三品目『人気トラットリアの騒動』(9)


「店長…」

「なんですか?新人くん」

「そんなすげぇ技…何を極めたらできるようになるんすか?」

「ふふ。それは秘密です」


 ギャルソンはいつものお茶目な笑顔に戻って新人の質問にそう答えた。

 恐らく自分には死ぬまでできないのだろう。新人は思う。だが、彼の中のギャルソンへの尊敬は今までよりも確固たるものになった。しかし、だ。


「あの…厨房、こんな状態で営業…するんすか?」

「ああ、そうですねぇ…仕方ありません、知り合いの業者に頼んで直してもらいます」

「業者って」

「一時間程で直るでしょう。電話してきますねー。あ、プリン食べたらダメですよ?」

「死んでも食べません!」


 包丁を放り出し、二階へ上って行くギャルソンの言葉に、新人は今日一番大きい声でそう叫んだ。


 * * * * *


 数分後、ギャルソンの手配した『業者』がやって来た。

 「コイツぁ、派手にやらかしたなテメェ!」、そう言いながら数名の作業員と、棟梁らしき男が厨房に入って行った。代わりにギャルソン達三人は厨房から追い出されてしまった。

 三人は仕方なく、開店前のホールでカウンターに腰掛けたまま与太話をしていた。

 料理長の額にもう瞳は無い。いつものニンゲンそのものの身体で新人の淹れた珈琲を飲んでいる。


「いや、しかし泥棒を…こう、捌いてしまうとは…」

「泥棒以前の問題です、名前の書いてある人の大切なプリンを食べてしまうなんて言語道断。身体も細切れで当然です」

「はぁ…」


 ギャルソンは忙しなくパソコンを叩きながらそう言った。そして最後にエンターキーを叩くと、パソコンを閉じた。


「はぁ、これで戸籍も経歴も食べ終えました。後は夜、料理長に動いてもらうだけですね。それでは」


 新人の淹れた珈琲には見向きもせず、ギャルソンは一つだけ残ったプリンをカウンターの中の冷蔵庫から取り出し、席へと戻る。


「いただきまーす」


 そう言って手を合わせ、スプーンでぷるぷるのプリンをひと匙、口に運んだ。


「うーん、美味しいです。最高に幸せですぅ」

「はは…良かったすね」


 二口目を口に運ぶ前、カウンターの脇に置かれた猫の置物をちらっと見て、ギャルソンは笑った。



「ええ。終わり良ければそれでよしなのです」


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