五品目『人気トラットリアの狂気』(5)
「ちょっと、そこ行くお二人さん」
「わっ」
「だ、誰?」
「初めまして、こんばんはー。どうも、お二人がここ最近、この辺りをジョギングされてるカップルさん?」
「そうですけど…何か?」
あーあ、警戒心丸出しだ。新人は内心でそう思いながら笑顔を絶やさなかった。
メモの指示に従って、ジョギングコースの半ば程、街灯の下で二人を待ち構えていた新人。二人が現れるのを見計らって声を掛けた。当然驚く二人。男女のカップルらしかった。二人で話しながら走っている所をいきなり黒ずくめの男に呼び止められたのだ。驚いて当然だろう。
男が女を庇うように新人の前に立った。新人が眺めているのは、その警戒心を宿した瞳で無い。男の首筋だ。
「筋張ってるなぁ」
新人は小さく呟いた。それからこてりと首を傾げて、男の背後に居る女の方へ視線を移す。
「こっちは上々そうだな」
「あんた、一体何をぶつぶつ言ってるんだ?」
「え?目利きっすよ、目利き」
「目利き?」
「ええ、お二人が『調理』された時、美味そうかどうか」
「は?」
女に視線を移した時にはもう、ウエストバッグのサバイバルナイフに手が伸びていた。音も無くそれを抜き取る。それは男の質問に答えながら、当たり前の動作をするように違和感無く行われた。大ぶりなナイフは、最初から握られていたかのように、ようやく男の視線を捉え、歩み寄る新人の手の中にあった。
「お嬢さんは黙っててねー」
「むぐっ!」
完全に『何かよくわからないが、不気味に楽しそう』な新人の瞳に釘付けになっている二人。ナイフには気付いてすらいない。恐ろしいモノと出会った事は解った。だが、理解しても体が言う事を聞いてくれない。男の眼前まで迫った新人が、男の肩越しに左手を伸ばし、笑顔を見せながら背後の女の口を封じた。
次の瞬間にはもう、男は膝をついて地面に倒れ伏した。
女に伸ばした手とは反対、右手にしたサバイバルナイフで首をばっさりと一閃されてだった。噴き出した血が女のランニングシューズを濡らす。
悲鳴を上げたくても口は塞がれている。逃れたくてお足は震えている。
「さて、柔らかい肉質には…」
血を拭ったサバイバルナイフをウエストバッグへとしまい、研ぎ澄まされたフレキシブルナイフをすらりと引き抜く。それを手の内で一周くるりと回してから、新人は微笑んだ。
「彼と来世でも会えるといいっすね」
そう言って口を塞いだままの女の首を、凶器の先端で深く切り裂いた。女は一瞬目を瞠った後、やはり男同様、身体の力が抜けアスファルトへと倒れ伏した。
「うわあああ!」
「ん?」
細身のナイフを拭う新人の背後で、悲鳴が聞こえた。
振り返ってみると、大型犬を連れた初老の男性が震えていた。
どうやら今の現場を見てしまった様だ。足元には新鮮な二体の死体。言い逃れようができるはずも無い。
そしてする気も無い。
「あ、ラッキー。散歩の人探さずに済んだわ」
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