二品目『人気トラットリアの評判』(6)


 ひとつ、ふたつ、と言いたげにギャルソンはテーブルに置いた右手の指を一本一本立てて行く。

 決定事項です。刑事である自分にそんな話をしておいてそんな道理が通るとでも思って居るのか。だが黙れと言われた口は開くことができない。この男の話していることが、本人の言う通り真実なのか見極めなければならない。

 残念ながら今のところ、噂と、説明と、嫌と言う程辻褄が合ってしまっている。

 刑事はギャルソンのあまりの淡白な説明に、『日常的に人間を殺している』と言う説明にも、吐き気すら催せなかった。そして今、目の前で殺人予告がなされたことも実感がまるでわかない。


「紅茶や珈琲に血液が入っているのも本当です。私がブレンドした珈琲豆や茶葉を丁寧に淹れてから、最もインパクトを残し、尚且つ美味しいと感じられる配合を追求した結果、人間の血を使用するに至っただけの話です」


 三本目の指が立った。

 そして訪れる沈黙。どうやら、ギャルソンの『全部本当のこと』と言う説明は完了したらしい。

 刑事は脳内で尋ねるべきことを考え、意を決した。腕に鳥肌が立つのもお構いなしに、なるべく声を震わせまいと丁寧に尋ねた。


「この店では、人間を殺し、その血を、肉を、食材と称して、客に提供しているわけですか」

「はい、その通りです」

「…!」

「そんな怖い顔なさらないでくださいな。おや?それとも怯えてらっしゃいます?」

「貴方は…何故そんな事を…」

「ふふ、どちらでも構いませんがね。理由は簡単です」


 そう言ってギャルソンの長い指が四本立つ。


「私が今まで口にして来たものの中で、最も『美味しい』と感じたからです」

「…それ、だけ?」

「はい。理由はそれだけです」


 正直、拍子抜けした。

 人を殺すのを好むついでに、証拠隠滅のため客に食わせているだとか。そんな理由しか刑事の頭には無かった。

 美味しいから、提供したい。

 唖然とする刑事の頭の中は混乱を極めていた。最早自分が何を確認に来たかも忘れ去る程、衝撃的でいて簡潔な事実が述べられていく。自分は確か、少々不穏な噂がネット上に出回っているのを見て、そんな事実があるわけがないとたかをくくってここへ来たはずだった。

 それがいつの間にか、恐らく店内に入って三十分もしないうちに、おどろおどろしい店の全容を耳にしてしまった。

 怯えだとか、そんなものは二の次だ。彼はただ、ただ混乱している。

 笑顔を湛えたままのギャルソンは、五本目の指を立てた。


「そして最後に。あなたがこのトラットリアを訪れるのは、ですよ?」



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