕円の皿を用意し、洗ったレタスを添えて行く。そうこうしているいるうちに、きっちり時間を測ったかのように、サフランライスも炊き上がった。ふんわりと香るサフランと、共に炊き込んだサーモンの切り身の香りが食欲をダイレクトに刺激してくる。
楕円の皿にレタスが敷かれ、綺麗に形取られたサフランライスが山を作る。その脇にカレー風味のムニエルを添え、反対側に具だくさんのカレーソースをたっぷりと。勿論、彩に角切りにしたトマトを乗せるのを忘れてはならない。
こうして一時間もしないうちに、料理長の『手抜きワンプレート』が完成した。
「俺、途中から料理長がどんな動きしてんのか解らなかったす」
「本当に手を抜きましたねぇ。しかし、調味料の配合もばっちり、そして私の意に沿っています。及第点の昼食ですよ」
「……暑かった……」
料理長が調理する間、満足そうにシルバーやグラスを用意していたギャルソン。普段は解体用に使われる中央の台は三人のまかないスペースでもある。
料理長は三枚の皿に盛ったカレーベースムニエルのプレートをそこへ並べて行く。ギャルソンがグラスに水を注ぎ、新人は冷蔵庫から昨日の残りの前菜を出して来た。この店で残りが出るなどほぼ無い事だが、昨夜はグラスに野菜のムースとプチトマト、アボカドを重ねたものが余った。しかもちょうど三人分。
「ああ、なんて豪華な御飯なんでしょう!今日は海鮮がたっぷりです。いただくとしましょうか」
「あー。めっちゃいい匂いする…もう涎出てますよ」
「夏にはカレーですね、暑い時こそ熱い物を食べましょう」
「……」
三人は各々用意したパイプ椅子に腰かけてスプーンを手に取る。
「いただきます」
まずは、サーモンのほぐし身が入ったサフランライス。新人はスプーンにがっつり盛ったそれを口に運ぶ。
綺麗な黄色の米はほんのりと芯を残す硬さで、大ぶりにほぐしたサーモンの旨みが染み込んでそれだけで美味い。
ギャルソンはさらさらとしたカレーソースをそのライスに混ぜ、ホタテを載せて口に運ぶ。自分で調合したものだが、辛過ぎないスパイシーなソースがホタテ本来の甘味を引き立てている様だ。口の中には食材が混ざっているが、それでも個々の旨みを醸し出す調合はひどく上手く行ったものだと思う。
料理長は恐らく家でもこの程度なら腕をふるっているのだろう、特に感想も無く、がつがつと料理を食べ進めている。
「アスパラのシャキシャキと海老とホタテのぷりぷり加減が最高ですね」
「サフランの香りも生きてて、超美味いっす!」
「さて、ではムニエルを戴きますか。本当に夏にぴったりですね、ただのバター焼きではもたれる可能性がありますから。ひと手間で…」
そう言ってギャルソンはフォークに持ち替えた手で綺麗にムニエルをほぐす。それから口に運び、満足そうに咀嚼しながら微笑みを絶やす事は無い。
「うん、やはりスパイスのお陰で後味の良いムニエルになっていますね。とても美味しいですが、レモンの果汁を少しかけても、もっとさっぱりして美味しいかも知れません」
「……お好みで……」
「料理長、もう半分平らげてるんすか!味わって食いましょうよ」
「……」
「俺が話しかけると返事が無いのはいつものこと!」
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