六品目『人気トラットリアの悪癖』(3)


「洗濯機と冷蔵庫って…どこが食うとこなんすか?」

「全てですよ、全て。この世に食べられないものがあるなんて私は認めません」

「いや、あの、食べるために造られたものでもねーと思うんすけど…」

「だまらっしゃい。さぁさ、解体を始めますよ」


 ここは店から数百メートル離れた、ギャルソンが借り切っている『試作用ガレージ』である。

 現物を目の前にしても、何度体験してもキョドるのを止められない新人ともう死んだ魚のような目で「やるしかない」と言う決意を胸に秘めた料理長。

 今回の現物は、ギャルソンの言った通り洗濯機と冷蔵庫だった。家庭用ドラム式洗濯機、できれば新人は持って帰りたい。

 そして片落ちした三段の自動製氷機付き冷蔵庫。これもまた新人は持って帰りたい。


 これを…食うのか…。心の底からそう思う。洗濯機と冷蔵庫を前に何からしていいやら佇む二人と、なにやら自前の工具箱を持って来て鼻歌を口ずさむギャルソン。DIYを始めるなら解るが、そうでない事にはツッコミどころと無の感情しか芽生えない。


「取り敢えず、何から始めるんすか?」

「はい」

「ドライバー?」

「言ったでしょう、解体からだと。それでネジを全部外してバラしちゃってください」

「お、俺にはできません!」

「何故ですか?」

「こんな…こんな立派な傷一つ無い洗濯機と冷蔵庫を解体するなんて…!」

「えいや」


 プラスドライバーを握りしめながら目を閉じ苦渋の決断を迫られたかのような反応をする新人。次の瞬間にはばきっと音がして、新人は目を開いた。目の前でギャルソンが手にした大きめの金槌で洗濯機の脳天を叩き割った音だった。

 唖然とする新人とにこにこ顔のギャルソン。「これでもう使えなくなりましたよ」。そうだ、ギャルソンはこう言う男だった。

 涙目で洗濯機の潰れた脳天を外すべくドライバーをネジに差し込む新人。料理長はもう既に冷蔵庫の一番上の扉、両方に開閉できると言う優れものをばらばらに解体していた。その目にはやはり無の感情しかない。これは自分の買い物では無い、雇い主が言うならばやるしかないのだ。

 実は家の冷蔵庫が調子の悪い料理長。本当は新人同様持って帰りたいくらいだったが、その感情は殺す。無言でひたすら嗚咽する新人の隣で冷蔵庫を解体していく。


「やはり二人でやると早いですねぇ」


 ギャルソンは呑気な声で、二人が解体してある程度の大きさになったものを集めて行く。

 それらを丸鋸やチェーンソーでさらに小さく、自分の思う形にしていく。中に入っている基盤も勿論、配線ごと取っておく。


「はぁ…何が悲しくて無機物料理の手伝いさせられてんすかね…」

「……」

「別に俺らが食うわけでもないのに…」

「新人くん。ぶつくさ言ってないで手を動かす!」

「はぁい」


 こんな楽しくない作業、進む方がどうにかしている。

 人を殺すのは非常に楽しいし、『食材』になる以上益も兼ねている。それに自分は人肉が好きだ。

 なぜなら食うと美味いから。そこはギャルソンに激しく同意する。


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