第六話 人気トラットリアの悪癖
六品目『人気トラットリアの悪癖』(1)
「さて、これでお二人の今日の仕事は終わりですね。冷蔵庫事情も満タンになりました。ありがとうございます、料理長、新人くん」
この夏何度目かの『夜の仕事』。それを終えた二人が店に着いて早々、ガレージのシャッターが開く音を聞きつけて、珈琲を飲んでくつろぎ切っていたらしいギャルソンが裏手の扉からガレージに出て来た。こちら二人は警官に見つかるかも知れない危険状況で仕事をして来たと言うのに、呑気なものだ。
不思議な事に、今まで一度もそんな目撃者に会った事は無いのだが。
二人を迎え入れると、シャッターを閉めながらあらかじめ避けてあった新人のバイクの脇を通るよう指示する。
二人はそこを抜けて、ガレージの『冷蔵庫』とは反対の壁面へとやってきた。
そこにはドアノブがあり、ギャルソンは料理長の触手に吊るされている死体達の屠殺痕を確認する。
「相変わらず綺麗に屠りますねぇ。見事に
「俺がトチる訳ないじゃないっすか」
こんなに殺すための努力をしたのだから。得意満面で新人は胸を張る。
本日の『食材』は女性が多かった。これもギャルソンの指示だ。最近は夜中出歩く女性は少ない。四体も入手できたことには、新人も満足だった。無論、料理長は、痕跡抹消兼運び人である。
ギャルソンはそんな二人に労いの言葉を掛けるとドアノブに手を掛けた。そして扉を開く。十畳ほどの部屋だろうか。かなり広い部屋の中は真っ暗で、かなり冷えている。そう、ここも冷蔵庫だ。ただし、通常より温度が少し高い。
電気のボタンを叩くと、部屋の中が明るくなった。
十畳の部屋の中には、六体の裸の死体が逆さ吊りにされていた。
「『血抜き部屋』もこれで満室っすね」
新人の脇を料理長が抜ける。そして細い触手で吊るしていた死体達の足首を、部屋にあった麻縄でくくって行く。それが終わると、天井から釣り下がったS字のフックにその死体達をぶら提げて行く。
シャッと音がしてギャルソンの手の中にバタフライナイフが現れる。この人は一体、このギャルソンの装いの中に幾つ凶器をかくしているのだろう。新人はいつも謎に思う。
だがそんな視線は無視して、ギャルソンは吊り下げられた死体達の服を切り裂き、剥ぎ取って行く。傷みが無いか等の確認のため、そして逆さに吊るすのは完全に体中の血液を抜くためだ。ここで完全に血を抜き切った死体だけが、『食材』として反対の壁面に位置する『冷蔵庫』へと並ぶ。そして一体一体、店に出されていくのだ。
「傷みもありませんね。上々です」
「へっへー、完璧っしょ?店長」
「ええ。これは作っておいた例のスープも無駄にならなくて済みそうです」
「俺の夕食っすよね!今夜は何のスープなんすか!?」
「はい、私の自信作,フライパンのスープです」
「はい?」
「え?純度の高い鉄のフライパンを使っているので安心ですよ?」
「何がどう安心!?てか、ちゃっかり俺にまで無機物食わせるのやめてください!店長の胃だから耐えられてるんすよ、それ!?」
「ええー?なんですか、人の胃を化物みたいに。フライパンと根菜のスープ、美味しくできましたのに…」
「他になんかねーすか?この際、カロリーをメイトする奴でいいすよ」
「カロリーをメイトするものに似ているものならありますよ。ぼそぼそ感が」
「よもや」
「はい、コルクボードのミルフィーユです」
「今夜は夕飯抜きか」
「聞いてます?ねぇ、聞いてます?」
「……」
「なんすか、料理長。こ、これは…!カロリーをメイトするもののチョコレート味!俺の大好きなやつ!」
「『誠の無機物食べたい周期が来ているからこんなことになるだろうと、用意しておいた』、だそうです」
「料理長!一生付いて行きます!」
料理長の大きな手を両手でカロリーをメイトする簡易食ごとしっかと握る新人。料理長は片手で「気にするな」と言いたげに新人の肩を叩いた。完全に蚊帳の外になったギャルソンは唇を尖らせ文句を言う。
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