六品目『人気トラットリアの悪癖』(2)

「どちらも私の無機物料理の中で最上級の出来だと言うのに。お店に出しても大丈夫だったんですよ、今日」

「店の客が腹壊して訴えられたらどうするんすか!禁止って言ったでしょ!」

「ぶー。お二人は無機物料理に関心が無さすぎですよ。美味しいのに…」


 ぶつくさと文句を言いながら、ギャルソンは「無機物料理など食うものか」と意気投合している二人に不満の表情を向ける。

 ギャルソンは悪食だ。その悪食具合は、他の二人を遥かに凌駕する。

 そう、お忘れの方は第一話まで遡ってほしい。

 ギャルソンは、一般的に人間が口にするもの以外も食べるのだ。ちなみに遡るのが面倒くさい方のために説明すると、第一話ではドルチェスプーンをスルメの様に食い千切っていた。

 あの程度など、『無機物料理』の前では可愛い方だ。彼は常日頃から、食べられるもの、いや、食べる物を探している。それが例え無機物であってもだ。ガソリンは飲んだ事がある、コンクリートさえも当たり前のように食べたことがあるらしい。新人はドン引きだった。料理長に至っては慣れてしまって無の境地である。


 その無機物料理を定期的に食べたくなる周期が、彼にはある。

 迷惑千万な話だが、まぁ、割れたグラスのシャーベットくらいなら食べてみない事も無いが、フライパンを恐らく溶解してブイヤベースか何かで伸ばし、魚介とフライパンから出た焦げをトッピングしたスープはちょっと遠慮したい。

 いや、かなり遠慮したい。

 その場でカロリーをメイトするものをもそもそと食べ始めた新人と、もう家族が眠っているだろう自宅へ帰るためシャッターを開く料理長。ピカピカに磨き上げられたランドクルーザーに乗り込むと、二人に軽く手を振ってそのまま去って行ってしまった。


「もぐもぐ…」

「もう。どうして人肉にはこうして同志がたくさん居ると言うのに、無機物料理には同志が居ないのでしょう…」

「抵抗しかねーからじゃないっすかね?」


 そう言いながらもしゃもしゃと簡易食を頬張る新人。はぁ、と溜息をついてギャルソンはそんな彼に厨房へ入るよう促した。そのまま裏手扉に施錠すると、脇にある自宅への階段を上り始めた。その後に付いて行く新人。

 今日は夜も暑かった。料理が食えない以上、風呂を借りてさっさと眠るに限る。明日も起きるのは六時半と決まっているのだから。ちなみに現在、零時半。早く布団に入りたい。

 シャワーを浴びて出て来た新人がリビングで見たのは、テーブルに予想通りのスープとライ麦のパン、そしてコルクボードのミルフィーユを頬張るギャルソンの姿だった。


 こうしてみるとマジ、普通の料理に見えるから質が悪いよな…。新人はそう思いながら、まだ髪の濡れたままベッドへと倒れ込んだのだった。


 * * * * *


「はぁい、今夜は楽しい楽しい試作の日です」

「楽しいのは店長だけっす…」

「どうしたんですか?そんなげんなりした顔をして?」

「いや、普通この食ざ…食材?見たら、うん…げんなりもしますわ」

「……激しく同意……」

「皆さんノリが悪いですよ?せっかく今日はリサイクルショップからこの洗濯機と冷蔵庫を運んで戴いたのに」

「あの辺にある釘とか画鋲とかはなんすかね?」

「ソースにしようかと」

「マジわかんねぇ!店長のこれだけはマジわかんねぇ!」


 あの夜から数日後のことだ。とうとうギャルソンの悪癖が火を吹いた。

 これ。そう、ギャルソンのこれ。即ち月に数回行われる試作の日である。

 食材は、主に無機物。ギャルソンが興味本位で食べるためだけに行われるギャルソンによるギャルソンのためだけの試作会である。


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